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民部 ミンブ

デジタル大辞泉の解説

みん‐ぶ【民部】

古代中国の官名。後周代に設置され、人民の衆寡を計ることをつかさどった。唐代以降、戸部と改称された。
民部省」の略。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

民部 みんぶ

1657-? 江戸時代前期-中期の仏師。
明暦3年生まれ。元禄(げんろく)11年多賀朝湖(たが-ちょうこ)(英一蝶(はなぶさ-いっちょう))とともに幕政を批判したとして伊豆(いず)八丈島に流された。在島中釈迦如来坐像などおおくの仏像をつくり,一部は宗福寺に現存する。宝永6年ゆるされて江戸城内紅葉山御用仏師となる。別名に遊扇。

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大辞林 第三版の解説

みんぶ【民部】

「民部省」の略。

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世界大百科事典内の民部の言及

【氏姓制度】より

…ただ,そのなかでは,朝廷に出仕して,職務の名を負う品部(しなべ),王名,宮号を負う名代(なしろ)(名代・子代),屯倉(みやけ)の耕作民である田部(たべ)などの先進的な部民に,共同体のなかの戸を単位に編成されるもの,6世紀には,なんらかの籍帳に登載されるものが現れたことが予測され,比較的はやく氏姓を称するにいたったのであろう。それにたいし,豪族の支配下にあった民部(かきべ)は,在地の族長を介して,共同体のまま部に編入し,族長をへて貢納させる形のものが多く,各戸に豪族名を付して,某部・某人部などと称することはなかったと思われる。まして,地方の族長のもとには,部民化されず,族長の私的支配下にある農民が多く存在したはずであり,このような共同体的な農民は部民制と関係なく,したがって氏姓を称する機縁はまったくなかったとみられよう。…

【部曲】より

…主と客の関係を起源とする部曲制は,土地所有関係が強い契機となる農奴制と同一視できない面をもっている。【谷川 道雄】
[日本]
 古代において,豪族の領有する民を民部,部曲と記し,カキベ,カキノタミとよんだが,カキとは区画することで,領有者の名を付して,その集団を支配することを意味し,もともと地方で家をなし,自営の農業を営んでいたものを,集団として中央貴族の支配下に編入したものである。大化改新によって,部曲は公民とされ,氏姓をあたえられ,戸籍に編付された。…

【部民】より

…このように下部組織を形成する伴や部を〈トモ〉ともいい〈ベ〉ともいうのは,百済の官司の諸部の制度を輸入して朝廷の政治組織を革新したとき,朝廷の記録をつかさどっていた百済の帰化人=史部(ふひと∥ふひとべ)が,本国の習慣に従い,漢語の〈部〉とその字音の〈ベ〉を,日本の〈伴〉の制度に適用したために生じたとみるのが正しいであろう。 さらに,このような官司制を統轄した臣・連・伴造らの畿内貴族は,その経済的基盤として,部曲・民部(かきべ∥かきのたみ)の領有を公認され,天皇・后妃・皇子もおのおのの宮の経営や子女の養育の資として,名代・子代(なしろこしろ)を設定した。これらの部民は各地域の農民集団をさし,地方の国造(くにのみやつこ)にひきいられ,主家に力役や貢納の義務を負ったが,名代はさらに国造の一族から舎人(とねり),采女(うねめ)などを天皇・后妃の近侍者として差し出す慣習があった。…

※「民部」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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