(読み)ホウ(英語表記)law
Recht[ドイツ]
droit[フランス]

デジタル大辞泉 「法」の意味・読み・例文・類語

ほう【法】[漢字項目]

[音]ホウ(ハフ)(漢) ホウ(ホフ)(呉) ハッ(慣) ホッ(慣) [訓]のり のっとる フラン
学習漢字]4年
〈ホウ〉(歴史的仮名遣いはハフ)
おきて。定め。秩序を維持するための規範。「法案法学法規法人法制法則法治法廷法典法律法令悪法違法刑法憲法合法国法司法適法不法民法無法理法自然法
ある決まったやり方。一定の手順。「法式加法技法剣法作法さほう・さくほう算法手法寸法製法戦法筆法文法兵法便法方法魔法療法礼法論法
「法学」「法科」の略。「法博法文
〈ホウ〉(歴史的仮名遣いはホフ)
仏教で、真理。仏の教え。「法会ほうえ法灯法話護法正法しょうぼう説法伝法仏法妙法
仏教で、存在・現象。「諸法滅法一切法
死者を弔うこと。「法事法要
仏教で、加持祈祷などの儀式。「修法しゅほう呪法じゅほう
〈ハッ〉おきて。「法度はっと
〈ホッ〉一切の存在。真理。「法界法華法身法体
[補説]「ハッ」「ホッ」は入声にっしょう音ハフ・ホフの変化したもの。
[名のり]かず・つね・はかる
[難読]法螺ほら

ほう【法】

(ハフ)
現象や事象などがそれに従って生起し、進展するきまり。法則。「自然には自然のがある」
社会秩序を維持するために、その社会の構成員の行為の基準として存立している規範の体系。裁判において適用され、国家の強制力を伴う。法律。「のもとの平等」「民事訴訟
集団生活において、その秩序を維持するために必要とされる規範。おきて。しきたり道徳慣習など。「にはずれたやり方」
物事をする定まったやり方。正しいしかた・方法。「にかなった筆使い」「そんなばかなはない」
珠算で、乗数。または、除数。→
インド‐ヨーロッパ語で、文の内容に対する話し手の心的態度の相違が、動詞の語形変化の上に現れたもの。直説法接続法・希求法・命令法条件法など。叙法。
(ホフ) 《〈梵〉dharmaの訳。達磨・曇摩と音写。保持するものの意》仏語。
永遠普遍の真理。
法則。規準。
有形・無形の一切の存在。また、その本体。
仏の教え。仏法。また、それを記した経典。
祈祷きとう。また、その儀式。「を修する」
[類語](2法律法典のり法度法網法令法規法制国法公法典範条令条規禁令ロー/(4方法仕方やり方行き方方途方策さく手段手立てすべ手法技法手順方式仕様致し方手口やり口機軸定石方便術計メソッド

のり【法/則/典/範/×矩】

《動詞「の(宣)る」の連用形が名詞化したもので、神仏・天皇の宣告の意からという。一説に、動詞「の(乗)る」の連用形からとも》
守るべき規範。法律。おきて。「―を守る」
手本。模範。「後進に―を示す」
人としての道理。人道。「心の欲するところに従えども―をえず」
仏の教え。仏法。また、戒律。「―の道」
基準とする長さ。尺度。
㋐差し渡し。寸法。「内―」
㋑土木工事で、切り土・盛り土などの斜面の傾斜。また、その斜面。
㋒距離。道のり。
「道ノ―五里ナリ」〈日葡
[類語]ほう法律法典法度法網法令法規法制国法公法典範条令条規禁令ロー

フラン(〈フランス〉franc)

スイスなどの通貨単位。1フランは100サンチーム。フランスベルギールクセンブルクでも使用していたが、2002年1月(銀行間取引は1999年1月)、EU欧州連合)の単一通貨ユーロ導入以降は廃止。→CFAセーファーフランCFPフラン
[補説]「法」とも書く。

はっ【法】[漢字項目]

ほう

ほっ【法】[漢字項目]

ほう

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精選版 日本国語大辞典 「法」の意味・読み・例文・類語

ほう【法】

  1. 〘 名詞 〙
  2. [ 一 ] ( ハフ )
    1. 事物の一定の秩序を支配するもの。物事の普遍的なありかた。のり。法則。〔易経‐繋辞下〕
    2. ある特定の社会集団のなかで守られるべきとりきめ。おきて。きまり。さだめ。規則。
      1. [初出の実例]「先件数条 建法之基 化道之源也」(出典:万葉集(8C後)一八・四一〇六・序文)
      2. 「当目代は其儀あるまじ。只法に任よ」(出典:平家物語(13C前)一)
      3. [その他の文献]〔書経‐君陳〕
    3. 国家の強制力を伴う社会規範。法律と同義に用いられるが、法律より広義の概念。成文法と不文法、実体法と手続法、公法と私法、国際法と国内法などに分類される。「法のもとの平等」
      1. [初出の実例]「公の法は国内惣体の政事に係はる者なり」(出典:英政如何(1868)六)
    4. 中国古代の学問の一派。法を至上価値とする立場にたつ。法家。
    5. しかた。やりかた。対処法。方法。だんどり。方式。
      1. [初出の実例]「二度此さとへ、かへらぬ法もあれと」(出典:洒落本・跖婦人伝(1753))
      2. 「客を置ざりに中座するといふ法(ハウ)があるか」(出典:にごりえ(1895)〈樋口一葉〉六)
    6. 手本。模範。
      1. [初出の実例]「歌道者〈略〉末の代には、法に溺れ、法式に縛られ」(出典:東海夜話(1645頃)上)
    7. 通常の程度。妥当な度合。普通。通例。
      1. [初出の実例]「同名豊前守迷惑法之外候之由聞及候」(出典:上杉家文書‐長享三年(1489)九月一四日・上杉房定書状)
    8. 儀式のやりかた。礼儀。礼法。作法。
      1. [初出の実例]「理がありても、法のやぶるる事もあしかるべし」(出典:わらんべ草(1660)二)
    9. 数学で用いる語。
      1. (イ) 整数間のある種の関係に関連して用いる語。二つの整数a、bの差が、あらかじめ与えられた整数mの倍数になっているとき、aとbとはmを法として合同であるといい、記号 a≡b (mod m) で表わす。
      2. (ロ) 珠算の乗法における乗数、また除法における除数。〔算法新書(1830)〕
    10. 和算で、天元術における多項式の一次の項のこと。
    11. インド‐ヨーロッパ語で、文の内容に対する話し手の心的態度の相違が動詞の語形変化の上にあらわれたもの。直説法・接続法・命令法などがある。ムード。
  3. [ 二 ] ( ホフ ) ( [梵語] dharma の訳。達磨、曇摩などと音訳する ) 仏語。
    1. 本質を保持し規範となって認識を生み出す基本的な要素。
      1. [初出の実例]「汝今但以法生滅無常義」(出典:維摩経義疏(613)弟子品第三)
      2. [その他の文献]〔大乗義章‐一〇〕
    2. 色・心・事・理などの一切の万有に通ずる真理。真実の理法。
      1. [初出の実例]「平等法身者〈略〉寂滅平等之法也」(出典:教行信証(1224)四)
    3. 三身の一つとしての法身。
    4. 六境の一つ。意の対象。心が対象としてとらえるもの。
      1. [初出の実例]「法謂六塵、実際謂真諦」(出典:維摩経義疏(613)弟子品第三)
    5. 存在するもの。事物としての存在。〔法華経‐方便品〕
    6. 三宝の一つ。仏の説いた教え。仏法。仏教。また、仏の教えを説いた経典。
      1. [初出の実例]「大聖応世為物説法、不経巻之多少」(出典:勝鬘経義疏(611)歎仏真実功徳章)
      2. [その他の文献]〔蕭子良‐浄住子・尅責身心門〕
    7. 煩悩を伴わない善行。
    8. 出家の守るべき規律。戒律。
      1. [初出の実例]「任僧正、僧都、律師。因以勅曰、統領僧尼法云々」(出典:日本書紀(720)天武一二年三月)
    9. 密教の修法・祈祷など。
      1. [初出の実例]「いとかなしげなるおこなひ人にて、このつきて去にし師、ほうなどうけつくして」(出典:宇津保物語(970‐999頃)忠こそ)

