笠間(市)(読み)かさま

  • 笠間

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

茨城県中西部にある市。1958年(昭和33)笠間町が稲田(いなだ)町を編入、同年市制施行。2006年(平成18)西茨城郡友部町(ともべまち)、岩間町(いわままち)を合併。八溝(やみぞ)山地南半部の鶏足(とりあし)山塊と筑波(つくば)山塊の間にあって盆地をなし、中心を涸沼(ひぬま)川が流れる。JR常磐線、水戸線、国道50号、355号が通じる。常磐自動車道の岩間、北関東自動車道の笠間西、友部の各インターチェンジがある。中世、鎌倉初期に笠間氏初代の時朝(ときとも)が佐白(さしろ)山に築城以来、笠間は約380年間笠間氏が支配。近世初期玉生(たまお)氏、蒲生(がもう)氏の代に城下町が整備され、1601年(慶長6)松平康重(やすしげ)が笠間藩3万石の藩主として入封したが、その後藩主はしばしば交替した。1747年(延享4)から廃藩置県までの120年間は牧野氏8万石の城下町であった。また笠間稲荷神社(かさまいなりじんじゃ)の門前町として開け、宿場町も栄えた所である。稲田は親鸞(しんらん)が1214年(建保2)越後(えちご)から移って布教に努めた所で、西念寺(さいねんじ)の遺跡がある。産業では藩主牧野氏の保護で始まった笠間焼が知られ、水甕(みずがめ)、すり鉢から花器、茶器などの民芸品に移ったが、1992年(平成4)国の伝統的工芸品に指定された。また稲田は東日本第一の花崗(かこう)岩石材の産がある。農業も盛んで、米、麦、ジャガイモ、ダイズ、梨、栗の生産や、ウシ、ブタ、ニワトリの畜産が行われる。また、笠間県立自然公園に属し、稲荷神社の信仰と史跡、観光の都市ともなっている。片庭(かたにわ)の楞厳寺(りょうごんじ)の千手観音(せんじゅかんのん)立像と山門は国指定重要文化財、その境内は国指定天然記念物のヒメハルゼミ発生地、笠間稲荷神社境内の八重のフジは県指定天然記念物。笠間日動(にちどう)美術館もある。面積240.40平方キロメートル、人口7万6739(2015)。[櫻井明俊]
『矢口孝義著『笠間郷土史』(1956・笠間史談会)』

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

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