改訂新版 世界大百科事典 「源平合戦物」の意味・わかりやすい解説
源平合戦物 (げんぺいかっせんもの)
人形浄瑠璃,歌舞伎の一系統。保元・平治の乱から平家滅亡に至るまでの源平両氏抗争の歴史に題材を求めた作品の総称。その中核をなすものは,わが国最大の語り物として広く人々に親しまれていた《平家物語》を母体に構想された諸作であり,その多くは,もっぱら敗者・弱者の側に焦点を合わせつつ,合戦の勇壮さと人の世のはかなさとを詩情豊かに描き出したものとなっている。今日上演される主要な作品を争乱の経過に沿って挙げていけば,まず保元・平治の乱関係では,浄瑠璃《源氏烏帽子折》や常磐津の所作事《恩愛瞔関守(おんないひとめのせきもり)》(通称《宗清》),また,頼朝,義経,義仲の挙兵をめぐっては,人形浄瑠璃に《鬼一法眼(きいちほうげん)三略巻》《源平布引滝》,歌舞伎に《梶原平三誉石切(ほまれのいしきり)》(原作は人形浄瑠璃《三浦大助紅梅靮(みうらのおおすけこうばいたづな)》),《大商蛭子島(おおあきないひるがこじま)》《那智滝祈誓文覚(ちかいのもんがく)》などがある。ついで《平家物語》と関連の深いものとしては,俊寛,清盛の対立を主題とする《平家女護島(によごのしま)》,義仲の最期をめぐる《ひらかな盛衰記》,一ノ谷の合戦にからめた《須磨都源平躑躅(すまのみやこげんぺいつつじ)》《一谷嫩軍記(ふたばぐんき)》,屋島の合戦をとりあげた《那須与市西海硯》などの浄瑠璃諸曲があり,さらに平家滅亡後の時期のものには,兄の頼朝に追われる悲運の義経に焦点を合わせた浄瑠璃《御所桜堀川夜討》や能を歌舞伎舞踊化した《船弁慶》のほか,戦死したはずの平家の武将たちが実は生きながらえていたという奇警な構想を展開させた浄瑠璃《義経千本桜》等々,本系列における代表的な傑作が多数生み出されている。なお,屋島の合戦に活躍した平家方の勇士景清を主人公とする歌舞伎の《錣引(しころびき)》以下,その敗北後のさまを描いた浄瑠璃《壇浦兜軍記》《嬢景清八島日記(むすめかげきよやしまにつき)》や歌舞伎十八番の《景清》など一群の作品もこの系統に属するものといえよう。これらのうち,伊豆に配流された頼朝の雌伏時代を描いた諸作を別に〈伊豆日記物〉と呼び,また,義経の事跡をとりあげているものを,源平合戦後の《義経腰越状》や《勧進帳》などをも含めて,〈義経記物〉と総称することもある。
執筆者:原 道生
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報