長船(読み)おさふね

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

長船
おさふね

岡山県南東部,瀬戸内市北部の旧町域。岡山平野東部にある。1955年美和村,国府村,行幸村の 3村が合体して町制。2004年牛窓町,邑久町と合体して瀬戸内市となった。古くからの農業中心地域で西の土師(はじ),南の須恵は古代の土器生産地の名残り。中世,中心集落の長船は刀鍛冶の中心地で,多数の名刀を製造し,特に備前長船(→長船派)は有名。福岡は中世の福岡荘の中心部で,西に岡山城ができるまでは備前の商業中心地として栄えた。宇喜多直家(→宇喜多氏)は岡山に城下町を建設する際に福岡の商人を強制的に移住させ,今日の岡山市の中心商店街の基礎をつくった。米作が行なわれるほか電機部品工場などが立地。JR赤穂線が通じ,周辺は工場進出や宅地化が著しい。

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デジタル大辞泉の解説

おさふね〔をさふね〕【長船】

岡山県南東部にあった町。中世は名刀の産地で知られ、備前の政治・経済の中心地であった。平成16年(2004)11月に牛窓町、邑久(おく)町と合併して瀬戸内市となった。→瀬戸内

おさふね【長船】[姓氏]

姓氏の一。
[補説]「長船」姓の人物
長船騏郎(おさふねきろう)
長船長光(おさふねながみつ)

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

長船
おさふね

岡山県南東部、邑久郡(おくぐん)にあった旧町名(長船町(ちょう))。現在は瀬戸内市(せとうちし)の一地区。1955年(昭和30)行幸(みゆき)、国府(こくふ)、美和(みわ)の3村が合併して町制施行。2004年(平成16)牛窓(うしまど)町、邑久町と合併、市制施行して瀬戸内市となる。旧町域は、吉井川下流東岸、岡山平野東部の千町(せんちょう)平野の一部を占め、西部をJR赤穂(あこう)線、国道2号が走る。名称「長船」は、往時の名刀の産地にちなむ。長船、八日市、福岡地区は吉井川の自然堤防上にあり、長船と福岡は鍛冶屋(かじや)千軒といわれ、鎌倉~室町時代には備前(びぜん)長船、福岡一文字(いちもんじ)の名刀の産地として知られた。また、築山(つきやま)古墳、花光寺山(けこうじやま)古墳などの古代遺跡もあり、須恵器(すえき)が発達した。福岡は『一遍上人(いっぺんしょうにん)絵伝』に示されているように、13世紀には市場(いちば)町として栄え、岡山に城下町が建設されて商人が移住を命じられるまで、備前の政治、経済の中心であった。なお九州の福岡は、ここ出身の黒田氏が筑前(ちくぜん)に移り築城したとき、故郷にちなみ命名したもの。現在は農村地帯で、駅付近は岡山市のベッドタウンとして宅地化が進行中である。備前長船刀剣博物館、須恵古代館がある。[由比浜省吾]

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精選版 日本国語大辞典の解説

おさふね をさふね【長船】

〘名〙
① 備前国長船(岡山県瀬戸内市)、またはその付近に住んだ刀工の打った刀。また、その名称。
※諸国鍛冶寄(1614頃か)「今一人則宗とめい打かぢ備前長船に有也」
② 女性の髪型で、丸髷(まるまげ)の左右に輪を大きく出して結ったもの。〔随筆・嬉遊笑覧(1830)〕

なが‐ぶね【長船】

〘名〙
① 船に長時間乗っていること。
※俳諧・ひるねの種(1694)「長舟や日は忘れてもけふの月〈荷兮〉」
② 江戸時代、能代川(米代川)の上流で使われた長さ約五七尺(一七・三メートル)の細長い川船。岩石にあたることが多いため、腰には樫を使用して堅牢な構造とした。〔東遊雑記(1789)〕

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