法の補助注記

古くは漢音は「ハフ」、呉音は「ホフ」で、発音によって意味が異なっていた。「ハフ」(平安中期以降「ハウ」)と「ホフ」(平安中期以降「ホウ」)とが混同しはじめた中世末期の「ロドリゲス日本大文典」(一六〇四‐〇八)には、「ハフ」が法則・規定・命令や主人が家来のために設けた規約を意味する場合に、「ホフ」は仏法上の教法や教義を意味する場合に使用されるとある。本書では、仏教関係と思われる諸語の場合は「ホフ」とし、その他の場合は「ハフ」とした。


のり【法・則・矩・式・典・憲・範・制・程・度】

  1. 〘 名詞 〙
  2. [ 一 ] 従い守るべきよりどころ。のっとるべき物事。
    1. 上位の者からの教え。導き。特に、神や仏の教え。戒律。
      1. [初出の実例]「僧尼未だ法律(ノリ)を習はぬを以て輙ち悪逆を犯す」(出典:日本書紀(720)推古三二年四月(岩崎本訓))
    2. 上位の者からの命令。おきて。法令。規則。
      1. [初出の実例]「且其(か)の大唐国は法式(ノリ)の備り定れる珍(たから)の国なり」(出典:日本書紀(720)推古三一年七月(岩崎本訓))
    3. 下位の者がつき従うべき模範。手本。
      1. [初出の実例]「今より以後是の土物を以て生たる人に更易(か)へむ陵墓に樹(た)てて後葉の法則(ノリ)と為む」(出典:日本書紀(720)垂仁三二年七月(熱田本訓))
    4. 人一般に共通する道理。すじ道。心情。
      1. [初出の実例]「兄友(うつくし)ひ、弟恭(ゐやま)ふは、不易の典(ノリ)なり」(出典:日本書紀(720)顕宗即位前(図書寮本訓))
    5. やりかた。方法。方式。型。
      1. [初出の実例]「基の宮を造る制(ノリ)は、柱は則ち、高く太くに、板は則ち、広厚(あつ)くせむ」(出典:日本書紀(720)神代下(鴨脚本訓))
  3. [ 二 ] はかるときのよりどころ。測定のもととなるもの。
    1. ( 程・度 ) はかった長さ。尺度。
      1. (イ) 距離。里程。みちのり。
        1. [初出の実例]「ミチノ nori(ノリ) ゴリ ナリ」(出典:日葡辞書(1603‐04))
      2. (ロ) 寸法。さしわたしの長さ。「内のり」「外のり」。
        1. [初出の実例]「大さ五升ばかり也。〈略〉花入るうつはにせんとすれば其のりにあたらず」(出典:俳諧・七柏集(1781)四山)
    2. はかるときの基準とするもの。ものさし。定規。
    3. 築堤の切り取りなどの斜面の垂直からの傾斜の度合。また、その斜面。

法の補助注記

語源的には動詞「のる(宣)」の連用形からと考えられるが、動詞「のる(乗)」と関連づける説もある。


フラン【法】

  1. 〘 名詞 〙 ( [フランス語] franc ) フランス、また、スイス・ベルギー・ルクセンブルクなどの通貨単位。フランス・ベルギー・ルクセンブルクでは二〇〇二年ユーロに移行。→ユーロ
    1. [初出の実例]「二十法(フラン)の金貨を」(出典:ふらんす物語(1909)〈永井荷風〉雲)

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「法」の意味・わかりやすい解説

法(社会規範)
ほう
law

社会規範の一種。法の定義については「いまでも法学者は法の定義を求めている」(カント)といわれるように、いろいろな説があって、論争が行われている。

長尾龍一

法ということば

法ということばにあたる各国語は、その成り立ちや歴史の違いによって、その意味する内容が異なっている。

(1)語源 漢字の「法」はもと灋と書き、という獣に触れさせて正邪を決定したことに由来するという。字の由来について『説文』には「灋は刑なり。平らかなること水の如(ごと)し。直からざる者に触るれば去る」とある。固有の日本語では、法は「のり」「おきて」などといわれたが、「のり」は「宣(の)る」、すなわち神言を述べることを意味し、「おきて」は設定を意味する。ヘブライ語のtorahは「教え」を、ギリシア語のdikēは「慣習」、nomosは「配分」を、ラテン語のiusは「命令」、lex(フランス語のloi)は「収集」を、フランス語のdroitはラテン語のdirectumに由来し「整序されたもの」を、ドイツ語のRechtは「正義」、同じドイツ語のGesetzおよび英語のlawは「置かれたもの」を意味する語に由来するという。

