江戸時代の社会を構成した主要な身分である武士,百姓,職人,商人を指す言葉。四民ともいう。元来は中国の古典に起源する言葉であるが,近世の国制を中国古代の封建制になぞらえて理解しようとした儒学者などによって使用されたのをきっかけに,江戸時代の国家,社会に関する支配イデオロギー上の重要なキーワードとして広く一般に使用されるようになった。中国の古典では,士農工商の四民は国の石民,すなわち国の本で柱の礎石のごとくであり(《管子》),また学をもって位に就いている者を士といい,土地を耕して穀物を作るのを農といい,技巧をふるって器物を作るのを工といい,財貨を流通させる者を商という(《漢書》)とされている。日本では《神皇正統記》が《漢書》と同じ意味で四民という言葉を使っているが,士を官に仕えるものとするなど,兵農分離以前のこの段階では中国の概念の直訳にとどまっている。17世紀初頭に刊行された《日葡辞書》は,四民を〈ヨツツノタミ。すなわちサブライ・ノウニン・タクミ・アキュウド〉としており,約2世紀の間に士が武士という意味に変化したことが知られる。これは,実質的に兵農分離が進行して武士と農民との社会的身分の分離が進行したことと,制度的にも幕藩制の知行体系に連なる者だけが武士身分として固定されたことの反映と考えられる。
こうして成立した江戸時代の四民観の特質は,それが人はその職能によって国家社会の役にたつべきだという思想に立脚している点にあり,このことは《都鄙問答》が〈四民ヲ治メ給ウハ君ノ職分ナリ,君ヲ相(たす)クルハ四民ノ職分ナリ〉と述べ,また18世紀後半の《人見弥右衛門上書》が〈四民の外なる出家・山伏・神道者・遊女・歌舞伎・俳諧師・座頭・平家語り・幸若の類,すべて四民の衣食住を掠めて世間無用の業を以て今日を渡る者,いわゆる遊民・食いつぶし〉としている点によく表れている。この傾向は,村や同業者の仲間や組に所属する農工商から,それぞれの集団を通じて国役(くにやく)を徴収し,その徴収体系からはずれた者を〈いたずら者〉として取り締まった幕府の政策の思想上の表現であった。百姓は年貢と百姓役を,職人は職人役を,土地持ちの商人は伝馬役などを納めてはじめてそれぞれの家業を続けることを保障されたのである。なお,安寧を維持しているという点で役にたつものとみなされていた武士には,軍役を果たす義務があった。近世には以上のような職能と役の体系による身分編成のほかに,工商を合わせて町人といったように,地縁的な支配の体系による身分の呼称も存在した。これは,中世における町衆,会合衆(えごうしゆう)などによる一種の町の自治の発達を背景としながらも,その組織が町触の下達など住民に対する一般的行政機構に転化したこと,17世紀後半以降大規模な戦陣や城普請がなくなったため職人の国役が貨幣納となり,その集団が職人の動員組織としての機能を停止したことによると考えられる。農村に居住した職人も多くは田畠を名請けして年貢を納める存在であり,職人役の金納化にともない,百姓として代官一村の支配を受けることになった。最後に,士農工商の順は貴賤の順とされるが,農工商の順位は実態としては存在せず,貧富の差など個々の人々の状況しだいによったことはいうまでもない。
執筆者:高木 昭作
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…それは農村諸階層の多様な変動をともなう複雑な過程であったが,荘家の一揆(しようけのいつき)から土一揆(つちいつき)へと農民闘争が展開し,荘園村落における惣的結合が進むにつれて,農民相互を結びつけて領主階級に対抗する〈御百姓〉の意識が強化されていった。地下請【戸田 芳実】
【近世】
[百姓の概念]
中世から近世への転換期には兵農分離(検地,刀狩)が強行され,都市と農村の分離,城下町建設(武士団の城下への集住,武士の生活と軍備をささえる職人,商人の城下への集中)が推進されて,士農工商の4身分が確定された。この4身分中の農と百姓とは同義ではない。…
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