部民(読み)べのたみ

旺文社日本史事典 三訂版「部民」の解説

部民
べのたみ

大和政権における大王家や豪族の私有民
所有する豪族・職業名・地名にちなんで「何々」と呼んだ。大部分農民で,一部に特殊技術を有する者もあった。豪族に貢物労役を出したが,奴婢 (ぬひ) と異なり家族生活を営んだ。大王家の部民は品部 (ともべ) ・名代 (なしろ) ・子代 (こしろ) の民といい,伴造 (とものみやつこ) に統率された。豪族に属するものが部曲 (かきべ) 。大化の改新公民となったが,天智天皇が復活,のち天武天皇が再廃止した。品部の一部は未解放のまま律令の品部 (しなべ) ・雑戸 (ざつこ) となった。

部民
ぶみん

べのたみ

部民
べみん

べのたみ

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百科事典マイペディア「部民」の解説

部民【べみん】

〈べのたみ〉〈ぶみん〉とも。大和朝廷時代のの隷属民。居住地・職業・私有者などの名を冠して何々部と呼ばれ,部に必要な物資や徭役(ようえき)を提供した。
→関連項目氏上部曲語り部大和政権

部民【ぶみん】

部民(べみん)

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世界大百科事典 第2版「部民」の解説

べみん【部民】

部は〈ベ〉とも〈トモ〉ともよむ。日本では大化改新以前に,朝廷あるいは天皇・后妃皇子・豪族などに隷属し,労役を提供し,また生産物を納した人々の集団をいう。部は,中国・朝鮮などにもひろく存在した社会制度で,日本の部の制度も,それらの影響下に成立したと思われる。中国ではから唐代にかけて,豪族のもとに部曲(ぶきよく)とよばれる集団が隷属し,その内容も軍伍→私兵→私賤というように変化したが,奴婢よりは上位身分とされた。

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世界大百科事典内の部民の言及

【岡田山古墳】より

…そのうち把頭に双鳳亀甲繫文の銀象嵌を施した円頭大刀の残存刀身(26.3cm)に〈各(額)田(部)臣□□□□(素か)□大利□〉という象嵌銘文の刻まれていることが,1983年末にX線撮影により明らかとなった。〈額田部臣(ぬかたべのおみ)〉は《出雲国風土記》によると大原郡少領にみえるので,この銘文によって,当時出雲に名代(なしろ)とみられる額田部を管掌する地方豪族として,〈臣〉のカバネを有する額田部臣の存したことが知られ,日本古代の部民制の展開を示す最古の貴重な史料となっている。【岸 俊男】。…

【氏姓制度】より

…日本古代において,中央貴族,ついで地方豪族が,国家政治上に占める地位,社会における身分の尊卑に応じて,朝廷より(うじ)の名と(かばね)をあたえられ(氏・姓(かばね)をあわせて(せい)ともいう),その特権的地位を世襲した制度。大化改新ののち,律令国家におよぶと,戸籍制によって,氏姓はかつての部民(べみん),つまり一般の公民にまで拡大され,すべての階層の国家身分を表示するものとなり,氏姓を有しないものは,天皇,皇子,諸王と奴婢のみとなった。
[政治制度としての氏姓制度]
 このような制度は,原始共同体において,氏族や部族が社会の単位となった,いわゆる氏族制度とは異なる。…

※「部民」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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