(2)法と法則 lex, loi, Gesetz, lawなどのことばは「法」という意味と同時に、「法則」という意味をもっている。オーストリアの法学者・ハンス・ケルゼンHans Kelsen(1881―1973)によれば、これは未開人のアニミズムにおいて自然の万物もおのおのこの魂をもっており、相互に法で結ばれていると考えられていたからだという。たとえばギリシア語でaitiaということばが同時に「罪」と「原因」を意味するのは、古代ギリシア人が自然現象もなんらかの罪によって生ずると考えたからだという。

(3)法と正義 ius, droit, Rechtなどのことばは「法」と同時に「正義」の意味をもっている(英語のjusticeもjusに由来する)。これは、法は正しいものと考えられたことから出ている。

(4)法と権利 ius, droit, Rechtなどのことばは、また「権利」をも意味する。これは、権利とは法の一側面であり、権利を実現することは法を実現することだという考えに基づいている。両者を区別するために「法」を「客観的法」、権利を「主観的法」とよぶことがある。

[長尾龍一]

法の定義

法の定義に関しては古くから論争の対象になっているが、その主要な論点をあげると次のようなものがある。

(1)存在か当為か 古来、法はあるべきもの(当為)を定めるものであるとされてきたが、他方、法は裁判者がいかに行動するかの予測を示すものである(ホームズ)、法もまた一つの経験的存在である(ロスAlf Ross(1899―1978)、オリベクローナKarl Olivecrona(1897―1980))、法の定めるものは当為であるが、法そのものは一種の観念的存在である(ライナッハAdolf Reinach(1883―1917))などという批判がある。

(2)外面性説 法は社会規範の一種であるが、これと道徳規範、宗教規範、習俗規範などとはどこが異なるかという問いに対する古典的解答が、法は外面的規範であるという解答である。すなわち、道徳は個人の良心を拘束し、道徳義務は良心(義務意識)に基づいて守る必要があり、その違反は「内面の法廷」forum internumにおいて裁かれるのに対し、法は外面を拘束するだけで、法規範に適合していればよく、その違反は裁判所という「外面の法廷」forum externumで裁かれるとする。この内面・外面の区別の思想は原始キリスト教ないし古代ユダヤ教にさかのぼるもので、近代においてスピノザ、トマジウスChristian Thomasius(1655―1728)などは、これを権力に対し良心の自由を擁護する理論として体系化した。しかし、この「内面」の概念が神学的起源のものであるため経験的定義が不可能で、故意と過失の区別にみられるように、法も内面を問題にすることなど難点も多い。

(3)主権者の命令説 「法は主権者の命令である」(オースティン)という主張は、自然法を否定する法実証主義の典型的法思想と考えられている。この定義によれば、自然法のみならず、慣習法や国際法の法的性格も否認することになり、そこでオースティンは、国際法を「実定道徳」とよんでいる。同じ法実証主義者のケルゼンも、この定義を、「主権者」および「命令」の概念が不明確であると批判している。

(4)強制説 「法はその違反に対し強制を伴う規範である」という定義は、強制説とよばれ、実定法の定義としてはもっとも有力である(イェーリング、ケルゼンら)。これは、窮極的な法的効果が刑罰や強制執行と結び付いていることを意味するもので、個々の条文が制裁を定めていなくても差し支えない、また違反に強制が加えられるたてまえになっていれば、現実にそれを免れる犯罪人があっても、この定義に反しないとされる。

(5)効力validityと実効性effectiveness ある規範は上位の規範によって正当化されうる場合に効力をもつといわれ、それが現実に行われている場合に実効性をもつといわれる。しかし、全体の法体系が実効性を失った場合(革命など)には、その効力も失われる。この現象をイェリネックは「事実の規範力」dienormative Kraft des Faktischenとよんでいる。実定法とは実効性をもった法体系である。

(6)一般性 法は一般的な規範であるべきで、特定の個人に特定の行動を命ずるような規範は法でないというのが古典的見解であるが、ケルゼンなど反対者もある。

(7)正当性 法の内容が正しいこと、法が正義にかなっていることは、法が法であるための条件であろうか。これは、「悪法も法か」という形で古来論じられてきた主題である。法実証主義者は悪法も法であるとして、正当性が法の条件であることを否定する。自然法論者の多くは悪法は法でないとするが、その場合には「義務の衝突」や抵抗権の問題が生ずる。

[長尾龍一]

法の種類

法はまた、さまざまな見地から分類される。

(1)自然法と実定法 人間や社会の本性に根ざした普遍妥当的な法を自然法とよび、そのときどきの社会に実際に行われている法を実定法という。自然法の存在を否定する学説(法実証主義)もある。

(2)成文法と不文法 文書の形で表現された法を成文法(制定法)、そうでないものを不文法(非制定法)という。後者の例としては慣習法、判例法、条理などがあげられる。成文法の体系が発展したのは近代法の特色であるが、国際法などでは慣習法がなお重要な役割を占めている。

(3)実体法と手続法 法律関係の内容を定める法を実体法、それを実現する手続を定める法を手続法という。手続法のうち裁判手続に関するものは訴訟法とよばれる。民事の実体法としては民法、商法など、刑事の実体法としては刑法などがあり、民事の手続法としては民事訴訟法民事執行法など、刑事の手続法としては刑事訴訟法などがある。行政事件訴訟の手続は原則としては民事訴訟法に従うが、行政事件訴訟法という特別法の適用を受ける。実体法と手続法の関係については、両者のいずれが論理的に先行するかなどに関して意見の対立がある。破産法、破壊活動防止法など実体法と手続法があわせて規定されている法典もあり、また民法第414条の強制履行の規定や民事訴訟法の訴訟費用の規定など、多少の交錯がある場合もある。

