(読み)キヌタ

デジタル大辞泉 「砧」の意味・読み・例文・類語

きぬた【砧】[曲名]

謡曲。四番目物世阿弥作。長年帰らぬ夫をを打ちつつ待っていた妻が焦がれ死にし、死後も妄執に苦しむ。
箏曲そうきょくおよび地歌の曲名の一類。砧の音を表現する部分(砧地)を含むのが特徴。岡康砧五段砧・新砧などがある。砧物。

きぬた【×砧/×碪】

《「きぬいた(衣板)」の音変化》
木槌きづちで打って布を柔らかくしたり、つやを出したりするのに用いる木や石の台。また、それを打つこと。 秋》「―打て我に聞かせよや坊が妻/芭蕉
砧拍子きぬたびょうし」の略。
[補説]曲名別項。→

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精選版 日本国語大辞典 「砧」の意味・読み・例文・類語

きぬた【砧・碪】

  1. [ 1 ] 〘 名詞 〙 ( 「きぬいた(衣板)」の変化した語 )
    1. (つち)で布を打って柔らかくし、つやを出すために用いる木、または石の台。また、それを打つことやその音をもいう。《 季語・秋 》
      1. 砧<b>[ 一 ]</b><b>①</b>〈伊勢新名所歌合絵巻〉
        [ 一 ]〈伊勢新名所歌合絵巻〉
      2. [初出の実例]「供神今食料〈略〉槌二枚 砧二枚」(出典:延喜式(927)一)
      3. 「声すみて北斗にひびく砧哉〈芭蕉〉」(出典:俳諧・都曲(1690)下)
    2. の形をした枕。
    3. ( を打つ木槌の形をしているところから ) 円筒形の細長いガラス瓶。
      1. [初出の実例]「長崎に来る者は火済に入る。遠路故、味の変る故に皆是を用ゆ。是を長崎にてきぬたと云」(出典:随筆・中陵漫録(1826)五)
    4. 能楽の小道具の一つ。竹を組んで台とし、その上に木の丸棒をわたし、それに白の練絹(ねりぎぬ)をかけたもの。[ 二 ]に用いる。
    5. 砧踊(きぬたおどり)の唄。また、河東節、箏曲、上方唄などにこの名がある。
      1. [初出の実例]「三みせんできけば砧はねむくなし」(出典:雑俳・柳多留‐四七(1809))
    6. きぬたびょうし(砧拍子)」の略。
      1. [初出の実例]「碪(キヌタ)・すががき・三番叟(さんばそう)」(出典:滑稽本・風来六部集(1780)放屁論)
  2. [ 2 ] 謡曲。世阿彌作。各流。四番目物。訴訟のため都にある夫を留守の妻が慕うあまり砧を打って心を慰めるが、恋慕の情は増すばかりで、遂に恋い死ぬという筋。

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改訂新版 世界大百科事典 「砧」の意味・わかりやすい解説

砧 (きぬた)

(1)能の曲名。四番目物世阿弥作。シテは芦屋なにがしの妻。九州の芦屋なにがし(ワキ)は訴訟のために上京して久しく,国元の妻は帰国を待ちわびている。3年目の秋,初めて帰国したのは侍女の夕霧(ツレ)一人だった。妻は夫の無情を嘆くが,せめてもの慰めにと,里人の打つ砧を取り寄せて打ちながら,この音がわが思いを乗せて都の夫の心に通じるようにと念じるのだった。だが今年も帰国できないという知らせを聞き,妻は病となり,ついに命を落とす。帰国した夫がそれを知って弔うと,妻の亡霊(後ジテ)がやつれ果てた姿で現れる。妻は,恋慕の執心にかられたまま死んだために,地獄に落ちていたのだが,いまだに夫が忘れられず,恋と恨みの半ばするやるせなさを夫に訴え,そのつれなさを責めるが,読経の功徳で成仏する。砧の一段は聞かせどころ,見せどころであり,晩秋のもの悲しさを背景に女心をしみじみと描き出す。後段も女の執念をしっかりととらえている。
執筆者:(2)河東(かとう)節の曲名で,《きぬた》と表記する。能の《砧》の一部を借りて半太夫節に作られていたのを,初世十寸見(ますみ)河東が河東節に移し古風な雰囲気を伝える。のち4世十寸見河東が1746年(延享3)にこの改作《常磐の声》を作ったが,廃曲。

