コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

熊坂長範 クマサカチョウハン

7件 の用語解説(熊坂長範の意味・用語解説を検索)

デジタル大辞泉の解説

くまさか‐ちょうはん〔‐チヤウハン〕【熊坂長範】

平安末期の伝説的盗賊。奥州へ下る金売吉次を襲おうとして、美濃国赤坂(あるいは青墓(あおはか))の宿場で牛若丸に討たれたという。謡曲「熊坂」や浄瑠璃などに脚色されている。

出典|小学館 この辞書の凡例を見る
監修:松村明
編集委員:池上秋彦、金田弘、杉崎一雄、鈴木丹士郎、中嶋尚、林巨樹、飛田良文
編集協力:曽根脩
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

百科事典マイペディアの解説

熊坂長範【くまさかちょうはん】

義経伝説に登場する平安末期の大盗賊。美濃(みの)などに出没し,旅人を襲った。陸奥(むつ)に下る京都の富商橘次(きつじ)を美濃青墓(あおはか)宿に襲ったが,かえって牛若丸のため討たれたという。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. ご提供する『百科事典マイペディア』は2010年5月に編集・制作したものです

デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

熊坂長範 くまさか-ちょうはん

平安時代後期の盗賊。
濃尾地方に出没して旅人をおそった野武士。実在の人物かどうかは不明。各種の伝説があるが,京都の豪商金売吉次を美濃(みの)青墓宿におそい,源義経に討たれたという伝承が流布している。のち謡曲「熊坂」,歌舞伎熊坂長範物見松」にとりあげられた。

出典|講談社 この辞書の凡例を見る
(C)Kodansha 2015.
書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

熊坂長範

生年:生没年不詳
平安末期の盗賊。『義経記』によれば,豪商橘次が牛若丸を連れ,奥州に下ろうとしたとき,長範は美濃青墓で待ち構え一行を襲ったが,かえって牛若丸に殺害されてしまった。実在の人物であるかは明らかでないが,のちの時代に謡曲,浄瑠璃,歌舞伎に取り上げられ,民衆に親しまれた。

(飯沼賢司)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

世界大百科事典 第2版の解説

くまさかちょうはん【熊坂長範】

義経伝説に登場する盗賊。牛若丸が金売吉次に伴われて奥州の藤原秀衡のもとへ下る途中,吉次の荷物をねらう長範一行に襲われたが,牛若丸の活躍によって長範は討ちとられたという。長範が牛若丸を襲う場所は美濃国青墓(幸若舞《烏帽子折》,謡曲《現在熊坂》)とも同国赤坂(謡曲《烏帽子折》《熊坂》)とも伝える。《義経記》では盗賊の名を長範とせず,藤沢入道と由利太郎とし,場所は近江国鏡の宿とされる。生国は越後と信濃の境にある熊坂(現,長野県上水内郡信濃町熊坂)とも加賀の熊坂(現,石川県加賀市熊坂町)とも伝える。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. 収録データは1998年10月に編集製作されたものです。それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。また、本文中の図・表・イラストはご提供しておりません。

大辞林 第三版の解説

くまさかちょうはん【熊坂長範】

平安末期の伝説的な盗賊。奥州に赴く金売吉次を美濃国赤坂の宿に襲い、かえって牛若丸に討たれたという。謡曲「熊坂」「烏帽子折」ほかにみえる。

出典|三省堂
(C) Sanseido Co.,Ltd. 編者:松村明 編 発行者:株式会社 三省堂 ※ 書籍版『大辞林第三版』の図表・付録は収録させておりません。 ※ それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

熊坂長範
くまさかちょうはん

生没年不詳。平安末期の大盗賊。実在の人物として証拠だてるのは困難であるが、多数の古書に散見し、石川五右衛門と並び大泥棒の代名詞の観がある。出身地は信州熊坂山、加賀国の熊坂、信越の境(さかい)関川など諸説ある。逸話に、7歳にして寺の蔵から財宝を盗み、それが病みつきになったという。長じて、山間に出没しては旅人を襲い、泥棒人生を送った。1174年(承安4)の春、陸奥(むつ)に下る豪商金売吉次を美濃青墓(みのあおはか)の宿に夜討ちし、同道の牛若丸に討たれたとも伝わる。この盗賊撃退譚(たん)は、義経(よしつね)モチーフの一つではあるが、俗説の域を出ない。謡曲『烏帽子折(えぼしおり)』『熊坂』、能狂言『老武者』、歌舞伎(かぶき)狂言『熊坂長範物見松(ものみのまつ)』は長範を扱って有名。[稲垣史生]

出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ) この辞書の凡例を見る
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの解説は執筆時点のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

世界大百科事典内の熊坂長範の言及

【烏帽子折】より

…その後,青墓の宿に泊まるが,宿の長者は義朝の妾満寿で,牛若の吹いた笛のことから用明天皇の草刈笛の由来を語り,牛若を義朝をまつる光堂に案内する。牛若はそこでまどろみ,夢中に義朝,悪源太,朝長の3人が現れ,熊坂長範が率いる盗賊が吉次を襲うことを告げる。夢からさめた牛若はひとりで盗賊を討ち滅ぼす。…

【熊坂】より

…作者不明。シテは熊坂長範の霊。旅の僧(ワキ)が美濃の赤坂にさしかかったとき,別の僧(前ジテ)に呼び止められ,今日はある者の命日だから弔いを頼むと言われ,その草庵に導かれる。…

※「熊坂長範」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. 収録データは1998年10月に編集製作されたものです。それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。また、本文中の図・表・イラストはご提供しておりません。

熊坂長範の関連キーワードトロール牛若丸金売り金売吉次鬼一法眼浄瑠璃姫義経伝説烏帽子折遮那王義経牛若丸地獄巡り伝説

今日のキーワード

パラチオン、パラチオンメチル

パラチオンは無色で油状の液体、パラチオンメチルはコハク色の液体。ともに毒性が強く、有機リン系殺虫剤として使用された。50年代以降、稲の害虫被害を防ぐことが確認され、広く導入された。しかし、農民の中毒死...

続きを読む

コトバンク for iPhone

熊坂長範の関連情報