(4)公法と私法 古代ローマ以来この分類があり、区別の基準については多くの説がある。すなわち、〔1〕公益に関するものが公法、私益に関するものが私法という説、〔2〕対等者間の法が私法、優劣者間の法が公法という説、〔3〕国家を当事者とする法が公法、そうでないものが私法という説、〔4〕区別を否認する説、〔5〕一般的区別は否認しつつ、行政事件訴訟法など特別の手続を設けている場合には、その管轄事項を定める法を公法とよぶという制度上の概念として成立しうるという説、などである。通常は憲法、行政法、刑法、訴訟法、国際法などは公法に、民法、商法などは私法に分類される。20世紀になって、私的関係に公権力が介入するようになり、労働法、社会法など公法と私法の中間領域が生じたといわれる。

(5)民事法と刑事法 私人間の権利義務関係を定めるのが民事法で、国家の刑罰権力の発動の条件を定めるのが刑事法である。民事法には民法、商法、民事訴訟法など、刑事法には刑法、刑事訴訟法などがある。そのほかさまざまな法律に散在する刑罰法規も刑事法に属する。

(6)国際法と国内法 従来、国家および国際団体相互間の関係を規律するのが国際法、国内の事項を規律するのが国内法とされてきたが、条約が国内の事項を規律することもあり、むしろ国家ないし国際組織相互間で成立した法が国際法であると定義すべきだと主張されている。両者の関係については、〔1〕国際法否認論、〔2〕両者は別の法体系だとする二元論、〔3〕国際法優位の一元論などがあり、現在では〔3〕が有力である。なお、国際私法などの渉外法規(複数の国籍にまたがった法律問題の準拠法を定める法。日本の法の適用に関する通則法や刑法第1条、第2条などがそれにあたる)は国内法の一種である。

[長尾龍一]

法源

法源ということばにはさまざまな意味があるが、通常は裁判などの根拠になりうる法規をいう。日本の現行法上問題となるのは次のとおりである。

(1)日本国憲法 最高の法源。その改正には両議院おのおのの総議員の3分の2以上の議決と国民投票における過半数の承認が必要である(憲法96条)。下級審の憲法違反の裁判に対しては上告で争うことができる。最高裁判所が憲法違反と判断した法令は少なくとも実際上失効する(憲法81条)。

(2)法律 両議院が可決した法規範、ないし衆議院が可決した議案を参議院が否決した場合に衆議院が出席議員の3分の2以上の多数で再議決した法規範(憲法59条)。憲法に次ぐ重要な法源である。

(3)条約 条約はそのまま国内法上の法源となる。条約の締結は事前または事後に国会の承認を必要とする(憲法73条)。憲法下、法律以上の効力をもつものと解されている。

(4)最高裁判所規則 最高裁判所は訴訟手続や裁判所の内部規律等について規則を定める権限をもつ(憲法77条)。「民事訴訟規則」「刑事訴訟規則」など。

(5)慣習法 一般には任意規定(当事者の合意で適用を排除できる法規)以下の効力しかもたないが(法の適用に関する通則法3条)、民事上の慣習は任意法規以上の効力(民法92条)、商慣習法は商法以下、民法以上の効力をもつ(商法1条)。しかし、ときにはこの枠を越えた効力を判例が認める場合がある(たとえば譲渡担保)。

(6)判例 英米法と異なり、判例は法源とはされないが、判例の事実上の拘束力は大きく、判例違反の下級審判決は上告によって争うことができ、最高裁判所の判例変更は大法廷で行わなければならない(裁判所法10条)。

 このほか、予算、議院規則、政令、条例、条理などがある。法源の効力順位については、法源が相互に矛盾した内容を含むときは、まず法形式の優劣を比較し(憲法は法律に勝り、法律は政令に勝るなど)、同一法形式間では後法(時間的にのちに成立した法)が前法に、特別法が一般法に勝るものとされる。

[長尾龍一]

法の解釈

法規範の意味を認識し、具体化する作業を法の解釈という。解釈に際してとられる方法としては、文字どおりの文章上、文法上の意味を認識する文字解釈、文理解釈のほか、種々の解釈がある。

 かつては法解釈は認識作用であり、法規を大前提とする概念の計算と考えられていたが(概念法学)、現在では、法のあいまいさや多義性をなくすことは不可能であり、またかならずしも望ましくないと考えられ、したがって法解釈は認識に尽きない意欲の作用を含むものと考えられている。

[長尾龍一]

法の継受、法系

他国民の法制度を承継して自国のものとなすことを法の「継受」という。継受した国を「子法国」、された国を「母法国」といい、母法国と子法国の間には「法系」という関係があるといわれる。代表的な法系としては、ローマ法系、ゲルマン法系、コモン・ロー法系、イスラム法系、中国法系などがあげられ、最近では社会主義法系などがある。

[長尾龍一]

法の歴史

法は一国、一民族にとどまらず、多くの国、民族に承継されて発展してきている。概略、法は次のような歴史をもつ。

(1)古代ローマ法 法の天才といわれたローマ人が紀元前8世紀ごろより10世紀余りにわたって形成した法体系。固有のローマ法(市民法)は儀式的な形式主義など非合理性を帯びていたが、契約の自由、個人主義、所有権の絶対性など、近代性の基礎をなす長所をもっていた。ローマ帝国全体に適用された「万民法」ius gentiumは普遍的で合理的性格をもち、また法務官たちによって形成された「法務官法」ius praetorium(名誉法ius honorarium)は具体的妥当性を尊重して市民法の形式主義を緩和した。また東ローマ帝国の皇帝絶対主義は、近代の絶対主義時代にローマ法が復活する一要因となった。

(2)ローマ法の継受 13~16世紀のヨーロッパ大陸において、イタリアの学者たちの註釈(ちゅうしゃく)書を通じてローマ法が復活した。このローマ法の継受Rezeptionは、ルネサンスRenaissance、宗教改革Reformationと並ぶ大事件とされ(いわゆる3R)、普遍的な法を求める商人層の要求にこたえたものである。

