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牛窓 うしまど

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

牛窓
うしまど

岡山県の南東部,瀬戸内市南部の旧町域。瀬戸内海岸にある。 1896年町制。 1954年鹿忍 (かしの) 町,長浜村と合体。 2004年邑久町,長船町と合体して瀬戸内市となった。大部分が低い丘陵地で,錦海湾岸には大塩田跡があり,南には前島,黒島,黄島などが浮かぶ。中心集落の牛窓は神功皇后の征韓にちなむ伝説をもち,『万葉集』などにもみられる古い港町。西国航路の潮待ち港,風待ち港として発展。近世には岡山藩の重要港となり,一文字の波止がつくられた。寛永 13 (1636) 年以来,朝鮮からの使節の停泊港。丘陵上の畑地では備前かぼちゃなどの野菜を産し,広大なオリーブ園もある。漁業も盛んで,近世には岡山藩の水主浦 (かこうら) であった。北部に寒風陶芸の里があり,寒風古窯跡群は国の史跡。唐子 (からこ) 踊りは,朝鮮と牛窓との関係を示す名残り。弘法寺の五智如来坐像と本蓮寺の本堂,番神 (ばんじん) 堂,中門は国の重要文化財。

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デジタル大辞泉の解説

うしまど【牛窓】

岡山県南東部にあった町。瀬戸内海に面し、前島との間は牛窓瀬戸とよぶ。西国航路の港として栄えた。オリーブ・ミカンを栽培。平成16年(2004)11月に邑久(おく)町、長船(おさふね)町と合併して瀬戸内市となった。→瀬戸内

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

牛窓
うしまど

岡山県南東部、邑久(おく)郡にあった旧町名(牛窓町(ちょう))。現在は、瀬戸内(せとうち)市の一地区。1896年(明治29)町制施行、1954年(昭和29)鹿忍(かしの)町、長浜村と合併。2004年(平成16)邑久町、長船(おさふね)町と合併、市制施行して瀬戸内市となる。旧町域は、瀬戸内海に面し、南方海上には前島、黄(き)島、黒島、青島などが散在する。JR赤穂(あこう)線邑久駅からバスがある。東北側の錦海(きんかい)湾は1956年に約340ヘクタールの日本最大の塩田となったが1971年に廃された。古来西国航路の港として繁栄し、近世には朝鮮通信使寄港地に指定され、本蓮(ほんれん)寺は通信使や参勤交代大名の宿所であった。長浜地区や丘陵は各種野菜の輸送園芸農業が盛んで、丘陵にはオリーブ園、ミカン園もある。沿岸ではノリとカキの養殖が行われている。歴史的に小型木造船業が盛んであったが、小型鋼船とFRP船(強化プラスチック製)に転換した。寒風古窯跡群(さぶかぜこようせきぐん)、朝鮮通信使遺跡(本蓮寺境内)は国の史跡。国指定重要文化財も多く、本蓮寺の本堂、中門、番神堂、遍明院の絹本着色『阿弥陀二十五菩薩来迎(あみだにじゅうごぼさつらいごう)図』、木造五智如来(ごちにょらい)坐像(5躯(く))、大薙刀(なぎなた)(銘「盛光」)、東寿院の快慶(かいけい)作木造阿弥陀如来(にょらい)立像などがある。紺浦(こんのうら)の唐子(からこ)踊と綾浦(あやうら)の太刀(たち)踊は国選択無形民俗文化財。[由比浜省吾]

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