広くは商人がその営業に関して作成する帳簿のいっさいをさすこともあるが,法的には,商人(小商人を除く)がその財産および損益の状態を明らかにするため作成することを商法上義務づけられている帳簿のみをいう。具体的には,商人一般については,会計帳簿と貸借対照表がそれにあたり(商法32条1項),株式会社,有限会社については,それらに加えて損益計算書の作成も義務づけられている(商法281条1項,有限会社法43条1項)。これら以外の法律上作成が命じられている帳簿,たとえば,株主名簿,株主総会,取締役会の議事録,社債原簿などは商業帳簿ではない。商業帳簿は,商人が自己の営業の財産的状況を明確に把握するのに役だつのみならず,債権者が債務者たる商人の信用状態ないし支払能力について判断するために不可欠のものであり(このことは,とくに有限責任制度を採用する株式会社,有限会社についてあてはまる),これらの機能に着目して,1673年フランスの商事勅令で本格的に法制化され,以後,各国の近代的商法典に受け継がれ現在に至っている。ただし,イギリス,アメリカのように株式会社等についてのみ貸借対照表など計算書類の作成が法律で命じられるにとどまり,商人一般について商業帳簿の作成は義務づけられていない国もある。日本の商法では,商業帳簿の作成に関して会計帳簿,貸借対照表の作成方法についての抽象的規定(商法33条)に加えて,各種資産の評価に関する規定がおかれている(34条,株式会社については285条以下の特則がある)が,網羅的とはいえず,会計慣行にゆだねられるところが大きく,商法もこれをふまえて,商業帳簿の作成に関する商法の規定の解釈については〈公正なる会計慣行〉を斟酌(しんしやく)すべきものとしている(32条2項)。このほか,商業帳簿については,10年間の保存義務が課されており(36条),また,訴訟の当事者たる商人に対しては,民事訴訟法の一般原則(民事訴訟法220~225条)とは別に商業帳簿の提出が命ぜられることがある(商法35条)。
→帳簿
執筆者:山下 友信
商家において日日の取引の明細を帳簿に記録し,計算と後日の証拠とすることが一般化したのは商業活動が本格化した江戸時代以後のことである。前代まで貴重品であった紙の一般的利用と,そろばんの普及による筆算能力の進歩,計算意識の上昇などがその基底に存したと思われる。資本蓄積が未成熟であった早い時期には中小の商家の帳簿は当座帳,万覚(よろずおぼえ)帳,付込帳などと呼ばれた備忘的な単一帳簿であったと思われるが,経営の拡大に伴い記帳事項が複雑化するにつれて,上記の原始記録から整理記録としての仕訳簿が作成されるようになった。
江戸時代の商家で作成された帳簿の種類は業種・業態の違いや経営規模の大小によって千差万別である。異名同内容の帳簿もあれば,江戸時代の帳簿の代表的な名称であった大福帳などは売掛金の人別管理簿であったり,総勘定元帳の性格をもつものであったり,同一名称の帳簿でも商家によってその用法は一様ではない。また計算目的や記帳技術の違いによって関連帳簿のあり方も異なってくるが,通常商家において基本的に具備された帳簿の種類は,当座帳,売帳,買帳,金銀(銭)出入帳,判取帳,荷物渡帳,大福帳の類とされ,商業の繁閑によって便宜,帳簿の種類が増減された。すなわち取引の現場に備えられ,売買の区別なく取引の発生順に逐一記録される当座帳から仕入れ,売上げに関する買帳,売帳への国別・人別の仕訳があり,さらに現金売は金銀出入帳への記帳,掛売は大福帳への転記等が行われ,仕入商品の到着,未着,売払等に伴う在庫量の確認に際しての判取帳,荷物渡帳などが常備され,荷主へ交付する仕切書,差引目録や得意先への売掛金の書出しなどが,これらの諸帳簿に基づいて作成され,決算のための準備記録となった。
