光によって生じる化学変化を研究する化学の一分野。〈こうかがく〉ともいう。化学変化のみならず関連する物理的変化の研究も含む。物質が光により色焼けしたり変質することや,植物の生長には光が不可欠であることなどは古くから知られていた。しかし物質に光をあてて積極的に新しい物質を合成する研究が行われるようになったのは20世紀以後といえる。一方,20世紀初頭から発展した量子論とそれに基づく原子,分子の性質の解明により,光化学の理論的基礎も確立された。
光は光量子(または光子)と呼ばれるエネルギー粒子の流れであり,物質に光があたると物質内の電子はこのエネルギーを得て高いエネルギー状態になる。これを光励起と呼ぶ。光励起された物質の多くはもとの状態にもどるが,種類によっては分解したり,他の物質と化学反応を起こして新しい物質を生じる。光励起された原子や分子の寿命,電子構造,化学的性質等についての研究は,ここ20年来長足の進歩を遂げ,その結果はレーザーの発見をももたらした。
1960年のルビーレーザーの発振の成功以来レーザー技術は発展し,遠赤外領域から真空紫外(940Å)領域の広い範囲に発振するさまざまなレーザーが得られるようになった。とくに,強力なCO2レーザーによる赤外多光子吸収により,分子が数十個の赤外光子を吸収し,分解にまで導く過程(赤外多光子分解)が発見されるに及んで,光化学に関与する光の波長領域は赤外域にまで広がってきたと考えてよいであろう。また最近,シンクロトロン軌道放射光源が利用できるようになった結果,2000Å以下で1Åまでの真空紫外光からX線領域の光が比較的容易に光化学の研究に用いられるようになった。X線からγ線による光化学は通常,放射線化学と呼ばれている。
(1)光化学の第1法則 グロトゥス=ドレーパーGrotthus-Draperの法則ともいわれ,〈光化学的現象は,吸収された光によってのみ起こる〉という内容である。光と物質の相互作用は吸収のほかに屈折,反射,散乱などがあるが,吸収以外は物質への光エネルギー的変化を伴わないから,一般に光化学の対象にはならない。(2)光化学の第2法則 〈物質による光の吸収は光子を単位として行われる。したがって,すべての光化学の初期過程は,光子1個が原子または分子に吸収されることによって起こる〉という法則。
→光化学当量の法則
光化学の研究成果はカラー写真術,銀塩を使わない印写技術(コピー機),半導体の微細加工(LSI製造)などの技術革新の大きな力となっている。また廃ガスによる大気汚染と日照との関係は,光(こう)化学スモッグの名のもとに大きな社会的関心をひいた。光化学反応を用いて数多くの新化合物が合成されたが,工業的合成に用いられた例としては,ナイロンの原料となるカプロラクタムをシクロヘキサンから光化学的に直接合成する光ニトロソ化法が有名である。
最近では将来の人類のエネルギー源として太陽エネルギーの有効利用が注目されており,その一つとして光化学反応を用いてエネルギーの低い物質(たとえば水)からエネルギーの高い燃料物質(たとえば水素と酸素)をつくり出す研究も行われている。植物の光合成も光化学反応の非常に複雑巧妙な一例といえる。
→光(こう)合成
執筆者:坪村 宏+正畠 宏祐
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
物質の分子と光の相互作用、とくに光による化学変化(光化学反応)や、発光現象(化学ルミネセンス)を研究する化学の一分野。光(ひかり)化学ともいう。「光の吸収がなければ光化学変化はおこらない」というのが、光化学の第一法則(グロートゥス‐ドレーパーの法則)で、「吸収された光量子1個当り、分子1個が活性化される」が、光化学の第二法則(アインシュタインの光化学当量の法則)である。
ここでいう光とは、スペクトルの可視光部だけでなく、赤外部、紫外部をも含むもので、波長はおよそ100~1000ナノメートル(1ナノメートルは10-9メートル)であり、この波長範囲の光量子のエネルギーは1アインシュタイン(6.02×1023個の光量子)当り1.20~11.96eV(電子ボルト)にわたっている。化合物の化学結合の強さも1モル(6.02×1023個の分子)当りこの範囲に入る。したがって、分子が光を吸収すると、化学結合の切断がおこりうる。しかし、光を吸収した励起分子は、かならずしもすべてが切断にあずかるわけではなく、発光や熱の発生を伴って、もとの分子(基底状態)に戻ることもある。光化学変化を受ける効率は、量子収率によって表現される。量子収率は、1個の光量子に対して反応する分子の割合で、1個の分子が反応する場合が1.0と規定されており、連鎖反応がなければこの値が最大である。
