瞳孔を通して眼球内を見たときに見える部分。すなわち網膜および網膜血管,視神経乳頭,脈絡膜(ぶどう膜を構成する膜)を総合していう。これらの各組織は,機能的,解剖学的に密接な関係にあり,病的状態においても互いに影響しあうことが多いために,〈眼底〉として一括して扱うと理解しやすい。網膜の神経成分はほぼ透明であるので,網膜色素上皮と脈絡膜が眼底の色を決め,これに網膜血管が加わる。眼底の部位は,黄斑と視神経乳頭を含む後極部,赤道部,周辺部に分けられる。眼底の病気は,出血,滲出物,混濁,変性,増殖組織などと血管自体の変化がおもなものとなっている。
網膜の神経繊維が集まって,眼球壁を通過する部位。ここから視神経となって頭蓋内へ連絡する。視神経乳頭はこのほか,眼内循環系からみて異なった2系統の境界となっていることや,眼球の直後までくも膜下腔がつづいていることなどが特徴となって臨床的に特異な所見を示すことが多い。
眼底中央部で,最も視力のよい部分。とくに焦点を結像する中心窩foveaは,無血管野となり網膜もやや薄くできている。視細胞は錐体が主であり,明るい状態での視力,色覚をつかさどる。血流供給はすべて脈絡膜に依存しており,網膜の他の部位に比べ例外的である。このことが黄斑部に変性や萎縮が多い原因の一つと考えられている。
眼底後極部の前方,眼球の腹にあたる部分で,円周の最も大きな部分を赤道といい,眼底のこの部分にあたるところを赤道部,さらに前方を周辺部という。周辺部の最先端で網膜はなくなる。眼底後極部は,直接的な視力への影響が強く出る部位であるため,病気に際しては自覚されやすい。ところが対照的に赤道部,周辺部は,網膜は後極部より薄くなり,組織の変性が起こりやすいが,病変は自覚されにくい。硝子体の病的癒着も高率にみられる。赤道部変性と呼ばれる変化がその代表である。硝子体の収縮などの変化で容易に網膜に裂孔が生じて網膜剝離(はくり)に進行することがある。
眼底検査は血管を見る検査といっても過言ではない。なかでも出血は各種疾患の重要な所見であり,出血源,出血部位などがそれぞれの疾患の原因,治療,予後を左右する。出血の深さにより下記のように分けられるが,しばしば一括して眼底出血と呼ばれる。
(1)硝子体出血,網膜前出血 硝子体中に血液(凝血塊)が浮いている状態が硝子体出血vitreous bleedingで,飛蚊(ひぶん)症myodesopsiaとして自覚される。生理的には硝子体剝離によって網膜血管が切れることが原因となる。病的な場合は,外傷,眼内異物などに伴って出血したり,糖尿病性網膜症,網膜静脈閉塞症に合併して新生血管が出血することによって起こる。網膜前出血preretinal bleedingは血液が網膜の表面にたまる場合や薄く伸びた状態となり,原因は硝子体出血と同様であるほか強度の貧血の場合に特徴的に現れることもある。黄斑部での出血は視力障害の原因となるが,その他の部位では自覚症状はない。
(2)網膜内出血intraretinal bleeding 浅層出血と深層出血に分けられる。高血圧性網膜症,網膜静脈閉塞症,糖尿病性網膜症,血管炎などが原因で,障害の程度によって種々の出血を起こす。
(3)網膜下出血subretinal bleeding,脈絡膜出血choroidal bleeding これらは,老人性円盤状黄斑変性症,滲出性中心性網膜炎,外傷などが原因となる。いずれも黄斑中心窩直下で出血が起こると強い視力障害が起こる。
出血と並んで網膜のおもな病変は,透明性の障害,すなわち滲出物や混濁であり,白斑exudateともいう。白斑は軟性白斑と硬性白斑に区別される。前者は網膜神経繊維の混濁であり,綿花様白斑cotton-wool patchとも呼ばれる。小単位の虚血性変化を示し,膠原(こうげん)病,糖尿病性網膜症に多くみられる。急性の病変で,白斑は数ヵ月で消失する。後者は網膜内の脂質沈着である。これらの脂質は浮腫が吸収されるときの残留分であることから,硬性白斑は網膜浮腫が存在していることを示す。糖尿病性網膜症,腎性網膜症で特徴的にみられるが,病気の慢性化を裏付ける所見でもある。また,ぶどう膜炎などの炎症の結果,細胞浸潤が起こり滲出物を形成することがある。硝子体中や網膜に認められ,炎症の動向をみる指標となることがある。
眼底の病気には以上のほか,網膜血管の変化や組織の増殖などがあるが,これらについては〈網膜〉の項を参照されたい。
眼底は,血管が直接観察できることや,視神経によって頭蓋内と接続していることなどから,眼疾患に限らず成人病を中心とする全身疾患の際の重要な検査項目となっている。眼底はそのままでは見ることができない。瞳孔から眼内を照明しながら眼底を観察する器械が検眼鏡であり,1852年H.L.F.vonヘルムホルツによって創始された。外界の光は眼内へ入って眼底に焦点を結ぶので,これを逆にたどったものが眼底を見る原理である。観察法には,直像検査法,倒像検査法,細隙灯顕微鏡を用いる方法などがある。拡大率と観察範囲が相反することや,眼底を広範囲にカバーするために各法を適宜組み合わせて行う。
→検眼
執筆者:小林 義治
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
出典 平凡社「普及版 字通」普及版 字通について 情報
…本来は,眼が見えにくくなったときに,その原因をさぐるためにおこなわれる眼の検査一般を指す言葉であるが,現在では,(1)視力検査と眼鏡矯正のための検査,(2)眼底検査に用いる検眼鏡検査,の二つの意味に狭義に使われ,一般では(1)を指すことが多い。
[視力検査と眼鏡矯正]
視力を測定し,近視,遠視,乱視など屈折異常の有無を調べ,屈折異常や老視(老眼)のある場合は,最適の眼鏡の度数を決定するまでの検査。…
…眼球壁を構成する膜の一つで,最内層の部分。眼底から毛様体,虹彩の裏面までをおおう。毛様体,虹彩の裏面の部分を網膜盲部,脈絡膜部分を視部という。…
※「眼底」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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