仏通寺(読み)ブッツウジ

百科事典マイペディアの解説

仏通寺【ぶっつうじ】

広島県三原(みはら)市の深山中にある臨済宗仏通寺派本山。本尊釈迦如来。1397年小早川春平(こばやかわはるひら)が愚中周及(ぐちゅうしゅうきゅう)を招いて創建に着手。1416年までに含暉(がんき)院・方丈・鎮守社・仏殿などが完成。1441年には室町将軍祈願所になる。1436年と1796年の大火を免れた含暉院・地蔵堂,絹本着色大通禅師像は重要文化財

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デジタル大辞泉プラスの解説

仏通寺

広島県三原市にある寺院。1397年開創。臨済宗仏通寺派の大本山。山号は御許(みもと)山。本尊は釈迦如来。含暉院(きがんいん)地蔵堂は国の重要文化財。紅葉の名所としても知られる。

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世界大百科事典 第2版の解説

ぶっつうじ【仏通寺】

広島県三原市にある臨済宗仏通寺派の本山。御許山と号する。仏通寺川沿いの深山幽谷の勝地にあり,域内に伝雪舟作の庭をもつ篩月(しげつ)庵,三級滝,聖民(しようみん)洞などの景地が多く,近世以降,文人墨客清遊も多い。開創は1397年(応永4),沼田(ぬた)荘の地頭小早川春平が愚中周及(大通禅師)を迎え,一族の菩提寺として諸堂を建立。周及は同じ臨済でありながら権勢に密着した五山叢林の禅にあきたらず,元に渡って仏通禅師(即休契了)に師事し,その清新峻厳な禅風をついだ。

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大辞林 第三版の解説

ぶっつうじ【仏通寺】

広島県三原市にある臨済宗仏通寺派の大本山。山号、御許山。1397年小早川春平の創建、愚中周及の開山。のち足利幕府の祈願所。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

仏通寺
ぶっつうじ

広島県三原(みはら)市高坂(たかさか)町許山(もとやま)にある臨済(りんざい)宗仏通寺派の本山。御許(みもと)山と号する。本尊は釈迦如来(しゃかにょらい)。1397年(応永4)沼田(ぬた)城主の小早川美作守(こばやかわみまさかのかみ)春平が、夢窓疎石(むそうそせき)の弟子愚中周及(ぐちゅうしゅうぎゅう)を開山として開創した。周及は元(げん)に渡って金山寺の即休契了(そくきゅうかいりょう)に師事し、師の号が仏通大徳であったところから仏通寺と名づけ、即休を勧請(かんじょう)開山として第1世とし、自身は第2世と称した。室町時代、足利(あしかが)幕府の帰依(きえ)を受けて祈願護国寺と称し、小早川氏、芸州浅野氏の外護(げご)によって栄え、末寺3000寺を数え、堂塔はたびたび改修された。1905年(明治38)末寺約50か寺をもつ独立の本山となった。本尊の釈迦如来像は開山の周及が元から将来したもの。愚中周及の塔所含暉(がんき)院地蔵堂、絹本着色大通禅師像は国重要文化財。開山堂、雪舟(せっしゅう)が寓居(ぐうきょ)したと伝える篩月庵(しげつあん)、雪舟作と伝える庭園などがある。[菅沼 晃]

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