(3)英米法 イギリス法はゲルマン的起源をもつ判例法の体系(コモン・ロー)を法曹階級が守り抜き、ローマ法の侵入を拒否して、大陸法と顕著な対象をなしている。その特色は、判例の変更を禁ずる「先例拘束stare decisisの原則」や「王も法のもとに立つ」という「法の支配rule of lawの原則」などである。イギリス法はアメリカ法などイギリスの植民地に継受された。

(4)中国法 秦(しん)・漢王朝時代以来、刑法を中心に法体系の整備が進み、唐律、明(みん)律、清(しん)律など王朝ごとに法典が整備された。その特質は、中心が刑法であること、儒教思想の徳治主義、礼治主義の支配下で法律家の地位が低いこと、家族制度が重視されていること、皇帝は超法的存在とされていることなどがあげられる。

(5)日本法 中国よりの継受法(律令(りつりょう)など)と日本の固有法(御成敗式目など)の交錯のなかで発展した日本法は、明治維新後ヨーロッパ大陸法を全面的に継受した(初めはフランス法、やがてドイツ法)。第二次世界大戦後には憲法、刑事訴訟法、労働法などを中心にアメリカ法の影響も強い。

[長尾龍一]

『団藤重光著『現代法学全集1 法学入門』(1973・筑摩書房)』『我妻栄著『法律学全集2 法学概論』(1974・有斐閣)』『伊藤正己編『法学』第2版(1982・有信堂高文社)』


法(仏教)
ほう

仏教の術語。サンスクリット語ダルマdharma、パーリ語ダンマdhammaの訳語。達磨(だるま)、達摩(だつま)、曇摩(どんま)などと音写される。dharmaは(dh)(保つ・支える)という動詞の派生語であるから、本来「保つこと」「支えること」の意であり、それより「法則」「正義」「真理」「最高の実在」「宗教的真理」の意となる。インド人は古代より法を尊重し、法を求め法に生きんとし、人生の目標たる三徳(愛欲・財産・法)の一つに加えた。法の追究は現代に至るまでインド思想の中心テーマである。仏教においても法はもっとも重要な術語である。釈尊は法を悟ったという。しかし原始仏教聖典に記される法は多義である。近代においてドイツのインド学者ガイガーGeiger夫妻は、原始仏教聖典中の法を精査して、〔1〕法則、正当、規準、〔2〕教説、〔3〕真実、最高の実在、〔4〕経験的事物、の四義に分類した。現在も原始仏教の法の意味はこの四義が一般に認められている。用例としては、〔1〕は「法(正義)を行う」、〔2〕は「仏の法(教え)」、〔3〕は「法(真理)を悟った」、〔4〕は「諸の法(もの)は我ではない」などである。このうち〔1〕〔3〕は仏教以前のベーダやウパニシャッドの用法を仏教が取り入れたものであり、〔2〕〔4〕は仏教独自の用法である。さてこの〔4〕経験的事物(いわゆるもの一般)としての法がしだいに共通内容をもつものごとに分類され総合されて、部派仏教の時代になると、法はまったく新しい意味をもつに至る。すなわち、〔5〕人間および世界を含む全存在(すなわち森羅万象(しんらばんしょう))の構成要素の意味である。部派仏教の学匠たちは、この意味での法によって森羅万象を説明し、そこから解脱(げだつ)する方法を考えたのである。つまり〔5〕の意味での法は具体的な森羅万象ではなく、これらを成立せしめる構成要素である。この法は自性(じしょう)(スババーバsvabhāva、「自己の本性」の意)・自相(じそう)(スバラクシャナsvalakaa、「自己の特徴」の意)を有し、他の法と区別され独自に認識の場で働くことのできるものである。諸部派のうちとくに説一切有部(せついっさいうぶ)はこの法の規定を厳密に行い、全部で75の法を想定しこれを五つに分類した。この法の体系が五位七十五法といわれるものである。すなわち、色法(物質)11法、心法(心)1法、心所法(心作用)46法、心不相応行法(物質でも心でもないもの)14法、無為法(時間的経過によって変化しないもの)3法の合計75法である。有部によれば、これらの法は現在・過去・未来の三世を通じて「実有」(実在)であるが、現在の一瞬だけわれわれに認識されるとして、諸行無常を説明せんとした。

 のちにおこった大乗仏教は縁起(えんぎ)説に基づいて法の一切皆空(かいくう)を唱え、部派仏教の法の実有を否定した。しかし大乗の瑜伽行(ゆがぎょう)派(唯識(ゆいしき)学派)は、空(くう)の思想に基づきながらも、この世界の成立を説明するために有部の法の体系を取り入れ、五位百法を唱えた。法の語は後の中国・日本仏教でも多義に用いられるが、だいたいにおいて以上の五義を大きく逸脱するものではない。

[加藤純章]

『金倉円照著『仏教における法の語の原意と変転』(『インド哲学仏教学研究I』所収・1973・春秋社)』

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改訂新版 世界大百科事典 「法」の意味・わかりやすい解説

法 (ほう)
law
Recht[ドイツ]
droit[フランス]

道徳,宗教,習俗などと並ぶ社会規範の一種。広義では実定法自然法とを総括するものとして,狭義では法律と同意義で用いられることもあるが,現実に社会で行われている実定法をさすのが最も一般的な用法である。

 法は,制定法,判例法,慣習法条理など,さまざまの形態(法源)をとって存在するが,他の社会規範からある程度分化し自立的な存在形態をとるようになると,おのおの独自の構造的・機能的特質をもついくつかの規範群から組成された一つの体系として存立し作動するようになる。法の基本的特質は,人々が一定の行為を遂行したり差し控えたりするための理由となる一般的規準を示すところに典型的にみられるが,法がその指図内容を現実に実現しさまざまの機能を発揮するためには,裁判手続や強制的執行機構など,その公権的な最終的実現を担保する制度的保障のもとにおかれ,独特の専門的な技術・方法を用いる職業的集団たる法律家によって,その指図内容を具体的に確定されたり継続形成されたりする必要がある。したがって,法の構造や機能は,その規範的側面を,これらの制度的・技術的・主体的側面とも統合的に関連づけて,立体的・動態的にとらえられなければならない。法の具体的な存在形態は,各時代・社会によってかなり異なっているが,近代国家成立以降の国内法体系が一般に典型的な法と了解されており,法のもろもろの特質も主としてこのような法体系を念頭において論じられている。

