一般には工業,農業等の分野の生産技術に関する知識と技能とを習得させるための教育をいうが,技術学の基本を習得させるための技術系高等教育機関の教育もふくまれる。職業教育のように教育目的によってではなく,主としてその教育内容によって特徴づけられる概念である。
おとなの世代が生産の方法を次の世代に伝えるための教育は,人類の歴史とともに古い。しかし,社会の生産力が高くなってくると,肉体労働によって物質的財貨の生産に従事する者と肉体労働に従事しない者との分化が現れはじめ,時代がさがると職業による分化がすすみ,技術教育の形態も分化した。農業生産の分野では,長い間,親が子どもに経験をとおして技術教育を行う方式が一般的であったが,手工業の分野では,ギルド制のもとで親方が年季制で徒弟に技術教育を行う徒弟制度が発達した。
市民革命によって身分制が解体され,ギルドによる職業の独占が廃棄されて職業選択の自由が確立するに伴い,技術教育の制度に関して新たな模索が始まった。はじめて産業革命を経験したイギリスでは,工業の分野ではギルドの解体後も職人が見習徒弟に技能を伝習する方式が一般化したが,19世紀初めには,バークベックGeorge Birkbeck(1776-1841)の影響のもとに機械工講習所運動mechanic institute movementが生まれた。これは,すぐれた科学者の手で労働者たちに数学,自然科学の諸部門,技術の原理や応用を教える運動で,19世紀半ばには上流階級の反対で急速に消滅したが,のちの技術教育機関の萌芽となり,アメリカにも大きな影響を及ぼした。フランスでは,大革命の少し前から軍隊内の技術将校養成などの技術教育施設が生まれていたが,大革命の過程でG.モンジュらの指導するエコール・ポリテクニクが創立された。ここでは,数学,製図,自然科学の系統的な基礎教育のうえに土木,機械学等の高い水準の技術学が教授され,その卒業生から優れた科学者,技術者,技術将校が生まれた。この教育は,スイス,ドイツ,イギリス等の技術教育機関の創設に大きな影響を与えた。
資本主義生産の発展に伴い,工業生産の分野では技術水準が高くなるとともに職業の専門分化がすすみ,同時に,子どもの権利に対する自覚も強まって義務教育制度が実施されるようになる。こうしたなかで,発展した資本主義国・社会主義国では,義務教育制度の基礎のうえに,以下のような多様な形態で技術教育を行う制度を発達させている。
(1)普通教育としての技術教育 特定の職業への準備としてではなく,現代の主要生産部門の技術についての基礎的知識と一般的な技能を教授する。手の巧緻性を発達させるとともに,産業についての一般的な理解を与え,技術の世界に子どもの目を開かせる目的をもつ。このため多くの国では,小学校に手工科,中学校に工作科(アメリカではインダストリアル・アーツindustrial arts)などの教科を設けている。社会主義国では,総合技術教育の観点からこのような教育をとくに重視している。(2)中等程度の学校における技術教育 多くの国では,初等教育に続く学校で,普通教育に合わせて工業,農業等の諸分野の職業に必要な技術教育を行う学校を発達させている。日本の高等学校の職業学科もその例である。(3)高い水準の技術教育 技術の開発・改善等の研究,あるいは生産工程の管理に従事する高い水準の技術者養成は,大学の理工系学部あるいは大学レベルの専門教育機関で行われる。(4)特定の職業の技能に習熟させることを目的とする訓練は,学校制度になじみにくいので,職業訓練vocational trainingと呼ばれる。職業訓練については,職人が単独または共同で行うもの,労働省のような公共機関の行うもの,企業が行うものなど多様な施設が発達している。(5)個別企業は,しばしば,自己の第一線の労働者や現場の中堅的労働者育成のために,企業内に各種の教育訓練施設を設けている。日本では,企業への帰属意識を強化するねらいをこめて企業内教育・訓練を重視する傾向が強い。
日本の普通教育としての技術教育は,明治以来小学校では手工科で,中学校では1936年以来作業科で行われてきた。今日では,小学校の図画工作科,中学校の技術・家庭科で行われている。技術・家庭科は,58年の教育課程改訂で設けられた必修教科で,実質的には,男子向きの技術科と女子向きの家庭科(家庭科教育)とで構成されている。技術科では,製図,木材加工,金属加工,機械,電気,栽培の諸分野のごく基礎的な技術についての知識と技能を教授することを目的としている。受験体制が強まるなかでユニークな地歩を占めているが,女子への技術教育の軽視,教材の生活技術への傾斜,施設設備の不備など未解決の問題も多い。
→工作教育 →総合技術教育
執筆者:佐々木 享
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
産業技術に関する知識および技能の習得を目的とする教育をいう。
技術・技能の伝承を古くから支えてきたのは徒弟制度であったが、産業革命はそれを崩壊させた。産業革命後、労働者自身による政治的・経済的向上を目ざす運動が活発化するが、それらの運動と結合して19世紀初めには機械工講習所運動がイギリスでおこった。フランスでは徒弟制度にかわるべき技術教育機関の創出が試みられ、1870年にはパリのウィレット徒弟学校はじめ、各地に市立徒弟学校が開かれ、一般労働者(の上層部)を学校形態で養成する方策がとられた。
