広く社会生活において身体的、精神的な安全を確保するとともに、各種の事故を未然に防止し、不測の災害や突発的な事態に対処して、自他の生命を守るために必要な知識、技能の学習指導と身体的訓練の総称。施設・設備や労務の安全管理をも含めて考えることもある。
[井上治郎・下村哲夫]
現代社会において安全教育が要請される背景としては、
(1)科学技術の発達に伴って、生活様式が急激な変化を遂げつつある結果、人々がそれに十分適応しきれないでいること
(2)そのため、交通事故や火災などの際の人命事故が多発し、それがしばしば大規模化するに至ったこと
(3)日本の場合にはとくに、地震、風水害などの自然災害や火災の発生しやすい風土と居住環境下に置かれていること
(4)教育の現場における多動児や学習障害児への対応を含めて、人権を尊重する思想がようやく浸透してきたこと
などをあげることができる。
安全教育は、とかく大惨事のあとで人々の関心や行政の施策を促す結果になりがちである。その例が、学校における交通安全教育の場合である。1966年(昭和41)12月5日に、横浜市でダンプカーが幼稚園児をはねて死者3名、重傷者5名を出し、さらに同月15日には愛知県猿投(さなげ)町(現豊田(とよた)市)で、ダンプカーが保育園児の列に突入し、死者11名、重軽傷者18名を出したことが、直接の引き金となって、にわかに関係者が交通安全教育を重要視し始めた。昭和30年代は、日本において自動車保有台数や運転免許取得人口が急増した期間で、このことからすると、それらの大惨事は、起こるべくして起こったともいえるし、事前の対応よろしきを得れば、未然に防げたはずだともいえるであろう。
[井上治郎・下村哲夫]
学校における安全教育は、教育課程上は、社会科、理科、体育などの教科や、道徳の時間、特別活動あるいは総合的な学習の時間に位置づけて行うものとされている。内容的には、交通安全に関するもの、火災・震災に備えての防火・避難訓練、火気・薬品・器具などの取扱いに関するものがその主たるものである。なかでも交通安全教育は、幼稚園、小・中・高等学校等を通じて、年間にわたって計画的に実施されている。小学校に例をとれば、信号機や道路標識の理解、道路の横断の仕方、自転車の乗り方、歩行訓練などをはじめ、街頭指導、通学路の指定、ポスターや標語の作成と、指導事項も多岐にわたっている。教育方法としても、一方的な教え込みにとどまらず、ロール・プレイングのように児童に仮想体験させるといった方法など、種々の指導法が考えられている。
学校での安全教育のねらいは、単に児童・生徒の身体的ないし精神的な安全を確保するという保護的なものにとどまらないで、児童・生徒が自ら安全な行動ができる能力を身につけ、現在ならびに将来にわたって積極的に人々の安全な生活に貢献するようになることまでをも視野に入れるべきである。この点からすると、高等学校でバイクの運転を禁止したり、運転免許の取得を制限したり、バイクの購入を規制するいわゆる「三ない運動」は当面の危険を免れるというだけの、いささか姑息(こそく)にすぎるきらいがある。
なお、学校の管理下における児童・生徒の事故に関しては、1980年代以降、教師や設置者の管理責任が問われ、裁判に訴えられる事例が増えている。この関連で、日本スポーツ振興センター法(平成14年法律162号)では災害共済制度を設け、児童・生徒の負傷その他の災害に対し、相応の医療費や見舞金を給付し、学校教育の円滑な実施を助けている。
[井上治郎・下村哲夫]
安全教育は、単に学校だけの課題ではない。各種の交通機関を利用する機会の増加や、とくに自家用車の普及、有毒ガスを発生しやすい建材や新しい家庭電化製品の発達などの現状を考えただけでも、それは、大人にとっても家庭や社会における日常的な「自己教育」の課題である。職場での生活も含めて、関係法規や機械、器具の取扱い要領を正しく理解すること、公衆道徳を守ること、念には念を入れ、用心を重ねる生活習慣を養うことなどが、主たる着眼点である。
[井上治郎・下村哲夫]
『青木孝頼・井上治郎編著『学校における交通安全指導』(1967・明治図書出版)』▽『大場義夫・詑間晋平編著『安全教育の科学』(1969・帝国地方行政学会)』▽『詫間晋平著『安全教育の基礎と展開』(1978・ぎょうせい)』▽『渡辺正樹・滝沢利行著、田辺信太郎編著『生涯健康安全教育』(1988・高文堂出版社)』▽『三戸秀樹他著『安全の行動科学――人がまもる安全、人がおかす事故』(1992・学文社)』▽『下村哲夫編著『学校安全の実務マニュアル』(1996・明治図書出版)』▽『恒成茂行編『交通安全教育指導の手引』(2000・勁草書房)』
各種の傷害,災害を未然に防ぎ,また災害時に適切に対処するのに必要な知識,技術,態度を身につけさせる教育。危険防止のための教育は,もともと生活の中でのさまざまな体験を通して,年長者から年少者へ,経験者から未経験者へと,いわば生活の知恵として教え伝えられてきた。組織的な安全教育は,まず産業革命以降,労働形態や労働環境条件の変化に伴う労働災害(最初は炭坑災害)を防止するために,労働安全の分野で行われだした。今日の日本では,労働基準法によって雇用者が労働者にこの種の教育を実施することが義務づけられている(労働安全衛生)。今日の安全教育のいま一つの重要な場は学校であり,アメリカで1930年代から,激増する交通事故などの災害防止のために,意図的に行われるようになった。日本では,明治時代より学校衛生の領域において若干(避難訓練や救急処置など)扱われてきたが,本格的に行われるようになったのは第2次世界大戦後,とくに50年代後半からである。60年代には交通事故の急増を背景に交通安全指導に重点が置かれ,今日ではそれに加えて〈学校管理下〉(学校安全会法)における事故(学校事故)防止のための指導も重視されている。学校では,自分と他人の生命を尊重する思想を育てることを基礎において,安全な生活を営むために必要な知識や技術を身につけ,危険を予測し主体的に対処していける判断力や行動力を養うことを目的として,学校の施設・設備に対する安全上の配慮,登下校時の安全指導,避難訓練その他の学校行事に伴う安全指導,社会科,理科,保健体育科などの各教科を通しての安全指導など,多様な教育活動の中で行われる。
→学校安全会
執筆者:藤田 和也
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…学校事故が増加する主たる原因は,子どもの発達状況や教育活動に見合った条件整備の立遅れにある。安全教育(計画)が重視されているが,それがかえって教育活動を制限したり,事なかれ主義の教育に傾斜させる場合もある。また,現在の損害賠償制度(国家賠償法。…
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出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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