法が強制的であることが,道徳などの他の社会規範との重要な識別基準とされている。法の強制的性質は,刑罰の賦課や強制執行など,物理的実力の行使による直接的な制裁の実行行為に最も鮮明にあらわれるが,これは,法規範に対する違反を思いとどまらせその遵守を確保する意図をもつ,制裁による威嚇という形での強制が効を奏さなかった場合にはじめて行われるものであり,実力行使による制裁の実行の機会が少ないほど,法は円滑に作動しているとみてよい。法の円滑な作動を確保する強制の契機は,通常,〈法規範の実現あるいはその違反に対する制裁の実行が,対象者の意思に反しても行われること〉が,究極的に物理的実力行使によって保障されているということで十分である。

 法的強制の特質は,法がたんに実力による強制保障を伴っているということではなく,強制保障を行う実力の所在とその行使が社会的に組織化され,法そのものによって規制されているということのなかにみられる。したがって,法的な強制的制裁は,国家の権力的強制装置によるものだけに限る必要はなく,制裁の条件,内容,手続などが相当精確に規定され,制裁を行う主体も特定化されることによって,制裁が定型化され,その制裁の正統性が社会の一般的承認を受けている場合には,すでに法的強制が少なくとも萌芽的形態としては存在するとみてよい。逆に,高度に組織化された強力な国家的強制装置によって実行される制裁も,これらの要件を欠き,もっぱら問題ごとに恣意専断的に行われる場合には,もはや法的制裁とはいえず,権力の不法な発動にすぎない。

 強制的制裁は,伝統的に,法体系全体の構造や機能の理解において重要な位置を占めてきているが,現代社会における法の構造的変容や機能の多様化に伴って,強制的制裁と各種の法規範やその機能遂行との関連について再検討を迫られているところが多い。すべての法規範を強制的制裁を基軸として一元的にとらえようとするアプローチは,法における強制の契機を過大評価し,強制的制裁と直接関連しないことの多い法規範(組織規範,権能付与規範など)の独自の機能を正当に位置づけることができず,法の全体的構造を的確にとらえることができなくなっている。また,法の機能を強制的制裁による威嚇やその実行に焦点をあわせてとらえるアプローチも,市民をもっぱら法的社会統制の客体としてとらえ,法的機構を自主的に利用する主体としての市民という側面に正当な位置づけを与えていないという欠陥をもつだけでなく,資源配分機能をはじめとして著しく多様化した法の現代的機能全体を説明しきれなくなっている。

法の規範的特質は,その効力ないし妥当性validity,Geltung(ドイツ語)にみられる。ある法規範が効力をもっているということは,一般的に,その法規範の属する法体系のもとにある一般私人によって遵守され,かつ,裁判所その他の公権力機関によって適用されるべきことを義務づける規範的拘束力をもっていること,したがって,一般私人や公権力機関は,自己の行動の指針や正当化理由,他人に対する要求や非難の正当化理由を法規範に求めることができるということを意味する。このような法の効力の問題については,法規範が事実上だいたいにおいて遵守・適用されているという実効性の問題に還元して論じる徹底した経験主義的立場もある。確かにこのような法の実効性という事実レベルの問題とも関連してはいるが通常は,現に実効性をもつ規範ないし体系の正統性にかかわり,〈事実的なものの規範力〉(G. イェリネック)の根拠を問う当為のレベルの問題であると理解されている。

 法の効力の根拠をどこに求めるかについては,次の三つの類型に大別できる。(1)その根拠をあくまでも実定法体系に内在的な基準に求め,だいたいにおいて実効的な法体系のもとにある個々の法規範は,根本規範(H. ケルゼン),承認の究極的ルール(H.L.A. ハート)など,法体系の基礎にある識別基準に合致しておれば,その規範的内容の道徳的価値を問わず,法として義務づける効力をもつとする,法実証主義的な法律学的効力論,(2)法を制定,適用,執行する人々,集団の実力による強制にその根拠を求める実力説ないし強制説,法共同体員による積極的承認とか消極的黙認に根拠を求める承認説など,政治的・社会的・心理的等々の事実的なものに根拠を求める社会学的効力論,(3)自然法に合致していることに根拠を求める伝統的自然法論をはじめとして,正義,自由,平等,人間の尊厳あるいは法的安定性,秩序など,法によって確保・実現されるべきだとされるもろもろの価値理念に根拠を求める哲学的効力論。法律学的効力論は,法体系や法律学の自立性の確保という理論的関心あるいは権威的な法源の明確化という法実務的要請に支えられたものであるが,〈正統性の近代版としての合法性〉(M. ウェーバー)に対する信念が動揺し,合法性による正統性の代替作用が崩壊しつつある今日,このような実定法内在的観点にとどまっていることはできず,社会学的・哲学的効力論の理論的・実践的意義にも正当な位置づけが与えられるべきであろう。

法体系を組成しているもろもろの法規範については,その基準いかんによって,いくつかの分類がなされているが,法規範の基本型や法体系全体の構造・機能の理解にとってとくに重要なものは,次の三つであろう。

(1)規定方式による種別 法規範の中核を成すものは,法律要件・法律効果ともにその内容をできるかぎり明確に特定化された形で一般的に規定する法準則であり,これが法の一般性の要請でもある。だが,法規範のなかには,個々の法準則の具体的意味内容とか具体的事例への適用可能性の確定において重要な役割を果たす,法原理・法価値などとよばれる独特の法的効力をもつ一群の規範が含まれているのが通例である。法原理・法価値は,抽象的概括的な指針を規定するにとどめ,具体的事例へのその適用について裁判所その他の法適用機関の裁量をかなり大幅に認めていることが多く,社会の正義・衡平感覚をくみあげて実定法的規準を創造的に継続形成してゆく場合の重要なチャンネルとなっている。法原理・法価値には,確立された学説や判例として法律家の間で一般的に受け継がれてきているものが多いが,最近では,公序良俗,信義誠実,正当事由などの一般条項,憲法の基本的人権条項,個々の法律・命令の冒頭の立法目的の規定など,明示的に宣言されたものが増えてきている。