(3)一中節の曲名で,《擣衣(きぬた)》と表記する。初世宇治紫文作曲か。河東節の歌詞をそのまま移してある。
執筆者:(4)地歌・箏曲の曲名。佐山検校(?-1694)作曲の三弦曲および生田検校作曲と伝えられる箏曲を源流とする。砧の擬音的表現を主題とする4段構造の器楽曲で,能とは無関係。箏曲は組歌の付物として,段物とともに伝承されたが,流派による異同もあり,類曲がさまざまに作曲された。そのほかに山田流では,山沢勾当が伝承してきた生田検校の《砧》に基づく平調子の本手に,長谷川検校が雲井調子の替手を付けたものが《四段砧》として行われている。一方,京都においては,本調子の本手に,三下りの替手を付して,三弦曲の《四段砧》として行われるが,他からは《京砧》と呼ぶ。ほかに,関西で行われる三弦の地を合わせる箏曲の《二重砧》,山田流中能島派に伝承されている三弦曲の《新砧》もある。以上は,すべて4段構造であるが,光崎検校は《六段の調》の5段目を応用した第5段を加え,全体に本雲井調子の替手を付けて,《五段砧》とした。その他,島住勾当作曲の三弦曲《三段砧》もある。これらの曲には,佐山検校作曲の手事物《三段獅子》の前歌《うかれめ》と初段とを前奏として付すことがあるが,《新砧》は,《八千代獅子》ないし中能島欣一作曲の前奏が付される。以上の楽曲を総称して〈砧物〉と分類することも可能で,これに宮城道雄以降の新作や,他の砧を題材とする曲をも含めることもある。
執筆者:


砧 (きぬた)

織った布または洗濯した布や着物をたたいてやわらかくし,同時に目をつめて,艶を出すのに用いる道具。〈きぬた〉は〈きぬいた〉の略であるという。木の板あるいは石の上で木の槌を持って布を打つ。今日でも木綿や麻布などは打布機を用いてこれをたたき,いわゆる砧仕上げをするが,以前はみなこの砧で打ったもので,秋の夜長の仕事として婦人が多く行った。その音が遠く近くひびく詩情をよんだ歌や俳句が多い。砧はもともと中国から伝わったもので,中国では擣衣(とうい)といい,古くから詩にうたわれている。朝鮮では夏,洗濯した衣類にのりをつけて艶出しをするのに現代も行われ,石の上で両手に棒を持ってたたく。日本の砧は麻,木綿のような粗目(あらめ)の織物に多く用いられたが,古くは絹もこれで打って光を出した。十二単(じゆうにひとえ)の一具の中の打衣(うちぎぬ)は,こうして艶を出した綾を用いたものである。
執筆者:

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普及版 字通 「砧」の読み・字形・画数・意味


人名用漢字 10画

[字音] チン
[字訓] きぬた

[説文解字]

[字形] 形声
声符は占(てん)。占に站(たん)・沾(てん)の声がある。〔説文新附〕九下に「石拊なり」とあり、きぬた。布帛をのせてたたき、つやを出すための石の台。

[訓義]
1. きぬた、きぬたをうつ台。
2. 字はまた碪に作る。
3. 砧、わらうちいし。

[古辞書の訓]
名義抄〕砧 イタル・キヌタ・カナシキ・カラウス・ツクリイシ/砧碪 キヌイタ・カナシキ*語彙は碪字条参照。

[熟語]
砧韻・砧几・砧基・砧響・砧・砧・砧杵・砧声・砧石・砧板・砧斧・砧面
[下接語]
砧・秋砧・刀砧

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「砧」の意味・わかりやすい解説

砧(能)
きぬた

能の曲目。四番目物。五流現行曲。ただし金春(こんぱる)流は昭和の復曲。「かやうの能の味はひは、末の世に知る人あるまじ」「無上無味」と『申楽談儀(さるがくだんぎ)』に語り記されている世阿弥(ぜあみ)の自信作。作詞・作曲ともに比類のない名作である。九州芦屋(あしや)の某(ワキ)は、訴訟のための在京が3年に及ぶ。故郷に派遣された侍女の夕霧(ツレ)を迎えた妻(シテ)は、夫の忘却を恨み、ひとり寝のつらさを訴え、砧を打って夫への思いを慰めようとする。今年も帰れぬとの便りの到着を夫の心変わりと絶望した妻は、ショックのため寂しく死んでいく。亡霊とでも再会したいと願う夫の弔いに、あの世からやってきた妻の霊(後シテ)は、地獄の責め苦を語り、愛を訴え、激しく夫の不実を責めるが、法華経(ほけきょう)の功徳で成仏していく。シテを中年の女の面・装束で演ずるか、新婚まもない年齢に設定するかで、演出は大きく異なる。前半を現在能、後半を夢幻能とし、ツレの若い秘書役を夫婦の間に配した、世阿弥の野心作であり、今日ではパリ公演でも絶賛されるほどの曲だが、江戸時代には謡だけ伝承され、能としての上演が絶えていた時期もあった。

増田正造


砧(東京都)
きぬた

東京都世田谷区(せたがやく)南西部にある地区。旧砧村。古代、朝廷に納める布を多摩川でさらし、砧を打って布を柔らげ、つやを出したことから地名が生まれたという。小田急電鉄(祖師谷大蔵(そしがやおおくら)駅)、環八通りに接し、西は仙川の谷を隔てて成城と接する。また南は大蔵を経て砧公園(砧緑地)、さらに東名高速道路となる。武蔵野(むさしの)台地にあり、閑静な住宅地で、日本大学商学部、NHK放送技術研究所がある。砧公園の一角には世田谷美術館がある。

