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新葉和歌集 しんようわかしゅう

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

新葉和歌集
しんようわかしゅう

南北朝時代の私撰集弘和1=永徳1 (1381) 年,宗良 (むねなが) 親王撰。勅撰集に準じられた。 20巻。 1420首。北朝歌壇の指導者藤原為定撰の『新千載和歌集』が,南朝関係者の作品を一切とらなかったために,南朝関係者の作品だけを対象として選んだもの。主要歌人は後村上天皇宗良親王長慶天皇花山院師賢 (もろかた) ,花山院家賢後醍醐天皇,洞院公泰,二条為忠,北畠親房ら。おおむね平明な二条派的歌風であるが,南北朝の動乱の体験に立脚した作品や政治的発想の歌も見出され異色である。仮名序には南朝正統観に基づく政道論的語句も見出される。

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デジタル大辞泉の解説

しんようわかしゅう〔シンエフワカシフ〕【新葉和歌集】

南北朝時代の準勅撰和歌集。20巻。宗良(むねなが)親王撰。弘和元=永徳元年(1381)成立。歌数約1420首。元弘(1331~1334)以来の南朝方の撰歌集。逆境にあって、悲憤の感慨を詠んだ歌が多い。

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百科事典マイペディアの解説

新葉和歌集【しんようわかしゅう】

南北朝時代の準勅撰和歌集。20巻。宗良親王撰。1381年成立。歌数1420首(流布本)。南朝の人びとの和歌を集成したもので,長慶天皇綸旨(りんじ)で勅撰集に準ぜられた。

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世界大百科事典 第2版の解説

しんようわかしゅう【新葉和歌集】

南北朝期の準勅撰集。撰者は後醍醐天皇皇子宗良(むねよし)親王。1376年(天授2)ころに発企,81年(弘和1)10月に長慶天皇の綸旨が下り,同12月3日に奏覧。20巻,部立は《続千載集》にならい,南朝3代(約50年)の当代歌人の作1420首(諸本に多少の増減あり)を収める。歌人数は150余名。おもな作者は,後村上天皇100首,宗良親王99首(ほかに読人不知として90首前後),長慶天皇53首に次いで,後醍醐天皇,花山院3代(文貞公師賢・家賢・長親),洞院公泰らが続き,皇族と近臣がほとんどである。

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大辞林 第三版の解説

しんようわかしゅう【新葉和歌集】

準勅撰和歌集。二〇巻。宗良親王撰。1381年成立。一四二〇首。南朝の人々の悲痛な感情を託した歌集である点が注目されるが、全体としては平淡な歌風である。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

新葉和歌集
しんようわかしゅう

南北朝時代の準勅撰(ちょくせん)和歌集。20巻1400余首。宗良(むねなが)親王撰。南北朝分裂後、北朝ではまず京極(きょうごく)派によって『風雅集』、ついで足利(あしかが)将軍と二条家との提携によって『新千載(せんざい)』『新拾遺(しゅうい)』の2集が成っていたが、分裂後の南朝の君臣の詠はそれらに入れられず、彼らはそれを残念に思っていた。南朝ではそれまでも、おりおり歌合(うたあわせ)や歌会が催されていたが、東国に転戦していた宗良親王が吉野にいったん帰った1374年(文中3)前後からとくに活発化し、「南朝三百番歌合」(1371)、「南朝五百番歌合」(1375)、「住吉(すみよし)社三百六十番歌合」(1375ころ、散逸)、「南朝内裏(だいり)千首(天授千首)」(1376~77、数名の分が現存)などが催されたのは、撰集準備の一環と考えられる。かくて同集は、親王を中心に花山院長親(かざんいんながちか)や師成(もろなり)親王らが協力して1381年(弘和1・永徳1)10月までにいったん完成した(初撰本)が、この月長慶(ちょうけい)天皇から勅撰集に準ずる旨の綸旨(りんじ)を賜り、若干修訂して同年12月に奏覧した(奏覧本・準勅撰集本。仮名序による)。したがって伝本にはこの2系統があるとみられる。内容は勅撰集に倣って四季恋雑20巻、南北朝分裂の元弘(げんこう)(1331~34)初年から当代まで3代50余年間の南朝関係者の詠を収め、仮名序を付す。入集歌数は後村上(ごむらかみ)院100、宗良親王99(ただしこれは後村上院を首位とするためで、ほかに詠人(よみびと)知らずとして多数)、長慶院・花山院家賢(いえかた)各52、花山院師賢(もろかた)49、後醍醐(ごだいご)帝46という順で、基本的には二条派歌風だが、「ここにても雲居(くもゐ)の桜咲きにけりただかりそめの宿と思ふに」(後醍醐帝)、「鳥の音(ね)におどろかされて暁の寝覚(ねざめ)静かに世を思ふかな」(後村上院)のような切実な実感を歌った詠が共感をよぶ。[福田秀一]
『井上宗雄著『中世歌壇史の研究 南北朝期』(1965・明治書院)』

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