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築地本願寺 つきじほんがんじ

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

築地本願寺
つきじほんがんじ

東京都中央区築地にある真宗寺院。 1934年竣工。伊東忠太設計。日本の仏教寺院のなかにあってインドイスラム様式の特異な建築。本堂平面は左右対称で中央に円筒状の屋根をもつ。外部は石造で古代インド仏教建築の様式を基本にし,細部にボロブドゥール寺院などの手法が折衷されるが,内部はおおむね古来の日本仏寺建築の手法に準拠した造作をもつ。

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デジタル大辞泉の解説

つきじ‐ほんがんじ〔つきヂホングワンジ〕【築地本願寺】

東京都中央区築地にある浄土真宗本願寺派の直轄寺院。元和7年(1621)第12世准如が浅草浜町に創建。明暦の大火現在地に移転。関東大震災後、古代インド様式の本堂が完成。平成24年(2012)に「本願寺築地別院」から改称。築地門跡。

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デジタル大辞泉プラスの解説

築地本願寺

東京都中央区にある寺院。1617年創建。浄土真宗本願寺派。本尊は阿弥陀如来。京都西本願寺別院。本尊の阿弥陀如来像は聖徳太子の作と言われる。

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世界大百科事典 第2版の解説

つきじほんがんじ【築地本願寺】

東京都中央区にある浄土真宗本願寺派(西本願寺)の別院。築地別院ともいう。1617年(元和3,一説に1621年)本願寺12世准如が浜町に創建,57年(明暦3)火災にあい,翌年現在の築地に移った。この別院の輪番(役僧)は本山と幕府寺社奉行の交渉にあたるとともに,東海・東山13ヵ国末寺を支配した。堂宇は火事や暴風雨などの災害にたびたびあい,現在のインド風建物は1934年の造営。境内に画家で俳人の酒井抱一や,真宗内部の教義論争〈三業惑乱(さんごうわくらん)〉に活躍した僧大瀛(だいえい)の墓などがある。

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大辞林 第三版の解説

つきじほんがんじ【築地本願寺】

東京築地にある浄土真宗本願寺派の別院の通称。本願寺第一二世准如が元和年間(1615~1624)に浅草に開創。明暦の大火後現在地に移転。関東大震災で罹災後、伊藤忠太の設計により古代インド式伽藍で再建。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

築地本願寺
つきじほんがんじ

東京都中央区築地にある寺。浄土真宗本願寺派の築地別院で、築地本願寺は通称。また築地門跡(もんぜき)ともいう。本願寺第12世准如(じゅんにょ)が1621年(元和7)浅草浜町(いまの日本橋浜町)に坊舎を建立したのに始まる。江戸海浜坊舎と号し、のちに浜町御坊とよんで、関(かん)八州ならびに駿河(するが)(静岡県)、甲斐(かい)(山梨県)、伊豆(いず)(静岡県)、陸奥(むつ)(青森・岩手県)、出羽(でわ)(山形・秋田県)の13州の門徒を管掌した。1657年(明暦3)正月、明暦(めいれき)の大火によって罹災(りさい)、現在地に移った。もともと海湾の州渚(しゅうしょ)であったのを佃島(つくだじま)の門徒を中心とする府内の門徒によって埋め立てられたので、築地とよばれることになったという。本堂、書院、太子堂などや子院58坊が造営され、東叡山寛永寺(とうえいざんかんえいじ)、三緑山(さんろくざん)増上寺、浅草本願寺(真宗大谷派、東京別院)とをあわせて両山両寺と称せられ、幕府の優待するところとなった。その後10度にも及ばんとする火災・風災にみまわれたが、そのつど復興された。関東大震災後の1934年(昭和9)には古代インド建築様式を取り入れた鉄筋コンクリート造の本堂を完成させた。境内には画僧酒井抱一(ほういつ)の墓や九条武子(たけこ)歌碑などがある。[森 章司]

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世界大百科事典内の築地本願寺の言及

【築地】より

…明暦の大火(1657)後,江戸市中の焼土を利用して埋立地として造成されたもので,名称もそこに由来する。浄土真宗本願寺派別院(築地本願寺)が日本橋浜町から移転し,これを中心に江戸時代は備中岡山藩中屋敷や浜御殿(現,浜離宮公園)などの武家地が大半を占めていた。幕末期に軍艦操練所,明治維新後も海軍操練所,海軍大学校がおかれるなど,帝国海軍発祥の地となった。…

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