古典の原文を幾度となく繰り返して読み,それを書物を用いないで誤りなく言うことができるようになる学習法の一つ。日本でこの方法がひろく行われて学習の初歩として普及したのは江戸時代においてである。とくに武家の子弟が漢学の初歩としてこの方法をとったのであって,武家の学校や漢学塾での学習の初めは漢籍の素読であった。それでこれらの教育機関では初歩の生徒のために素読席が設けられ,素読の個人教授を担当する教師がいた。《小学》《孝経》や〈四書五経〉などが素読のために用いられたので,当時の武家の子弟はこれらを暗記していた。ヨーロッパにおいても古典や聖書などはこれを暗唱できるまで読み習ったので,同じ学習法をとったとみられる。素読の方法によるとその意味は理解できないでも原文のままに暗唱するので,児童の発達をもととした近代の学校ではこの方法はほとんど用いない。しかし素読には原典の文をその身につけていて,いかなるときにでもこれを用いることができるという特別な効果を現すので,今日でも素読の必要を主張する人がある。
執筆者:海後 宗臣
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
漢文学習の一方法。漢文学習法には、文字の順序に従って音読みする直読と、日本語に読み下す訓読とがあり、素読はこの訓読の一法であるが、その意味や内容は二の次とし、訓読口調に熟達して、文章を暗唱するように読むものである。
素読は中世以来盛んになった方法で、とくに江戸時代には漢文を学習する幼若の初学者の間で盛行した。寺子屋などで教材として多く用いられたのは、『論語』『孟子(もうし)』『大学』『中庸』のいわゆる四書で、これらの教材の意味、内容を深く考えることなく、ただ口調のおもしろさに応じて暗唱し、読了する。記憶力の旺盛(おうせい)な幼若初学者には、漢文口調のおもしろさは格別で、それにつられての熟達も速く、素読はそれなりの効果があったが、明治以後の漢文学習には、そののんびりとした性格から、すっかり廃れた。「読書百遍、意自(おのずか)ら通ず」というのはこの漢文素読法の賞揚に通じる。
[田所義行]
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