光化学は別のことばでいえば、光励起状態の化学であって、基底状態の分子が光を吸収すると、光励起状態がもたらされるが、この過程は、電子が最高被占軌道(HOMO)から、最低空軌道(LUMO)に移ることである。光励起は非常に速い過程で、原子核の振動よりも速い(フランク‐コンドンの原理)。また光励起状態には、電子のスピンの方向が基底状態(S0)と同じく対になった一重項状態(S1、S2、……)と、二つの電子のスピンが平行になった三重項状態(T1、T2、……)が存在する。光励起状態は寿命が短く、分子の衝突や発光(蛍光やリン光)を伴って基底状態に戻る。このほか、同種の状態(S1→S0など)の間の遷移(内部変換)や異種間(S1→T1など)の遷移がある(項間交差)。励起状態の分子は基底状態とは異なる反応性をもっているので、普通の基底状態の化学変化とは異なる特異な化学変化が観察される。
近年、物理化学者だけでなく、有機、無機化学者によって光反応を利用した合成反応、太陽エネルギー利用、光機能性物質開発のための研究が進められていてその発展は著しい。光反応の特異性を利用するのが光化学の応用であり、光励起分子の特性のみならず合成的な立場からみても光反応の有用性は大きい。
[向井利夫]
『小泉正夫著『光化学概論』(1963・朝倉書店)』▽『松浦輝男著『有機光化学』(1970・化学同人)』▽『徳丸克己著『有機光化学の反応論』(1973・東京化学同人)』▽『徳丸克己著『新化学ライブラリー 光化学の世界』(1993・大日本図書)』▽『井上晴夫・高木克彦編著、佐々木政子・朴鐘震著、北森武彦・小宮山真・平野真一編『基礎化学コース 光化学1』(1999・丸善)』▽『杉森彰編著、右田俊彦・一国雅巳・井上祥平・岩沢康裕・大橋裕二・渡辺啓編『化学新シリーズ 光化学』(1998・裳華房)』▽『伊沢康司著『やさしい有機光化学』(2004・名古屋大学出版会)』
光と物質の相互作用のうち,化学的な側面を研究対象とする化学の一分野.光の吸収によって起こる化学変化(光化学反応)や発光過程(蛍光やりん光),また化学反応によって起こる発光現象(化学ルミネセンス)などが現在のおもな対象である.光の波長がX線より短いときはイオン化がおもな初期過程になるので,励起過程だけを対象とする光化学とは区別して放射線化学という.吸収される光が可視領域にあれば着色して見えるから,染料や顔料の色も光化学の対象である.光の吸収は光子1個を単位として起こるが,レーザーの発達により複数の光子を同時に吸収する多光子吸収過程も観測され,詳しく研究されている.光吸収の結果,励起分子や遊離基が発生し,通常の熱反応では起こらない反応も起こる.これが有機合成に利用され,有機光化学の分野が急速に発展した.太陽は重要な光源なので,生命の起源や光合成なども光化学の重要な課題であり,今後の発展が期待される.
出典 森北出版「化学辞典(第2版)」化学辞典 第2版について 情報
(市村禎二郎 東京工業大学教授 / 2007年)
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…しかし物質に光をあてて積極的に新しい物質を合成する研究が行われるようになったのは20世紀以後といえる。一方,20世紀初頭から発展した量子論とそれに基づく原子,分子の性質の解明により,光化学の理論的基礎も確立された。 光は光量子(または光子)と呼ばれるエネルギー粒子の流れであり,物質に光があたると物質内の電子はこのエネルギーを得て高いエネルギー状態になる。…
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出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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