帳簿記入の数字には各商家独自の符牒が用いられることも多く,原始記録簿からの仕訳・関連帳簿への転記,抹消にはいちいち照合印を押捺(おうなつ)することによって正確が期された。当時このような帳簿記入の事務を帳合(ちようあい)といい,帳簿の名称,記帳方法,決算時期など帳簿会計に関する規定が家法,店則の類に含まれるなど,大経営の商家では家計と営業の分離が進行,定着するなかで,固有の帳簿組織による帳合法(簿記法)を成立させていった。期末棚卸資産の確認としての店卸帳(決算簿)は商家によっては算用帳,勘定目録帳などとも呼ばれ,年1回年頭の正月あるいは盆,暮れ年2期に作成された。その決算方式も一様ではないが,一般には売掛金,在庫商品,貸付金,所有貨幣等をすべて時価の貨幣量に換算し,その合計から預り金,借金等の負債を差し引いて純資産を算出する財産勘定の方式が多くとられた。現存する最古の商業帳簿とされる伊勢国射和村の冨山家の〈足利帳〉は,元和1年(1615)から寛永17年(1640)の25年間の純資産の増減を記録したものである。この財産勘定のほか,純資産額と前期末純資産額とを比較して資産の増減を確認する方式や,期末の純資産から諸経費を差し引き,純益を求める損益計算を行っている例もまれではない。3都に活躍した三井家,大坂の鴻池家,江州日野の中井家などの帳合法は,記帳法においては西洋式簿記のような取引の貸借複記の形式をとっていないが,原理的には財産勘定と損益計算からなる複式決算構造をもつ,きわめて合理的な決算簿として評価されている。
執筆者:鶴岡 実枝子
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商人が自らの会計に関して、会社法の規定により、作成することが義務づけられている帳簿。旧商法においては、日記帳、財産目録、貸借対照表をさしていたが、1974年(昭和49)の商法改正によって、商人一般については会計帳簿と貸借対照表となり(商法19条)、株式会社、有限会社については、これに加えて損益計算書の作成が義務づけられた。2006年(平成18)5月の会社法施行により、有限会社制度は廃止されたが、株式会社については会計帳簿のほかに貸借対照表、損益計算書、株主資本等変動計算書および個別注記表の作成が義務づけられた(会社法432条1項・435条)。
商業帳簿は、商人が営業上の財産および損益の状況を明確に把握するのに役だつだけでなく、債権者などがその商人の信用状態を判断する資料ともなる。具体的には、複式簿記による仕訳を記録する「仕訳帳」、各勘定科目の記録である「総勘定元帳」、各勘定科目を詳細に記録した「補助簿」などがある。会社が作成する会計帳簿に記録する資産、負債、純資産の価額や会計帳簿の作成に関する事項については、会社計算規則に詳細な規定がある。なお、商人および株式会社の商業帳簿は事業に関する重要書類とともに10年間は保存しなければならない(会社法432条2項)。また、総株主の議決権の100分の3以上の議決権を有する株主は、会計帳簿を閲覧する権利を有する(会社法433条)。
[中村義人 2022年11月17日]
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…企業と取引相手方との関係で作成され,手交される証憑(しようひよう)書類(注文書,送状,納品書,領収書など)およびその複写は,本来帳簿記録の基礎となるものであり,法的証拠力が最も高いものであるが,これらの証憑書類も,記帳手続の合理化という観点から秩序整然と継続的にファイルしていけば,帳簿に流用することができる。 商法上,商業帳簿は〈営業上ノ財産及損益ノ状況ヲ明ラカニスル為〉のもので,会計帳簿と貸借対照表をいう(商法32条1項)。しかし貸借対照表は,会計上,財務諸表(商法上は計算書類)の一つで,財務諸表が帳簿であるか否かは議論のあるところであるが,報告書であり,帳簿とみないのがむしろ普通である。…
※「商業帳簿」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
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年齢を問わず、多様なキャリア形成で活躍する働き方。企業には専門人材の育成支援やリスキリング(学び直し)の機会提供、女性活躍推進や従業員と役員の接点拡大などが求められる。人材の確保につながり、従業員を...
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