海戦(海上で行う戦闘)(読み)かいせん(英語表記)maritime war

日本大百科全書(ニッポニカ)「海戦(海上で行う戦闘)」の解説

海戦(海上で行う戦闘)
かいせん
maritime war

海上で行う戦闘のこと。初期の海戦はもっぱら船上の陸地戦であった。統一された指揮はなく、勝敗は戦闘員の力と勇気に依存していた。火薬が発明されが船に装備されると海戦は新しい意味をもつようになったが、それでも司令官は敵船をさして「砲手、あの船を沈めよ」といえば事足りた。当時の基準では砲撃の理想的な距離はピストルの射程とされ、20ヤード(約18メートル)まで接近することが望ましいとされていた。19世紀になると世界の植民地化が進んだ結果、西欧列国海軍は大規模化し、したがって海戦も信号旗による統一指揮の下、戦術運動や片舷(へんげん)斉射などをもって戦われるようになる。しかし信号旗は天候や砲煙ですぐ見えなくなるから、戦闘の基本は依然として見敵必戦、独断専行であった。トラファルガーの海戦に臨むネルソン提督の命令には「私の信号が見えないときには敵のほうへ突っ込んで行け、そうすれば大きく誤ることはない」とある。鋼鉄動力艦隊どうしが初めて大規模な海戦を展開した1905年(明治38)の日本海海戦では無線電信が指揮の統一に大きな威力を発揮した。仮装巡洋艦信濃(しなの)丸が発した「敵艦隊見ゆ」に始まるバルチック艦隊の陣形針路速力に関する動静報告は、無線電信が海戦で実際に使われた世界最初の例である。この海戦で旗艦三笠(みかさ)の12インチ砲が火を吹いたのは敵艦との距離6400メートルの位置からだった。潜水艦と航空機の海軍への参加は海戦の性格をいっそう複雑、広範囲、立体化させる要素として作用した。とくに航空母艦の出現によって海戦は水平線のかなたに拡大され、対水上砲戦より対空砲戦が重視されるようになる。1942年(昭和17)日米両海軍で戦われたサンゴ海海戦は、対抗する両艦隊が互いに相手の艦を視野に入れない史上初の海戦であった。第二次世界大戦は海戦から巨砲と測距儀と望遠鏡を追放し、かわってレーダー、ソナー(水中音波探知器)、航空機を登場させたのである。現代の海戦は、ミサイルと半導体技術の驚異的な進展によって自動化、遠隔化がますます進む一方、海軍の目的それ自体が、敵の水上艦隊を撃滅して制海権を獲得する使命から、戦略ミサイル潜水艦による敵国政治中枢の戦略的破壊を主軸とする核抑止戦略の一環へと移行したため、海上決戦とよぶにふさわしい海上戦闘が生起する公算はきわめて少なくなった。将来ありうる海戦の形は、朝鮮戦争、ベトナム戦争型の海上交戦を欠く封鎖作戦、もしくはその逆の海軍力の弱い国がテロやゲリラの形で大国の海軍に挑戦するようなものであると考えられる。

[前田哲男]

『外山三郎著『西欧海戦史――サラミスからトラファルガーまで』(1981・原書房)』

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