高麗本ともいう。主として朝鮮人または中国人撰書の朝鮮における刊行書を指すが,高麗時代,李朝時代のものを,それぞれ高麗本(版),朝鮮本(版)と呼ぶこともある。朝鮮と日本の往来は古く,応神朝に百済博士王仁(わに)が《論語》《千字文》をもたらしたのが最初とされる。その後も渡来人とともに多量の書籍が伝えられた。8世紀前半の新羅への留学僧審祥の蔵書70部中,50部までが新羅僧の撰述であった。また丹波康頼の《医心方》には《百済新集方》《新羅法師方》の引用がある。以上は写本巻子本であろうが現存しない。高麗は印刷術が盛んで,宮廷には官版刊行のため書籍鋪等も設けられた。3度大蔵経が刊行され,日本では《高麗大蔵経》の名で知られたが,特に初彫本は日本に多く残存し,本国にはほとんどない。木活字や金属活字印刷は13世紀前半には行われ,1377年刊の《白雲和尚抄録仏祖直指心体要節》巻下1冊(フランス国立図書館蔵)という世界最古の活字本も現存する。高麗刊本は日本の五山版にも影響を与えたといわれるが,大蔵経以外にはほとんど存しない。
李朝になると官版は校書館等で刷られ,活字本が多いため100部から300部がせいぜいで,普及させる時にはそれを地方官衙で木版に起こしたりした。富裕な家門,書院,寺刹での刊本も多いが,書肆(しよし)刊行物とみられるものでは,1576年刊《攷事撮要(こうじさつよう)》が最初である。豊臣秀吉の朝鮮侵略時に多量の書籍を略奪したが,大部分は16世紀の活字本および木版本で各地に現存し,貴重な本も少なくない。その時印刷道具一式がもたらされ,また工人も拉致されたようで,その影響下に文禄から寛永年間にかけて古活字版時代という一大盛期を招来した。しかし活字本は印刷部数が少なく,当時の出版物に対する需要をみたし得なかった。結局,従来の木版印刷にもどったが,出版文化の飛躍的発展に資したところは甚大である。和書の装丁や版式にも影響を与えた。略奪本には朱子学関係書も多く,林羅山等は積極的に利用して日本朱子学の成立と隆盛に大きく作用したが,それらの和刻も多く出た。さらに《金鰲(きんごう)新話》《三綱行実図》《五倫行実図》等は仮名草子にも影響している。江戸時代以降は対馬の宗家を通じてしか朝鮮本は入らなかったが,宗家には158部804冊が現存し,林家等江戸官学にそれらを貸し出している。明治以後に購入されたものもあり,日本に存する朝鮮本はかなりの数にのぼる。内閣文庫や足利文庫,蓬左(ほうさ)文庫などには本国でも見ることの困難な貴重本もある。朝鮮本は大型で,花紋等を押した蠟引き黄表紙に,朱糸の五穴綴じが特徴であり,料紙は楮紙(こうぞがみ)が最も多い。
執筆者:藤本 幸夫
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広くは朝鮮の、狭くは李朝(りちょう)時代(1392~1910)の刊行書をさすが、本稿では後者について述べる。高麗(こうらい)時代のものについては「高麗版」の項参照。この時代は印刷文化が栄え、李朝は校書館等を設けて印刷したが、官版の大部分は活字本で、大型かつ美麗、中国本を翻刻する場合は善本によっており、校正も厳密である。活字は鋳造年の干支(えと)でよばれ、30種以上あるが、癸未(きび)字(1403)がもっとも古い。そのなかでは甲寅(こういん)字(1434)が大きさも適当で字形もよく、幾度も改鋳されている。銅活字が主で、木活字や鉄活字もある。活字本は数十部から200~300部どまりで、これをもとにして木版本を多量につくることが多い。坊刻本(民間出版物)は16世紀後半より確認されるが、日本のようにさほど商品化していない。書院や門中よりの木版本を主とした印出も盛んで、木活字、陶活字、匏(ほう)(瓢箪(ひょうたん))活字、銅活字本によるものもある。朝鮮本には刊記が少なくて刊年がはっきりせず、また地方印刷文化の状態もまだ明らかでない。豊臣秀吉(とよとみひでよし)の侵略時(1592~93、1597~98)に多くの書籍がわが国にもたらされて現存するが、この影響でわが国の古活字印刷が一時盛行した。東京の宮内庁書陵部、国立公文書館、名古屋の蓬左(ほうさ)文庫、対馬(つしま)の宗(そう)家文庫、東大、京大などに、多くの朝鮮本が残されている。
[藤本幸夫]
『韓国図書館学研究会編『韓国古印刷史』(1980・同朋舎出版)』▽『前間恭作著『朝鮮の板本』(1937・京城・松浦書店)』
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