(2)機能的種別 法規範の指図内容は,機能的にみて,命令,禁止,許容,授権の四つに大別できる。法規範の機能は,刑法や不法行為法のように,刑罰・損害賠償などの法的制裁の規定によって一定の行為ないし不作為を命令したり禁止したりする義務賦課規範を中心に論じられてきている。だが,法規範のなかには,そのほかにも,一般的に禁止されている行為を特別の条件のもとで許容する規範(例えば正当防衛に関する規範とか一定条件のもとで堕胎を認める規範など),また,有効な法的行為を行う私的・公的権能を一定の人ないし機関に付与する規範(例えば,契約・会社設立の方式に関する規範とか立法,司法,行政の組織や権限に関する規範など)が存在している。許容規範は,命令・禁止規範の存在を前提としており,義務賦課規範に従属的なものであるが,権能付与規範は,義務賦課規範に従属的なものでも還元可能なものでもなく,また,不完全な法規範でもなく,独自の重要な機能を果たしており,義務賦課規範と並んで,法規範の基本型を成している。

(3)法体系の重層構造 統一的な法体系を組成するもろもろの法規範の構造的な分類としては,行為規範,裁決(強制)規範,組織(権限・構成)規範という3種類の規範群に分け,法体系は全体としてこれらの規範群が相互に支えあった立体的な重層構造を成していると理解するのが適切であろう。典型的な法規範である民法や刑法の条文の大部分は,違法行為や法的紛争の存在を前提として,裁判における制裁発動・紛争解決のための規準を主として裁判関係者に指図する裁決規範の形態をとっており,しかも,その多くは,法規範違反に対する強制的な法的制裁(刑罰,損害賠償など)を規定する強制規範である。裁決規範は,一般私人に対して直接一定の行為を指図する第一次的な行為規範が遵守されない場合にはじめて作動するものであり,法の規範的機能の最終的実現の確保にとって必須のものではあるが,規範論理的にはあくまでも行為規範に対して補助的・第二次的なものである。さらに,法規範のなかには,行為規範・裁決規範のいずれにも属さず,これらの規範の制定,適用,執行する権限の規定をはじめ,これらの規範を統合しその統一的な存立と作動の基礎を構成するものとして,法的機構の存立と作動に必要なもろもろの公共機関の組織やその権限の内容・行使規準などを規定する組織(権限,構成)規範が,構造的に独自の規範群として存在しており,すべての法体系において根幹的な位置を占めている。最も基本的な組織規範は憲法であるが,そのもとで国家機関や公共団体の組織・権限などをより詳細に構成するもろもろの法律の規定の多くは組織規範に属する。

法体系が現代社会において直接・間接に果たしている機能は多種多様であるが,まず,規範的機能と社会的機能とに大別される。規範的機能とは,法が一定の行為を遂行したり差し控えたりするための理由を指図することによって,人々の行為の指針あるいは評価規準となることである。法はこの独特の規範的機能によってさまざまの社会的機能を果たすから,規範的機能は,法が社会的諸機能を果たす手段の不可欠の部分という関係に立つ。社会的機能は,多数の法規範によって確立され規制されている法的諸制度によって果たされるものであり,そのうち,最も重要なものは,法の遵守・適用自体によってその実現が確保され一般市民に向けて外に働く直接的・第一次的なものである。この種の社会的機能の基本的なものを,抑止=保障,活動促進,紛争解決,資源配分という四つの機能に区分して概観しておこう。

(1)抑止=保障機能 平和秩序としての法の最小限の役割は,一般私人によるものであれ,公権力機関によるものであれ,実力行使の実効的な規制である。人々の反道徳的行為などの逸脱行動を抑止する機能と,公権力の専断的行使の規制によって人々の自由と安全を保障する機能とは,このような実力行使の規制にかかわるものとして,法の最も一般的な基本的機能である。

(2)活動促進機能 法はたんに人々の活動を制限するだけでなく,義務賦課規範は,各種の私的権能付与規範と組み合わさって,各人が選択した目標の実効的な実現を促進し援助する便宜を提供するのである。法は,このようにして人々の能力,エネルギーを拡大・解放し,社会的相互交渉活動を促進するための公的枠組みを確立・維持することをもめざしている。法をもっぱら強制的権力機構による社会統制手段としてとらえる立場は,法のこのような機能に正当な位置づけを与えることができず,市民による自主的な法的関係の調整や法的機構の利用という主体的動態的側面から法の機能をとらえる視座を閉ざしがちである。

(3)紛争解決機能 法は,人々が自主的に利害調整できるように,あらかじめ一般的な法的規準によって権利義務関係をできるだけ明確に規定し,紛争の防止に努めるだけでなく,何か具体的紛争が発生して,当事者間で自主的に解決できない場合に備えて,最終的な公権的紛争解決機構として裁判所を設置し,裁判の規準・手続などを詳細に規定している。このような紛争の平和的な解決のための法的規準・手続の整備ということは,法がその抑止=保障機能や活動促進機能などの他の諸機能を実効的に果たすうえでも必須のものである。

(4)資源配分機能 以上の三つの機能がいずれかといえば伝統的にいわれてきたものであるのに対して,この資源配分機能が注目を集めるようになったのは比較的最近のことであり,法の機能の拡大とか多様化といわれる場合,この機能が念頭におかれていることが多い。国家その他の公権力機関が社会経済生活に広範かつ積極的に配慮するようになるにつれて,法的機構も,公権力機関による各種のサービスの提供,社会計画,経済活動の規制,財の再分配などの不可欠の手段として恒常的に用いられるようになってきている。以上の三つの伝統的機能が,主として民事法,刑事法などの古典的な普遍主義的司法法を通じて消極的かつ事後的な形で果たされているのに対して,この資源配分機能的,行政法,経済法,社会保障法など,特定の政策目標実現のための手段という性格の強い管理型法を通じて,積極的かつ事前的な形で果たされることが多い。法的機構がこの資源配分機能を遂行するために市民生活に関与する場合,裁判所よりも各種の行政機関が中心となる。また,裁判による司法的救済の対象となる個々人の具体的な法的権利義務があらかじめ明確に規定されている場合よりも,各政策目標を実施する担当機関の裁量的判断をまってはじめて個々人の具体的権利義務が確定される場合のほうが多い。そのため,この機能の比重が高まるにつれて,法的機構全体の行政化という傾向が強まり,法的過程と政策形成過程との融合が推し進められることになる。
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法 (ほう)
mood

