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東関紀行 とうかんきこう

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

東関紀行
とうかんきこう

鎌倉時代中期の紀行文学。作者未詳。1巻。仁治3 (1242) 年冬以後まもなく完成か。江戸時代には鴨長明または源親行の作と信じられていたが,ともに誤り。京都東山に住む 50歳近くの作者が,仁治3年8月鎌倉へ下り,2ヵ月滞在したのち帰京の途につくまでの紀行文。 19年ほど前に成立した『海道記』の著者が伊勢路経由で鈴鹿山を越えたのに対し,この著者は不破関跡を通る美濃路経由のコースをとった。各地で古人の詩歌を引きながら旅懐を述べ,みずからも和歌を詠んでいる。

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デジタル大辞泉の解説

とうかんきこう〔トウクワンキカウ〕【東関紀行】

鎌倉中期の紀行。1巻。作者は鴨長明・源光行・源親行などが擬せられたが未詳。仁治3年(1242)以後に成立。京都から鎌倉に下る旅と、鎌倉滞在中の見聞を、流麗な和漢混交文で記したもの。

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百科事典マイペディアの解説

東関紀行【とうかんきこう】

鎌倉前期の紀行。1巻。作者は,鴨長明源光行,源親行などの説があるが不詳。京都東山に隠遁生活をしていた作者が都を立って鎌倉に下り,2ヵ月滞在後帰京の途につくまでの見聞を記す。
→関連項目赤坂萱津事任神社橋本宿

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世界大百科事典 第2版の解説

とうかんきこう【東関紀行】

鎌倉時代の紀行。1巻。著者には古来,鴨長明,源光行,源親行などがあてられたが,確証はなく,不詳。京都東山に住む50歳近い著者が,1242年(仁治3)の鎌倉への旅のありさまを,道中の歌枕にちなむ故事などを豊富におりまぜて,歌とともに記したもの。文章は,漢文訓読調の強い《海道記》とは対照的に,和文脈を主とし,道行文の名文として《源平盛衰記》《延慶本平家物語》などに引用されている。【今西 祐一郎】

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大辞林 第三版の解説

とうかんきこう【東関紀行】

紀行。一巻。作者未詳。1242年以後成立。京都から鎌倉に下り、二か月の滞在ののち、京へ出立するまでの見聞を和漢混淆文で綴る。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

東関紀行
とうかんきこう

鎌倉中期の紀行文学。一巻。作者未詳。1242年(仁治3)8月10日ごろ京都を出発し、十余日後鎌倉に到着。そこで約2か月間滞在し、10月23日ごろ帰途に着くまでのことを書いているが、京都から鎌倉までの道中記が大部分で、鎌倉滞在記は逗留(とうりゅう)期間60日にしてはきわめて短い。文章は漢語を多く用いた和漢混交文であるが、和文、漢文のよくこなれた流暢(りゅうちょう)な文章である。また文中に『源平盛衰記』や『長門本(ながとぼん)平家物語』の文章と類似した部分がある。同じ鎌倉時代の東海道や鎌倉を描いた『海道記』に比べると自照性に乏しく、紀行文学としての文学的価値は低い。[祐野隆三]
『玉井幸助・石田吉貞校註『日本古典全書 海道記・東関紀行・十六夜日記』(1951・朝日新聞社)』

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世界大百科事典内の東関紀行の言及

【おくのほそ道】より

…古人の跡を求めて歌枕探訪の旅に出た主人公が,〈奥〉の受洗で独自の〈風流〉に開眼する点に,作品の意義があろう。《幻住庵記》で俳文の〈記〉の創出に成功した著者が,次の試みとして〈道の記〉の創出にとりくんだもので,前者が鴨長明の《方丈記》をふまえたように,これも当時《長明道の記》と称された《東関紀行》をふまえている。なお,同行の曾良には詳細な旅日記がある。…

※「東関紀行」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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