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諏訪大社 すわたいしゃ

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

諏訪大社
すわたいしゃ

長野県諏訪地方に鎮座する元官幣大社。上社は諏訪市中洲,下社は諏訪郡下諏訪町に鎮座する。祭神は上社はタケミナカタトミノミコト,ヤサカトメノミコトで下社には二神のほかにコトシロヌシノミコトを配祀する。

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デジタル大辞泉の解説

すわ‐たいしゃ〔すは‐〕【諏訪大社】

長野県にある神社。諏訪市にある上社(かみしゃ)と諏訪郡下諏訪町にある下社(しもしゃ)の両社の総称。旧官幣大社。主祭神は上下社とも建御名方神(たけみなかたのかみ)八坂刀売神(やさかとめのかみ)。古来、狩猟神・農業神・武神として信仰を集めてきた。全国諏訪社の本社。7年ごとに御柱祭(おんばしらまつり)行われる信濃国一の宮諏訪神社

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百科事典マイペディアの解説

諏訪大社【すわたいしゃ】

上下二社よりなる。上社は長野県諏訪市宮山に,下社は同県諏訪郡下諏訪町に鎮座する。旧官幣大社。建御名方(たけみなかた)神と八坂刀売(やさかとめ)神をまつる。上社は前者を,下社は後者を中心の祭神とする。
→関連項目岡屋牧上諏訪甲賀三郎下諏訪[町]諏訪[市]諏方国諏訪藩建御名方神御射山

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世界大百科事典 第2版の解説

すわたいしゃ【諏訪大社】

長野県に鎮座する古社。上社(かみしや),下社(しもしや)に分かれ,上社本宮は諏訪市中洲,上社前宮は茅野市宮川,下社春宮と下社秋宮は諏訪郡下諏訪町に鎮座。建御名方(たけみなかた)神,八坂刀売(やさかとめ)神をまつる。建御名方神は,またの名を建御名方富命,南方刀美神といい,《古事記》によると大国主神の子。天孫降臨に先立ち,大国主神に国土献上を問われたとき,その子事代主(ことしろぬし)神はすぐ承知したのに対し,建御名方神は反抗,追われて信濃国諏訪まで逃げたとあるが,古くよりこの地方の開発に当たった神として信仰される。

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大辞林 第三版の解説

すわたいしゃ【諏訪大社】

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

諏訪大社
すわたいしゃ

長野県の諏訪湖を隔てて南北に上社(かみしゃ)・下社(しもしゃ)が鎮座。上社は本宮(ほんみや)(諏訪市中洲(なかす)、社殿は国重要文化財)と前(まえ)宮(茅野(ちの)市宮川)に、下社は春宮と秋宮(両宮とも諏訪郡下諏訪町、1キロメートル離れて鎮座)に分かれ、四宮をあわせて諏訪大社と称する。祭神は、上社には建御名方神(たけみなかたのかみ)、妃神(きさきがみ)の八坂刀売(やさかとめ)神を祀(まつ)り、下社には二神のほかに兄神の八重事代主(やえことしろぬし)神を配祀(はいし)するが、一般には古くから上社に男神、下社に女神の信仰が伝わっている。下社では祭神が2月1日から7月31日まで春宮に、8月1日から翌年1月31日まで秋宮に交互に鎮座されるため、半年ごとに遷座祭が行われる。建御名方神は父神大己貴命(おおなむちのみこと)、母神高志沼河比売命(こしぬなかわひめのみこと)の第2子で、『古事記』によれば、高天原(たかまがはら)使者の国譲りの要請に1人抵抗して科野国洲羽海(しなののくにすわのうみ)に逃れて、封ぜられたとある。神社の創建は明らかではないが、『延喜式(えんぎしき)』神名帳に「南方刀美(みなかたとみ)神社二座」とあって名神(みょうじん)大社とされる古社で、また信濃(しなの)国一宮(いちのみや)とされ、狩猟神、農業神、武神として朝野の信仰崇敬を集めてきた。中世には、神官の大祝(おおほうり)諏訪氏が源氏、北条氏と結び、政治的にも大きな勢力を形成。戦国時代には、武田氏の保護のもとに置かれた。全国1万余に上る諏訪社の本祠(ほんし)であり、江戸時代には社領1500石を授かった。旧官幣大社。旧神主家は諏訪の大祝と称し神裔(しんえい)が世襲し、奉行(ぶぎょう)職の矢嶋(やじま)氏は母神高志沼河比売命を遠祖とする。
 例祭は上社4月15日、下社8月1日。上社例祭は御頭祭(おんとうさい)と称する特殊神事で、昔は鹿(しか)の頭75個を神供とする古式祭であったという。下社例祭は御船祭(おふねまつり)ともよばれ、遷座祭に引き続いて秋宮で行われる。そのほか主要神事に蛙狩並御占(かわずがりならびにおうら)神事(上社、1月1日)、筒粥(つつがゆ)神事(下社、1月15日)、御田植(おたうえ)神事(下社、6月30日)、御射山(みさやま)祭(上社・下社、8月26~28日)、御柱(おんばしら)祭などがある。なかでも7年に一度、寅(とら)年と申(さる)年に行われる式年造営の御柱祭は社殿の四方の柱を新しく建て替える行事で、とくに御柱の曳(ひ)き建ては、独特の木遣(きやり)唄とともに1000人余の氏子が曳行(えいこう)する豪快勇壮な行事として名高い。
 諏訪湖の「御神渡(おみわたり)」は、海抜759メートルの高地にある湖面の自然現象を神霊渡御の跡として信仰したもので、湖面の結氷が夜間急激に冷え、収縮して裂け目を生じ、そのすきまに新しく結氷したものが昼間膨張して押し上げられ、氷上に道をつくる現象である。[菟田俊彦]
『宮地直一著『諏訪神社の研究』上下(1931、1937・古今書院) ▽三輪磐根著『諏訪大社』(1978・学生社)』

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世界大百科事典内の諏訪大社の言及

【御柱祭】より

…長野県の諏訪大社において7年目ごと(申と寅年)の春に行われる式年大祭。地元では単に〈おんばしら〉といい,また〈みはしらさい〉とも呼ぶ。…

【塩尻[市]】より

…東条も1323年(元亨3)地頭塩尻次郎重光が諏訪下社の神役用途を抑留して社家から訴えられている。諏訪大社は信濃国の一宮として国衙の支配が強く,それが塩尻郷が下社領となった要因であろう。塩尻重光は塩尻郷の開発領主の系統とみられ,居館は堀ノ内にあり,近くに五日市場がある。…

【諏方大明神画詞】より

…信濃国の一宮であった諏訪大社の縁起。1356年(正平11∥延文1)成立。…

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