コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

戸張孤雁 とばりこがん

7件 の用語解説(戸張孤雁の意味・用語解説を検索)

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

戸張孤雁
とばりこがん

[生]1882.2.29. 東京
[没]1927.12.9. 東京
彫刻家。旧姓志村,のち母の生家戸張家を継ぎ改姓。本名亀吉。 1901年アメリカへ渡り素描,挿絵を学び,荻原守衛を知り彫刻にひかれ,06年帰国。洋風挿絵の普及につとめ,徳富蘆花の『自然と人生』の挿絵を描くなどしたあと,10年太平洋画会研究所彫刻部に入り,同年第4回文展に『をなご』を出品。

本文は出典元の記述の一部を掲載しています。

出典|ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
Copyright (c) 2014 Britannica Japan Co., Ltd. All rights reserved.
それぞれの記述は執筆時点でのもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

デジタル大辞泉の解説

とばり‐こがん【戸張孤雁】

[1882~1927]彫刻家。東京の生まれ。旧姓、志村。本名、亀吉。叙情味あふれる作品を制作。版画・水彩画でも活躍。

出典|小学館 この辞書の凡例を見る
監修:松村明
編集委員:池上秋彦、金田弘、杉崎一雄、鈴木丹士郎、中嶋尚、林巨樹、飛田良文
編集協力:曽根脩
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

百科事典マイペディアの解説

戸張孤雁【とばりこがん】

彫刻家。本名志村亀吉。東京生れ。初め洋画を学んだが,親交のあった荻原守衛の刺激を受けて彫刻に進み,文展に出品。のち,ロダンの影響濃い作風が文展と合わず,1916年院展に移った。
→関連項目藤井浩佑

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. ご提供する『百科事典マイペディア』は2010年5月に編集・制作したものです

デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

戸張孤雁 とばり-こがん

1882-1927 明治-昭和時代前期の彫刻家,版画家。
明治15年2月19日生まれ。34年渡米して油絵,洋風挿絵をまなぶ。滞米中に荻原守衛(もりえ)にあい,帰国後彫刻に転じ,文展に出品。大正6年日本美術院同人となる。7年日本創作版画協会の創設に参加。昭和2年12月9日死去。46歳。東京出身。旧姓は志村。本名は亀吉。代表作に彫刻「足芸」「煌(きらめ)く嫉妬(しっと)」,版画「玉乗り」。

出典|講談社 この辞書の凡例を見る
(C)Kodansha 2015.
書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

世界大百科事典 第2版の解説

とばりこがん【戸張孤雁】

1882‐1927(明治15‐昭和2)
彫刻家。東京日本橋生まれる。本名亀吉。旧姓は志村。母の実家戸張家をつぐ。1901年アメリカに渡り,ニューヨークナショナルアカデミーなどで絵画を学び荻原守衛を知る。06年病気のため帰国。洋風挿絵で活躍したが,太平洋画会研究所に入り,荻原の刺激で彫刻に転じた。はじめ文展に出品,受賞したが,16年再興日本美術院彫刻部に転じ,同人となった。肉付けの美しい抒情的な作風で,大正期彫刻の異色ある存在である。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. 収録データは1998年10月に編集製作されたものです。それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。また、本文中の図・表・イラストはご提供しておりません。

大辞林 第三版の解説

とばりこがん【戸張孤雁】

1882~1927) 彫刻家。東京生まれ。版画・水彩画をよくし、日本水彩画会・日本創作版画協会の創立に参加。代表作「虚無」

出典|三省堂
(C) Sanseido Co.,Ltd. 編者:松村明 編 発行者:株式会社 三省堂 ※ 書籍版『大辞林第三版』の図表・付録は収録させておりません。 ※ それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

戸張孤雁
とばりこがん
(1882―1927)

彫刻家、版画家。東京生まれ。本名亀吉、旧姓志村。母の生家戸張家を継ぐ。1901年(明治34)洋画研究のため渡米、海洋画家リチャーズの学僕となったが、06年病のため帰国、洋風挿絵の普及に努めたりした。翌年太平洋画会研究所に入ったが、滞米中から親交のあった荻原守衛(おぎわらもりえ)の帰国後、その刺激で彫刻に転じた。10年文展に入選、受賞したりしたが、16年(大正5)日本美術院彫刻部に移り、翌年同人になった。光と影を知的に取り入れた流動的で美しい肉づけをもち、初期のロマンチックな作風から晩年はニュアンスに富んだ作風に移行した。中原悌二郎(ていじろう)とともに大正期彫刻界の異色ある存在であり、病弱の身で水彩画会(1913)、日本創作版画協会(1918)の創立に参加するなど、多方面に才能を発揮した。代表作に彫刻の『足芸』『虚無』『煌(きら)めく嫉妬(しっと)』など、版画の『玉乗り』『千住(せんじゅ)大橋の雨』など。[三木多聞]

出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ) この辞書の凡例を見る
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの解説は執筆時点のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

戸張孤雁の関連キーワード奥田勝鬼頭道周武井直也彫刻家瀬戸剛対岳堂箭浦長寿庵米賀中原徳太郎林是弓の屋春兄

今日のキーワード

信長協奏曲(コンツェルト)

石井あゆみによる漫画作品。戦国時代にタイムスリップした現代の高校生が病弱な織田信長の身代わりとして生きていく姿を描く。『ゲッサン』2009年第1号から連載開始。小学館ゲッサン少年サンデーコミックス既刊...

続きを読む

コトバンク for iPhone

戸張孤雁の関連情報