慢性の病気をもつ人の妊娠、出産の注意(読み)まんせいのびょうきをもつひとのにんしんしゅっさんのちゅうい

家庭医学館 の解説

まんせいのびょうきをもつひとのにんしんしゅっさんのちゅうい【慢性の病気をもつ人の妊娠、出産の注意】

 病気をもつ人の妊娠を、合併症妊娠(がっぺいしょうにんしん)といいます。
 以前は、重い病気をもった人が妊娠し出産することは、それほど多くありませんでした。
 しかし、現在では医学の進歩により、種々の治療法が開発されたことによって、先天性心疾患や腎臓病(じんぞうびょう)などの重い病気をもった人でも、元気な赤ちゃんを出産することが可能となりました。
◎妊娠、出産の注意の原則
◎内分泌(ないぶんぴつ)、代謝(たいしゃ)の病気
◎心臓病(心疾患)
◎呼吸器の病気
◎腎臓病(じんぞうびょう)
◎血液の病気
◎自己免疫疾患
◎脳、神経、心の病気

◎妊娠、出産の注意の原則
 ここでは、比較的多くみられる病気をもった人の、妊娠・出産の注意すべき要点を述べます。どの病気についても、共通することは同じです。
●妊娠する前に医師と相談すること
 慢性の病気をもっている人は、妊娠する前に必ず、妊娠してよいかどうか、治療を受けている医師に相談することがたいせつです。
 自分で勝手に判断して妊娠すると、病気によっては、重大な結果を招きかねません。たとえば、重い心臓病をもっている場合には、早期の人工妊娠中絶といえども、お母さんの生命に危険がおよぶこともあります。
産婦人科の医師のかかり方
 慢性の病気をもつ人は、専門の医師に治療を受けている場合がほとんどと思われますので、まず第1に、妊娠してよいかどうか、その医師に相談してください。現在では、きわめて早期に妊娠の診断ができます。
 妊娠と診断されたら、すぐに産婦人科の医師を紹介してもらい、産科の医師と専門医の連携で厳重に慢性の病気と妊娠の管理をしなければなりません。
●病院の選び方
 慢性の病気をもった人は、未熟児(みじゅくじ)出産の可能性が高く、さらに赤ちゃんに異常がおこりやすいので、産科医、新生児専門医、および各疾患の専門医のいるNICU(新生児集中治療室)などの設備のあるセンター病院を選び、厳重に慢性疾患と妊娠を同時に管理しなければなりません。

