疫病を鎮める強い力をもつ疫病神として牛頭天王(ごずてんのう)をまつり,消厄除災を祈願する信仰。牛頭天王については天竺(てんじく)(インド)の祇園精舎(ぎおんしようじや)の守護神とする説をはじめ諸説があるが,要するに疫病流行など不慮の災厄にさいなまれつづけた古代の人々が,既往の信仰・伝説とも結び合わせながら信仰の対象として育成した神格である。この神は別に〈武塔神(むとうしん)〉の名をもつが,それは《備後国風土記逸文》にみえる〈蘇民将来(そみんしようらい)〉と〈巨旦将来(こたんしようらい)〉という兄弟の伝説にもとづく。すなわち,一夜の宿をもとめた武塔神を,富裕な弟の巨旦はことわったが,貧しい兄の蘇民は粟柄(あわがら)を敷いて座席をしつらえ,粟飯を献じて心から歓待した。年をへて再来した武塔神が蘇民に茅輪(ちのわ)の呪力をもたらしたので,そのおかげで蘇民の一家は天下大疫のときにも救われたという。この伝説はその後ひろく民間に流布し,〈蘇民将来之子孫〉と記した護符を門口にはる習俗や,〈茅輪くぐり〉の行事(夏越(なごし)の祓)となって,ながらく日本人各層に親しまれることになった。また,この神が素戔嗚(すさのお)尊と同一視されるのは,素戔嗚尊の多面的な神格がすさまじいばかりの荒ぶる力で裏づけられているのが,人々の畏敬と期待とをまねいたためであろう。
祇園信仰は,京都府の八坂神社や愛知県の津島神社をはじめとして,素戔嗚尊を祭神とする神社を中核にひろまっており,神社の名称にも〈八坂〉〈祇園〉を冠する例が多く,その祭礼も多くは〈祇園祭〉〈天王祭〉といい,夏祭である。疫病が流行しやすい時候にかかわる。この疫病の発生の原因として〈怨霊(おんりよう)〉のたたりが想定され,それを慰憮し鎮める営みがとくに重大視されるようになったのは,9世紀後半から10世紀にかけての平安京でのことであり,その意識の深まりが〈御霊(ごりよう)信仰〉の弘通をもたらすとともに〈御霊会(ごりようえ)〉という新しい宗教行事を生んで,各地に伝播した。地方住民の生活の中で育成されてきていた牛頭天王信仰が都市生活者に受容され,信仰形態・行事ともに都市的感覚によって洗練されつつ,再び地方住民の世界に帰って根を張りなおしたのである。
執筆者:横井 清
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行疫神(ぎょうえきしん)である牛頭天王(ごずてんのう)に対する信仰で、京都市東山区祇園町北側に所在する八坂(やさか)神社(祇園社)を宗祠(そうし)とする全国的な御霊(ごりょう)信仰。御霊とは死霊の故実用語で、祇園祭はもと祇園御霊会(え)とよばれた。ほかにも同じ信仰による御霊会として、北野御霊会と稲荷(いなり)御霊会とがある。菅公(かんこう)(菅原道真(すがわらのみちざね))の死後、天下にしきりに災禍が続発したので、それを菅霊の祟(たた)りとして始まったのが北野祭である。また生物を犠牲にして人の生命を維持できることから、その食物霊を御霊として祀(まつ)るのが稲荷祭である。
中古、人々のもっとも畏怖(いふ)したのは疫病であった。彼らは、これを流行させるのは死霊や怨霊(おんりょう)が疫神(えきじん)となるためと信じたのである。素戔嗚尊(すさのおのみこと)をもって疫神を代表させたのは、記紀の神話にみるように、素戔嗚尊が罪を犯して根の国へ追放されたからで、この神を祀ることによって疫病から免れると信じられるようになった。また、疫神は災禍をなす邪神であるとともに、これを除去する祓(はらい)神として相反する二つの神格をもつ。すなわち、疫神は祀られることによって疫病を鎮圧する善神に転化するわけで、素戔嗚尊は諸神のなかでもっとも広く祀られる神となった。しかも彼らは、この神を行疫神として祀るときは、本名を隠して、インドの祇園精舎(しょうじゃ)の守護神である牛頭天王なる外来の神にかえたのである。
牛頭天王は、869年(貞観11)清和(せいわ)天皇の代、東山の感神院(かんしんいん)(現在の八坂神社)に勧請(かんじょう)されたという。平安時代京都にしばしば流行した疫病の恐怖を背景に、祇園社は朝野の信仰を集めて、やがて全国の祇園信仰の中心となった。この神の祭りが一般に夏に行われるのは、おそらく夏にいちばん疫癘(えきれい)が流行したためであろう。また、一般に祇園信仰は、水辺における禊祓(みそぎはらい)の習俗と関係するところ深く、その祭りも川辺で行われることが多い。
[菟田俊彦]
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…それは文明に汚染されぬ原初的素朴さの個性化ともいうべく,記紀の神々のなかでも独特の魅力を放つものである。そのすぐれて神話的な形象のゆえか,後世の伝承にスサノオがあらわれることはまれだが,祇園(ぎおん)信仰においては,牛頭天王(ごずてんのう)と習合しつつ災厄除去の神としてあがめられており,この神の創造神の側面を伝えた例とみられる。出雲神話英雄神話【阪下 圭八】。…
※「祇園信仰」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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