訴訟の開始、審判の対象の特定、訴訟の終了等につき当事者の主導権を認めてその処分にゆだねる主義。当事者処分権主義ともいう。民事訴訟では、私的自治の原則からこの主義がたてまえとされ、訴えがなければ裁判をすることができず、訴えの取下げがあると訴訟は終了し、当事者が申し立てた事項の範囲内でのみ裁判をすることができるとされる。刑事訴訟でも、公訴の提起がなければ裁判は始まらないし(弾劾主義)、検察官については、起訴便宜主義(検察官の裁量による起訴猶予を認める原則。刑事訴訟法248条)、公訴取消し制度(同法257条)そして訴因制度(同法256条3項)により処分権主義が認められていることは明らかである。これに対して、被告人の処分権について、訴訟物の処分権を認める典型例は、アメリカ法のアレインメント制度arraignmentであり、被告人が有罪の答弁plea of guiltyをすると、罪責認定手続が省略されて、ただちに量刑手続が開始される。日本の刑事訴訟法は、明文で、有罪の自認があっても有罪とはされないと規定したので(同法319条2項・3項)、法律上アレインメント制度が否定されていることもまた明らかである。立法論としてのアレインメント制度の採否については、賛否両論がある。
刑事訴訟における訴訟手続に関しては職権主義によることが原則であるが、当事者の処分権主義が認められる場面も多い。たとえば、簡易公判手続(同法291条の2)は、被告人が冒頭手続において有罪である旨の陳述をした場合に、簡易な公判を行う制度であるが、被告人が簡易迅速な事件処理を選択して、正式裁判を放棄する処分行為を行ったことを前提としている。また、即決裁判手続(同法350条の2第1項)も、公訴提起前に被疑者の同意を確認することとなっているが、これも簡易迅速な公判を選択して正式公判を放棄する被疑者の処分行為を前提とし、さらに、略式手続(同法461条)は検察官が略式命令を請求するに際して、被疑者の異議の有無を確かめることとなっており、この場合の異議なしの意思表示も公判手続を放棄する処分行為とみることができる。また、証拠への同意制度(同法326条)も、証拠能力に対する当事者の処分権を認めたものといえよう。
[田口守一]
訴訟はどういう場合に始まり,どのような限度で裁判し,いつまで続けるかを,当事者にまかせる主義をいう。すなわち訴えがなければ裁判は開始しないし(不告不理の原則),裁判所は当事者が申し立てた事項,たとえば貸金の元本だけの返還を求められたのであればそれに拘束され,利息の支払まで認めることはできない(民事訴訟法246条)。また原告が訴えを取り下げたり,請求を放棄したり,被告が原告の請求を認めたり(認諾),当事者双方が話合いで解決したり(訴訟上の和解)することも自由である(261~267条)。これらは訴訟をいかに処理するかの局面における私的自治の原則のあらわれである。これに対し裁判の前提となる事実の主張や証拠の収集について当事者にまかせる原則が弁論主義である。しかし紛争自体が公益性を帯びてきたり,第三者にも影響を及ぼすような場合には,処分権主義も制限されてくる。たとえば婚姻事件では請求の認諾は許されず(人事訴訟手続法10条1項),行政事件訴訟や会社関係訴訟で請求の放棄,認諾,和解が無条件でできるかについて論議される。刑事訴訟においては,不告不理の原則や,審判を受けない事件について判決できない点,さらに公訴取消しが第一審判決があるまで許されること(刑事訴訟法378条3号,257条)など民事訴訟法と類似している面がある。もっとも,公訴を提起するかどうかは,犯人の情状や犯罪の軽重等により検察官の裁量にまかせる一方,一定の公務員の犯罪の場合には公訴提起を義務づけるなど,刑事事件の特殊性から特別な規定を設けている(248条,264条)。被告人が有罪と認めても(アレインメント),ただちに有罪とされるのではなく,簡易公判手続によるなど異なる点がある。
執筆者:竜㟢 喜助
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…裏返していえば,そのぶんだけ当事者主義的な訴訟構造が導入されたといいうる。(2)民事訴訟の場合 民事訴訟では,原則としてそこで解決が求められている紛争が私人間の自主的な解決にゆだねられていること(私的自治の原則)から,訴訟手続の開始,終了および訴訟対象の決定につき当事者が主導権をもっており(処分権主義),また訴訟資料の収集についても当事者の責任とされている(弁論主義)が,訴訟進行の面についてはそれが国家制度の運営であるという観点から職権で行われている。なお,この一般の民事訴訟においても,公益に関する事項(裁判権,専属管轄,除斥原因など)については当事者の主張なり申立てをまたずに職権でとりあげて判断すること(職権調査)が必要とされている。…
… 当事者たることに伴う効果は,双方において平等である(当事者平等の原則)。処分権主義および弁論主義(訴訟資料の収集責任を当事者が負う立法主義)が原則である訴訟においては,当事者は,訴訟を終了せしめる各種の行為(訴えの取下げとその同意等)をなす権限を有し,かつ訴訟資料を提出しまたは提出しない自由,相手方の提出した訴訟資料を争いまたは争わない自由を有する。他方当事者は,訴訟追行の結果たる判決の効力を受け,敗訴の場合訴訟費用を負担する(民事訴訟法61条)。…
…
[民事訴訟]
民事訴訟は個人間の利害の調整,紛争の解決を目的とするので,そこでは当事者主義を基調にし,当事者にイニシアティブをとらせたほうがつごうがよいと考えられている。この当事者主義は,処分権主義,弁論主義,当事者進行主義に分けて説明される。(1)処分権主義とは,手続の開始,裁判の範囲の設定および手続の終了について,当事者に主導権(処分権)を認めるものである。…
※「処分権主義」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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