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日坂 にっさか

百科事典マイペディアの解説

日坂【にっさか】

遠江国にあった宿駅。現在の静岡県掛川市日坂にあたる。東海道の難所の一つ佐夜ノ中山(さよのなかやま)(現在の掛川市と静岡県金谷(かなや)町(現・島田市)の境)の西にあったことから西坂と呼ばれ,のち日坂となったという。応仁(おうにん)・文明の乱から戦国争乱の時期にかけての紀行文に,西坂・日坂・新坂などとみえる。1601年に東海道の宿駅に指定された。《東海道宿村大概帳》によれば,宿内町並みは東西6町余,人口は750人,家数は168軒で,本陣1軒,脇本陣1軒,旅籠(はたご)屋33軒があった。蕨餅(わらびもち)は宿の名物として知られる。1955年掛川市の大字となる。
→関連項目掛川[市]

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世界大百科事典 第2版の解説

にっさか【日坂】

遠江国(静岡県)の宿駅。東海道の交通の要地で,東は小夜ノ中山(さよのなかやま)を越えて1里24町で金谷宿,西は1里29町で掛川宿に至る。戦国期の日記や紀行文に日坂,あるいは西坂,新坂などとみえる。近世宿駅としては,1601年(慶長6)に設定された。《宿村大概帳》によれば,宿内町並み東西6町半,宿内人口750人,家数168軒(うち本陣1,脇本陣1,旅籠屋33軒)であった。宿の名物として〈蕨(わらび)餅〉がある。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

日坂
にっさか

静岡県掛川(かけがわ)市東部の一地区。旧日坂村。東海道の有名な難所、小夜(さよ)ノ中山の西の坂下に位置し、夜泣き石でも有名。室町時代、西坂とも書き、『宗長(そうちょう)手記』や連歌師宗牧の『東国紀行』には日坂と記されている。江戸時代には本陣、脇(わき)本陣各1、旅籠(はたご)33を擁した宿場町として繁栄した。[川崎文昭]

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世界大百科事典内の日坂の言及

【葛餅】より

…葛粉のかわりにワラビ粉を使えばワラビ餅である。いずれも江戸時代以前から行われていたもので,東海道の日坂(につさか)の宿(新坂,西坂とも。現,静岡県掛川市)のワラビ餅は有名だった。…

※「日坂」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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