広義には出版活動を規制する法令を意味するが、狭義には1893年(明治26)4月に制定された法律をいう。明治政府は1868年(慶応4)閏(うるう)4月「新著并(ならびに)翻刻書類(たぐい)……以後総(すべ)テ官許ヲ不経候品売買堅被差停候事」という太政官(だじょうかん)布告を発した。これが明治政府の発した最初の出版統制布令であるが、69年5月には行政官達の出版条例が公布されている。この出版条例は、出版の許可制、納本制を定める一方、許可を受けた者は「官ヨリ之(これ)ヲ保護シテ専売ノ利ヲ収メシ」めることとした。しかしまた、かってな議論や機密の漏洩(ろうえい)、誹謗(ひぼう)、淫蕩(いんとう)を導くような出版は処罰された。出版条例はその後1875年、87年に全面改正されるが、とくに前者は讒謗律(ざんぼうりつ)や新聞紙条例とともに言論弾圧の大きな武器となった。また、87年の条例により、新聞、雑誌など定期刊行物を規律する新聞紙条例との区別が明確化されるとともに、著作権関係の規定は版権条例などに譲られることとなった。
太政官布告や勅令であった出版条例は、1893年4月出版法となり、1909年(明治42)の新聞紙法とともに、明治憲法下の二大メディア法を形成した。出版法も出版条例同様、発行届出制をとったが、事実を曲げて犯罪をかばったり、安寧秩序妨害、風俗壊乱等の内容の文書図画を禁止し、官庁の機密に関する非公開文書の出版を許可制とすることなどを定めた。禁止事項違反に対しては軽禁錮、罰金に処するほか、検事や内務大臣に仮差押え、出版差止めなどの権限を与えた。さらに34年(昭和9)の改正で、皇室の尊厳を冒涜(ぼうとく)したり、犯罪を扇動するものを禁じるとともに、蓄音機レコードについても出版法の規定を準用することとした。出版法は書籍のほか、もっぱら学術、技芸、統計、広告の類を記載する雑誌も規制の対象としたが、天皇機関説に関する美濃部(みのべ)達吉博士の憲法書や津田左右吉(そうきち)博士の神代史に関する著書など、これにより規制を受けた例は少なくない。
出版法は新聞紙法などとともに、第二次世界大戦後、事実上その効力を失ったが、正式に廃止されたのは1949年(昭和24)5月である。この種の言論出版規制法は、日本国憲法の下では第21条違反であり、許されない。
[清水英夫]
『伊藤正己・清水英夫編『マスコミ法令要覧』(1966・現代ジャーナリズム出版会)』
広義には印刷出版に関する法令を意味するが,狭義には明治憲法下にあって新聞紙法とならんで印刷媒体を規制した法律(1893公布)をいう。出版物の取締りは江戸時代に始まるが,明治政府は維新のさなか次々に出版統制の布告を発した。法規としての体裁がととのったのは1869年(明治2)の出版条例(行政官達)からである。この出版条例は書籍出版の官許制を定めるとともに,機密漏洩,誹謗,淫蕩の書等の出版を処罰することとした。75年に改正された出版条例から出版は届出制になるが,同年制定の讒謗(ざんぼう)律,新聞紙条例とともに反政府言論弾圧の役割を果たした。87年に出版条例は全面改正されたが,このときから著作権関係の規定は版権条例などにゆずられることになる。93年制定の出版法も発行届出制を採ったが,犯罪曲庇(事実を曲げてかばうこと),安寧秩序妨害,風俗壊乱等の文書図画を禁止し,官庁の機密に関する非公開文書の出版を許可制とすることなどを定めた。禁止事項違反に対しては軽禁固,罰金に処するほか,検事や内務大臣に仮差押え,出版差止め等の権限を与えた。さらに1934年の改正で〈皇室ノ尊厳ヲ冒瀆〉するもの,犯罪を扇動するものを禁じるとともに,蓄音機・レコードの取締りについても出版法を準用することとした。天皇機関説事件,津田左右吉事件など戦前の出版弾圧はすべて出版法違反を中心としている。なお,大正末期に新聞紙法と出版法を統一し,私有財産制の否認などに対し処罰範囲を拡大した〈出版物法案〉が政府により提案されたが,反対にあい成立しなかった。しかし,法案のねらいは,やがて形を変え,36年の不穏文書臨時取締法や41年の言論,出版,集会,結社等臨時取締法として実現することになる。出版法は第2次大戦後占領軍により効力を停止されたが,正式に廃止されたのは49年5月24日のことである。
→検閲 →言論統制 →発禁
執筆者:清水 英夫
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出版条例を引き継いで,1893年(明治26)4月に公布された出版取締り法規。民党側の議員立法によって成立した。納本期限が発行の10日前から3日前になるなど取締りが緩和された部分もあるが,内務大臣の発売・頒布禁止権限が残されるなど,基本的性格はかわらない。1934年(昭和9)5月の改正で,犯罪を「煽動」した場合と,「皇室ノ尊厳ヲ冒涜シ」た場合が取締り規定に追加されて一段ときびしいものとなった。このときレコードも出版法が適用されることとなった。第2次大戦後の45年10月4日にGHQの発した「政治的市民的及宗教的自由に関する制限の撤廃に関する覚書」で事実上失効し,49年5月に廃止。
出典 山川出版社「山川 日本史小辞典 改訂新版」山川 日本史小辞典 改訂新版について 情報
…このころから秘密出版が盛んとなり,出版条例違反で処罰される者が続出した。93年4月出版条例を出版法と改めたが,この出版法はその後出版統制を強化する方向で何回か改正され,1945年9月GHQによって失効させられ,49年5月正式に廃止するまで続く。ちなみに1893年の出版物発禁は124件であったが,大正に入り,風俗壊乱で発禁となるものが多く,1913年には1096件に上っている。…
…〈発売禁止〉の略語であるが,〈発行禁止〉を指すこともある。第2次大戦後廃止された新聞紙法(23,24条)および出版法(19,20条)によれば,内務大臣は安寧秩序を乱したり,風俗を害するものと認めたときは,新聞その他の文書,図画の発売・頒布を禁止することができた。この禁止命令に違反した発行人,編集人または著作者,発行者は,禁錮または罰金刑に処せられた。…
※「出版法」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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