◎内分泌(ないぶんぴつ)、代謝(たいしゃ)の病気
■糖尿病(とうにょうびょう)
 糖尿病(「糖尿病」)の人が妊娠すると、お母さんと赤ちゃんにいろいろな病気がおこります。
 赤ちゃんでは形態異常、巨大児(きょだいじ)(「巨大児」)、低血糖症(ていけっとうしょう)(「低血糖症」)、呼吸窮迫(こきゅうきゅうはく)症候群(未熟児の育て方の「病院での未熟児保育と治療」の未熟児の特徴と特有の症状)、核黄疸(かくおうだん)(「核黄疸」)などが発生します。もっとも困るのは、突然赤ちゃんが子宮内で死亡することです。
 これらを防ぐために、妊娠する前からきちんと食事療法を行ない、糖尿病を管理することがたいせつです。
●妊娠前の対策
 もっとも重要なのは、糖尿病の人は妊娠前から食事療法、運動療法インスリン療法を行ない、血糖値を管理しておくことです。血糖値を厳重に管理することによって、お母さんや赤ちゃんの合併症を、減少させることができます。
●妊娠中の対策
 糖尿病の管理でいちばんたいせつなことは、食事療法やインスリン療法を行ない、厳重に血糖値をコントロールすることです。
 すなわち、つぎの式から自分の標準体重を計算して、1日の摂取エネルギー量を決めます。
 標準体重(kg)=0.5×〔身長(cm)- 50〕
 管理の基本は、空腹時の血糖値を血液1dℓ中100mg以下、食後2時間値120~140mg以下を維持することを目標とします。
 もう少し詳しく説明すると、1日の摂取エネルギー量は、つぎの式により算出します。
 妊娠前半期の
 1日の摂取エネルギー量(kcal)=標準体重(kg)×25+150
 妊娠後半期の
 1日の摂取エネルギー量(kcal)=標準体重(kg)×25+350
 たとえば、標準体重60kgの人の1日の摂取エネルギー量は、
 妊娠前半期
  60×25+150=1,650(kcal)
 妊娠後半期
  60×25+350=1,850(kcal)
となります。
 このエネルギー量だけでは、なにをどれだけ食べてよいかわからないと思いますので、病院の栄養指導を受け、献立をつくるとよいでしょう。
 以上の摂取エネルギー量でも、前に述べた血糖値の目標が達成されない場合には、運動療法、さらにインスリン療法を行なう必要があります。
 この食事療法は、妊娠していないときと比べ、非常にたいへんなことと思いますが、健康な赤ちゃんを産むためにはたいせつなポイントとなります。
 妊娠前からインスリン療法が必要な場合は、血糖値が良好な状態に保たれているかどうか、検査することがたいせつです。
 また、妊娠週数が32~34週と進むにつれ、インスリンの需要量が増加します。そのため、糖尿病が重く管理が不良の場合には、注射するインスリン量を増やさなければなりませんので、入院して管理をする必要があります。
●分娩(ぶんべん)方法について
 糖尿病の管理が良好な場合は自然分娩も可能ですが、不良の場合は、赤ちゃんが大きく育ちすぎるため、経腟(けいちつ)分娩が不可能になり、帝王切開(ていおうせっかい)が必要となる場合があります。
 さらに管理が悪いと、赤ちゃんが子宮の中で死亡する場合もあります。
 しかし、先に述べたように、管理を適切に行なえば、自然分娩で元気な赤ちゃんを産むことができます。
 また、糖尿病の人は、妊娠高血圧症候群妊娠中毒症)や尿路感染症を併発しやすく、症状が重くなったり、予後が悪くなりますので、食事療法を厳重に行ない、さらに、減塩食をとることもたいせつです。
●出産後の対策
 出産後は、お母さんのインスリンの需要量が減少しますので、食事療法やインスリンの使用量を、妊娠前にもどす必要があります。
 赤ちゃんは、出産後の早い時期に低血糖症をおこしやすいため、早めにブドウ糖を注射したり、授乳を早めに始めるといった処置が必要です。
甲状腺機能亢進症(こうじょうせんきのうこうしんしょう)
 甲状腺機能亢進症(「甲状腺機能低下症」)の原因疾患の90%は、バセドウ病(「バセドウ病(グレーブス病)」)です。そのなかで、甲状腺のはたらきを抑える抗甲状腺薬を内服している人の妊娠・出産が問題になります。
 現在、甲状腺機能亢進症自体、または抗甲状腺薬の内服は、赤ちゃんにはほとんど影響ないといわれています。
 抗甲状腺薬を内服していても、赤ちゃんの形態異常発生率は、一般の妊娠とほとんど変わりありません。
 逆に、妊娠が判明した時点で抗甲状腺薬の内服を中止したりすると、流産率が上昇する傾向にあるようです。
 抗甲状腺薬を内服していても妊娠・出産をあきらめる必要はありません。
●妊娠中の対策
 妊娠中は定期的な検査を行なって、甲状腺機能のはたらきをチェックする必要があります。今まで経過をみてもらっていた内科医と産科医に、密に連絡をとってもらうようにしましょう。
 妊婦健診以外のときでも、動悸(どうき)が頻繁(ひんぱん)におきたり、脈拍数(みゃくはくすう)が1分あたり110回以上あったりする場合は、かかりつけの産婦人科を受診しましょう。
●出産後の対策
 抗甲状腺薬は、母乳中に出てくることが知られていますが、チアマゾール15mg(1日3錠)以下の服用なら、授乳はさしつかえないといわれています。

◎心臓病(心疾患(しんしっかん))
 心疾患は、妊婦の0.5~1%にみられ、リウマチ性心疾患がもっとも多く、先天性心疾患がついで多くなっています(心臓の病気「心臓の病気」)。
 心疾患は、妊娠することにより、多かれ少なかれ悪影響を受けると考えたほうがよいでしょう。
 心疾患による循環不全により、母児間のガス交換がさまたげられ、流産(りゅうざん)や早産(そうざん)をきたしやすくなります。
 妊婦は、循環血液量の増加、横隔膜(おうかくまく)の挙上(きょじょう)(正常の位置より上にあがってしまう)、および自律神経系の変化などにより、心臓への負担が増加し、妊娠8~10か月のころに心不全(しんふぜん)(「心不全とは」)をおこしやすくなり、ときとして死に至る場合もあります。
 心疾患の重症度は、表「ニューヨーク心臓協会(NYHA)の心機能分類」によって判定できます。
 Ⅰ度、Ⅱ度は予後良好であり、妊娠・分娩は危険なく経過するので、内科医と産科医の協力のもとで妊娠を継続します。ただし、肉体労働は制限します。
 Ⅲ度、Ⅳ度は予後不良であり、入院のうえジギタリス治療を行ない、Ⅰ度、Ⅱ度の状態まで改善させ、妊娠を継続するようにします。
 重症度が改善されないか、または、心不全をおこす可能性が大きい場合には、妊娠初期に人工妊娠中絶を行なうべきです。
●妊娠中の対策
 心不全やほかの合併症を発生しないように、気をつけなければなりません。できるだけ安静を守り、減塩の食事をとり、不必要に体重を増やさないようにしましょう。
●出産時の対策
 分娩の際に、いきむことが心臓に負担をかけるため、吸引(きゅういん)分娩を行なう場合が多いようです。帝王切開は必ずしも得策ではありません。
●出産後の対策
 生まれた赤ちゃんは、低出生体重児(ていしゅっしょうたいじゅうじ)(コラム「未熟児とは」)であることが多く、先天性心疾患をもつ母親から生まれた赤ちゃんは、先天性心疾患のあることが多いので、検査をしてもらいましょう。