[原 正敏]
封建時代、手工業生産は「座」「株仲間」など特権的なギルド組織で行われ、その技術の伝承は徒弟制度が支えた。ところが明治維新後、産業革命を経る以前に近代技術が急激に導入されるという状況が生じた。明治初期、文部省は、官僚と工業士官の養成のための高等教育機関の確立と国民への普通教育の普及を当面の課題とした。技術教育に関しては、「学制」(1872年公布)に工業・商業・農業などの学校が中学校の一種としてあげられている。
文部省が最初に取り組んだ本格的な中等工業教育機関は東京職工学校(1881)である。同校は「職工学校ノ師範若(もし)クハ職工長、製造長タルベキ者」の養成を目的とし、職工徒弟講習所を付置した。一方、京都や金沢、八王子、足利(あしかが)、桐生(きりゅう)など伝統工業の中心地では、1880年代末から新技術導入に伴い、研究会や講習会が組織され、1890年代以降の中等工業教育機関の基盤となった。「実業補習学校規定」(1893)、「簡易農学校規定」(1894)、「徒弟学校規定」(1894)に続く「工業学校規定」「農業学校規定」の制定、それらを包括する「実業学校令」(1899)と「専門学校令」(1903)に伴う実業専門学校の発足と、制度的に整備される。元来、徒弟学校は「職工タルニ必要ナ教育ヲ為(な)ス」ところ、工業学校は「技手、助手、及ビ工場事務員トナルベキ者ヲ養成スル」ところと、その目的は違っていたが、当時の徒弟や職工層の子弟には通学の余裕などなく、徒弟学校の多くは工業学校の代用となり、初等工業教育に利用され、結局は廃止(1921)された。
1920年代の高等教育機関の拡大は、工業学校卒業者の地位を相対的に低下させ、理論より実技の練磨が要請され、とりわけ大恐慌下の1930年代初頭にはそれが強調された。しかし日中戦争の拡大につれて状況は一変し、工業学校卒業者はおもに下級技能者として迎えられた。第二次世界大戦下、「国民学校令」(1941)に続いて「中等学校令」(1943)が公布され、中等学校制度の改革が進められ、工業学校も従来の100種目近い学科が機械・電気・航空など15科に統一された。これらの学科のうち、敗戦により航空学科が廃止されたが、ほかは1951年(昭和26)までほとんど変化しなかった。戦後、実業学校は3か年の高等学校の「職業に関する学科」となり、目標は「中堅技能工員となるべき者に必要な技能・知識を養成する」とされた。
工業学校・工業高校の教育目標は戦前・戦後を通じて基本的に変わっていない。すなわち、1920年代末から1930年代初めと、敗戦直後から1950年代にかけて「一般労務者ノ指導者」「健実ナ職工長」「中堅技能工員」となるべき教育が強調されたが、実質的には初級技術者の養成がその中心であった。1960年代、「国民所得倍増計画」のもとで工業高校が大拡張されたが、大学進学志向の高まりと相まって普通科高校への進学が予想以上となり、その結果、工業高校は、従来に比べて意欲・学力の低い生徒を抱えるようになり、大都市とその周辺の工業高校では脱落者を生む状況となった。おりからの「技術革新」は、初級技術者のみならず技能工にも高水準の基礎学力と専門的知識を要求した。1961年設置の五年制工業高等専門学校や四年制大学工学部の増大と工業高校卒業者の「実力」低下が相まって、工業高校卒業者は、いわゆる初級技術者としての職務からも排除されるようになった。
[原 正敏]
以上のような状況のもとで、高校段階での職業教育否定論が地域総合制高校論の形で広がった。しかし近年の調査では、企業の中堅技能者要員の採用希望は工業高校卒業者に集中し、その職務も情報処理、修理保全などメカトロニクス時代の基幹的職務についている者が多いことが明らかになった。
マイクロエレクトロニクスを中心とする「技術革新」の展開は、技術的素養に富んだ「技術的技能者」ともいうべき人材の育成を要請している。その結果、職業訓練においても、高校卒業後2か年の専門訓練課程(職業訓練短期大学)の設置が本格化した。また高校卒業者を対象とする専修学校専門課程(専門学校)が情報処理科と電気・電子科を中心に拡大し、工業高校(工業学科)も修業年限の延長が提起され始めている。「技術的技能者」や初級技術者の養成を教育制度全体のなかでどのように位置づけるべきかが、今後の教育改革の一つの大きな課題となっている。
[原 正敏]
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
…主として,手と手の直接の延長である道具を用いて材料を加工し,物を作らせる教育。技術教育の基礎としての役割を果たす。この教育により,はさみ・のこぎり・金づちなど道具の性能や,粘土・木など材料の性質を学び,さまざまな技能を習得する。…
※「技術教育」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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