[沢田 清]



砧(織物)
きぬた

きぬいた(衣板)の略で、織物を織り上げたのち織機から下ろしたままでは、堅くてなじまないので、織り目をつぶして柔らかくし、つやを出すために使われる道具。これを使ってする作業を砧打ち、または砧仕上げともいう。一般に石や木の台の上に折り畳んだ布を置き、木槌(きづち)を使って何回もたたく。これは麻・木綿に使われ、古くは弥生(やよい)時代の遺跡からこの目的に使用されたと思われる木槌が出土している。また絹では円棒に織物を巻いたのち、両端を軸受に支えて、回転させながら木槌で打ってつやを出す。また砧は、たたき洗いのための洗濯する道具として各地で使われている。現在では砧仕上げと同じく打布機(だふき)か、ヘビー・カレンダーを使い、同じような風合いをつくりだす方法がとられている。

[角山幸洋]


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百科事典マイペディア 「砧」の意味・わかりやすい解説

砧(能)【きぬた】

(1)能の曲目。四番目物。執心物。五流現行。中年の女の閨怨(けいえん)と,死後の執心,成仏を主題とする。在京の夫に思いを通わせようと,秋の夜長に砧を打つ段が中心。世阿弥の自信作で,詞章,作曲ともにすぐれている。(2)(1)に取材する河東節の曲名。半太夫節からの継承曲という。(3)地歌・箏曲の曲名。器楽曲。地歌三弦曲は佐山検校,箏曲は生田検校の作曲と伝えられる。両者の影響関係などについては不詳であるが,これらを原曲として各種の技巧的な編曲が行われ,数多くの作品が生まれた。いずれも砧の擬音的描写を主題とし,砧物と総称される。同傾向の作品は胡弓や尺八にまで及ぶ。箏曲《四段砧》《二重砧》《五段砧》,三弦曲《京砧》《大阪砧》《新砧》などが代表的。胡弓では藤植流胡弓本曲《岡康砧》(山田流箏曲にも移曲),琴古流尺八本曲《碪巣籠》などが知られる。

砧【きぬた】

衣板(きぬいた)の略といい,木づちで布を打つときに用いる木や石の台。また打つこともいう。布をやわらかくし,目をつめ,つやを出すためのもので,おもに麻,木綿など粗目(あらめ)の織物に用いるが,古くは絹も砧で打って光沢を出した(打衣(うちぎぬ))。砧打ちは秋の夜長の仕事とされ,その音は和歌や俳句に多くよまれている。今日では打布機による砧仕上げが行われる。

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「砧」の意味・わかりやすい解説


きぬた

能の曲名。四番目物。世阿弥作。訴訟のために都へ上って3年になる九州芦屋の某 (ワキ) は,故郷の妻を案じて下女夕霧 (ツレ) を下す。芦屋にひとり待つ妻 (シテ) は,夕霧から夫が今年の暮れには帰ると聞き,唐土の故事にならって夫を偲びつつ砧を打つ (砧の段,クセ) 。しかし今年も帰れぬという都からの再度の使いに妻は病に伏し,むなしくなる (中入り) 。妻の死を聞いて急ぎ戻った夫は,法要にと形見の砧に梓の弓を掛けると,妻の霊 (後ジテ) が現れ,因果の妄執に苦しむ地獄のありさまを語るが,夫の祈りによって成仏する。この曲趣をかりて1世十寸見河東が半太夫節から享保年間 (1716~36) に河東節に移した曲がある。また地歌箏曲には,砧の音と,それがかもし出す詩情に楽想を得てつくられた「砧物」と総称される曲種がある。


きぬた

東京都世田谷区南西部にある地区。地名の由来は,布をたたいて柔らかくし,同時につやを出すのに使われたを打った土地であることによる。かつて畑作中心の近郊農村であったが,小田急線,玉川電気鉄道 (現東京急行電鉄田園都市線) の開通に伴い宅地化が進展。 1936年には世田谷区に編入された。 NHK技術研究所,映画撮影所があり,南方に砧公園がある。


きぬた

木製の体鳴楽器。歌舞伎囃子などで秋の田園情緒を表わすために使われる。砧を打つ単調なリズムを模して,箏や三味線でスクイ爪 (撥) を用い,1つの音をテンレンテンレン,あるいはチンリンチンリンと反復して弾くのを砧地という。砧地にのせて器楽的技巧を楽しむ曲も多く作られた (→砧物 ) 。


きぬた

晒 (さらし) 布を打ちたたいて柔らかくする道具。衣板 (きぬいた) の意で,『倭名類聚抄』では岐沼伊太と読む。布を臼に入れ相対した2名の婦人が米をつくようにして打ったが,後世では布を石板または木板の上に延べ,横杵で交互に打つようになった。

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