打衣(読み)うちぎぬ

日本大百科全書(ニッポニカ)「打衣」の解説

打衣
うちぎぬ

公家(くげ)の衣服の一種(きぬた)で打ってつやを出した綾(あや)や平絹で仕立てた(うちき)のこと。鎌倉時代以降は砧で打つかわりに板引きにした綾を用いるようになった。板引きとは、漆塗りの板に蝋(ろう)とクルミの油を塗って磨き、そこに糊(のり)を引いて生地を張り乾燥してから引きはがす、こわばった、光沢のある糊付けのことである。打衣は晴(はれ)の日に用いられるが、女房装束十二単(ひとえ))における打衣は表着の下、襲(かさ)ねの袿の上に重ねて着られるが、江戸時代後期には、重ねの袿の下、単の上に襲(かさ)ねて着られる例もあった。男子の装束では、直衣(のうし)や狩衣(かりぎぬ)の下に着用された。近世の打衣は、成年に紅(くれない)の綾、若年には濃色(こきいろ)(紫の濃い色)を用いた。

[高田倭男]

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精選版 日本国語大辞典「打衣」の解説

うち‐ぎぬ【打衣】

〘名〙 糊(のり)をひいて砧(きぬた)で打った衣服。後世は、板引(いたびき)にして光沢を出した。
① 中古以降、婦人の着衣の時、適宜用いた。室町以後、表衣(うわぎ)の下、重ね袿(うちき)また、五衣(いつつぎぬ)の上に着るようになった。地質は綾、平絹、色は紅、地文は菱(ひし)が通常である。のちには略されることもあったが、小袿着用の際にも正式には用いることがある。うちもの。くれない。かいねり。
※栄花(1028‐92頃)布引の滝「紅のうちぎぬは、猶制ありとて」
(あこめ)。また衣(きぬ)を打ったもの。うちあこめ。うちあわせ。
※前田本枕(10C終)二一二「紅のいとつややかなるうちぎぬの霧にいたくしめりたれば」

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百科事典マイペディア「打衣」の解説

打衣【うちぎぬ】

(うちき)の一種。布に光沢を出すために,裂地(きれじ)を砧(きぬた)で打つことからこの名があるともいうが,後世は板引きといって,平らな漆塗の板にのりを引いた裂を張り,かわいてからはぎ,なめらかな光沢を出す方法が行われた。紅色が多く通常五衣(いつつぎぬ)の上に着用する。
→関連項目

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典「打衣」の解説

打衣
うちぎぬ

女房装束やその略装である小袿 (こうちき) 姿を構成する際の下に着る内衣 (うちぎ) の一種。砧打ちをして光沢を出したことからこう呼ばれる。近代女房装束では単衣 (ひとえぎぬ) の上に着る場合が多いが,12世紀中頃の『台記』や『増鏡』によれば,表着と重ね袿の中間に着用している (→ ) 。

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世界大百科事典 第2版「打衣」の解説

うちぎぬ【打衣】

衣にのりをつけ砧(きぬた)で打ち,光沢を出したものをいう。平安時代より男子の(きぬ),(あこめ),女子の(うちき),衵などに用いるが,多くは他の袿や衣にまぜ重ねていた。打衣はごわごわとしてやわらかでなく,水もよくはじいたので夏季などにも用いる。平安時代の末ころから男女の装束の構成が定形化してきて,男子は正式にはこの打衣を衣の上に重ね,束帯あるいは直衣(のうし)を着し,女子も五衣(いつつぎぬ)の上に打衣を重ね,さらにその上に表着(うわぎ)を重ねることとなった。

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世界大百科事典内の打衣の言及

【法衣】より

…なお平安時代から,絹で仕立てた白色の同形式の鈍色(どんじき)も着用された。(3)裘代(きゆうたい),素絹(そけん),打衣(うちぎぬ),(かさね),空袍(うつほ)など平安時代に登場した裳付の法衣。(4)特異な法衣として,修験の鈴懸(すずかけ)や時宗の阿弥衣(あみぎぬ)がある。…

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