◎呼吸器の病気
気管支(きかんし)ぜんそく
 気管支ぜんそく(「ぜんそく(気管支ぜんそく)」)を持病にもつ妊婦はまれではなく、全妊娠の0.4~1.3%といわれています。そして、その5分の1が、妊娠中に生命を脅かすような重症発作をおこしています。
 気管支ぜんそくは、コントロール不良の場合は、母体・胎児(たいじ)双方の生命にかかわることもあり、注意を払わなければならない合併症の1つです。
 妊娠前から気管支ぜんそくのコントロールを行ない、計画的に妊娠することがのぞましいのですが、約半数の人が、コントロールできないまま妊娠してしまうのが現実です。妊娠したと思ったら、一刻も早く産科医に相談しましょう。
 ぜんそく発作を予防する薬の内服は、絶対的に安全とはいいきれませんが、不安定なぜんそくコントロールは、薬物治療よりはるかに危険であることを認識すべきです。また、妊婦、産科医、内科医の連携と信頼関係が不可欠であることはいうまでもないことです。

◎腎臓病
 腎臓病を持病にもつ人の妊娠は、母体および赤ちゃんともに危険が大きいとして敬遠されてきました。
 一般に、妊娠すると腎機能は約50%上昇しますが、腎障害があると、この上昇がみられなくなり、妊娠早期から高血圧を合併する頻度が高くなります。高血圧を合併するようになると、かなり危険です。
 ふだんからしっかりとした腎臓の管理を行ない、妊娠が許可されたら、計画的に妊娠するようにし、妊娠の回数は最低限に抑えるべきです。
 また、NICU(新生児集中治療室)や透析(とうせき)施設などを備えた病院に、妊娠早期に移ったほうがよいでしょう。

◎血液の病気
 出産に際して注意すべき病気のなかで、血液の病気(出血しやすい病気)は、とくに重要です。なぜなら、出産には出血がつきものだからです。出産の際に大出血がおこると、命にかかわります。
 また、胎児の成長や発育にも影響しますので、出産の前に治療をしておくことがたいせつです。
■特発性血小板減少症(とくはつせいけっしょうばんげんしょうしょう)
 自己免疫(免疫のしくみとはたらきの「自己免疫疾患とは」)の異常が原因で血小板が減少する病気を、特発性血小板減少症といいます。
 正常では、血小板数は15万以上(血液1mm3中)あるのがふつうですが、この病気にかかると、血小板が少ないために出産時に大出血をおこしたり、ときには赤ちゃんの血小板も少なくなり、赤ちゃんに頭蓋内出血(ずがいないしゅっけつ)がおこり、生命にかかわる危険をともなうこともあります。
 血小板数が5万以上であれば、とくに出産時に問題はありませんが、血小板数が5万以下の場合には、治療が必要になります。
 妊娠中の対策としては、血液検査で血小板数を調べることでわかりますが、皮下出血をたびたびくり返す場合には、産婦人科医もしくは内科医に相談しましょう。
■鉄欠乏性貧血(てつけつぼうせいひんけつ)
 妊娠中は、赤ちゃんに血液を送るために、一般に、鉄欠乏性貧血(「鉄欠乏性貧血」)になりやすいとされています。鉄分の多い食品(肉、魚、レバー、緑黄色野菜など)をよくとるようにしましょう。
 それでも、十分な鉄分が補給できない場合は、鉄剤の内服や注射を行なう場合もあります。

◎自己免疫疾患(じこめんえきしっかん)
 妊娠中に問題となる自己免疫疾患は、全身性エリテマトーデス、関節リウマチ(「関節リウマチ」)、特発性血小板減少症(前述)、重症筋無力症などです。
■全身性エリテマトーデス(「全身性エリテマトーデス(SLE/紅斑性狼瘡)」)
 この病気の女性が妊娠した場合、もっとも問題になるのは、全身性エリテマトーデスによっておこる腎障害の程度です。腎障害がひどければ、胎児の発育に影響を与えるだけでなく、人工妊娠中絶が必要になる場合もあります。ぜひ、産婦人科医か専門医に、妊娠の継続が可能なのかどうかを調べてもらうことが重要です。
■重症筋無力症(じゅうしょうきんむりょくしょう)(「重症筋無力症」)
 手足の筋力の低下は、おもに妊娠中から産褥期(さんじょくき)にかけて悪化することがあります。育児に支障などが出ないように、症状には十分気をつけてください。

◎脳、神経、心の病気
 妊娠中や産褥期にかけては、なにかと女性は、精神的に不安定になりやすいものです。とくに、妊娠前から心の病気か脳に器質的な病気をもっている場合は、この時期の変化が誘因となって、症状が顕著に現われる場合が少なくありません。
 まわりの人(家族や夫など)も、妊婦の心の負担をなるべく少なくするように協力するなど、症状を安定化するような努力が必要です。
■てんかん(「てんかん」)
 妊娠前から抗てんかん薬を服用していると、赤ちゃんに頭蓋内出血がひきおこされる場合があります。これを予防するためには、ビタミンK剤の使用が有効です。

出典 小学館家庭医学館について 情報

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