言語学用語。動詞にみられる文法的カテゴリーの一つで,状況・行為に対する話し手の主観的な心持ちのありよう--願望,可能,義務,命令,さらに疑問,否定など--にかかわる。

 たとえば,ラテン語では直説法,接続法,命令法の3種が動詞の形態によって区別される。cantare〈歌う〉を例にとれば,一人称単数・現在・能動の直説法形はcantōであるのに対し,接続法形はcantemである。また命令形(二人称単数・現在)はcantāである。直説法は事実を事実として述べるものであり,話者の気持ちを特にそれとして表すのではないという点で中立的である。命令法は聞き手に対する直接の命令を表す。これらに対して接続法は単文では願望,勧誘,可能などを表し,また複文においては目的,結果,条件などを表す従属文中に用いられる。ギリシア語はさらに希求法を加えて四つの相を区別する。

 以上挙げた名称のほかに,条件法,仮定法などの名称が文法記述に際して用いられるが,名称とその意味内容との間に一定の関係があるわけではないことに注意する必要がある。いくつかの言語に同一名称の法が見られるといっても,おのおのの言語での用法はさまざまに異なりうるのである。

 また,法をいくつ区別するか,その区別のあり方がどのようなものであるかも言語によって異なる。後者についていえば,動詞の形態上の違いが存在しても,それが意味的な違いを標示するのではなく,その表れがむしろ統語的な条件と深くかかわっている場合(たとえば,特定の法の形は特定の接続詞とともに現れるなど)もある。

 なお,法の違いが表す意味的な様相の違いは,動詞の活用によってだけではなく,助動詞や副詞,また専用の動詞の使用などによっても示され,多くの言語はこれらの手段を合わせ用いている。これは,日本語の〈読む-読め-読もう-読める-読めたら〉などにみられる通りである。
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法 (ほう)

サンスクリットのダルマdharmaの訳で,その音から〈達磨(摩)(だつま)〉〈曇摩(どんま)〉などとも記される。原語は〈保つ〉の意味から生じた語で,秩序を保つもの・法則慣習などを意味した。しかし仏教用語としての法は,もっとも重要な,また複雑な意味をもち,それらを列挙することははなはだ困難であるが,(1)釈尊の教え,(2)教えの内容である真理,(3)ものの本質・特性から転じて構成要素,の三つの意味に大別しうる。仏法(ぶつぽう)という場合の法は(1)の意味であり,それはそのまま(2)を意味している。仏教において独特に用いられたのが(3)の意味である。この(3)の意味をもつ法は存在する(有(う)),ないし存在しないこと(非有(ひう))も含んで,いっさいのものを意味する。また狭くは意識の対象となるものを法と呼び,仏教論理学では主語に対する述語を,密教では修法(しゆほう)・祈禱(きとう)を意味している。したがって,熟語として用いられる場合以外に単独で法が用いられている場合には,その意味を識別する必要がある。
執筆者:

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「法」の意味・わかりやすい解説


ほう
law; Recht; droit

社会規範の一種で,常識的には,組織された権力によって最終的に強制される規範といってよい。ヨーロッパ大陸の諸国では,法 Recht,droitを立法者が定立した法律 Gesetz,loiから区別し,すべての法的な規範を含む広い意味で用いる。法については,国際法と国内法,公法と私法,成文法と不文法などさまざまな区別がある。道徳規範,慣習規範との相違については,法は人間の外面のみを拘束するという外面性説,違反に対しては強制力をもつという強制説,主権者の命令とする主権者命令説など諸説がみられる。また,ある規範の法としての資格または拘束力を法の妥当性といい,その究極的な根拠については,神意説,自然法説,契約説,実力説,承認説などがある。


ほう
mood

文法範疇の一つ。定動詞語形替変として現れ,文の内容に対する話者の心的態度を示す。ギリシア語などの古典文法に由来する概念で,たとえばギリシア語には,直説法,接続法,希求法,命令法の4つの法があった。近代のインド=ヨーロッパ語族の諸言語では,動詞の活用組織が簡略になったり,助動詞を用いる分析的表現が多くなったりして,動詞の替変形から定義されるものとは必ずしもいえない言語もある。たとえば,英語ではI am rich.は事実として述べる形で直説法,If I were rich ! は非現実のことを想像していて仮定法,Be rich.は命令法と説かれる。


ほう

ダルマ」のページをご覧ください。

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旺文社世界史事典 三訂版 「法」の解説


ダルマ
dharma

普遍的規範としての法を意味する,インド思想の概念
古来インドでは,人間の社会的・宗教的行為の規範として重視された。

出典 旺文社世界史事典 三訂版旺文社世界史事典 三訂版について 情報

とっさの日本語便利帳 「法」の解説

法律用語としては、おきて、定め、秩序を維持するための規範を意味する。法律の他、条約、政令・省令などの命令、条例も法。

出典 (株)朝日新聞出版発行「とっさの日本語便利帳」とっさの日本語便利帳について 情報

世界大百科事典(旧版)内のの言及

【探索理論】より

…問題を解決するために用いる手段がいくつもある場合,そのいずれかを選択しながら解を得ていくための手順や方法に関する理論をいう。とくに人工知能で扱う問題は,その解法が決まらないことが多いので,探索によって答えを求めなければならない。…

【三宝】より

…仏,法,僧の三つをいう。仏とは悟りを開いた人,また法とは仏の説いた教え,僧とは仏の教えに従って悟りを目ざして修行する出家者の集団(サンスクリットで〈サンガ〉。…

【ダルマ】より

…インドの宗教,思想,ないし仏教の重要な概念で,仏教では〈法〉と漢訳される。このことばは,〈保つ〉〈支持する〉を意味する動詞の語源dhṛ‐から派生し,そうした作用を実体化した名詞で,〈保つもの〉〈支持するもの〉を原義とする。…

【仏教】より

…現在,(1)スリランカ,タイなどの東南アジア諸国,(2)中国,朝鮮,日本などの東アジア諸国,(3)チベット,モンゴルなどの内陸アジア諸地域,などを中心に約5億人の教徒を有するほか,アメリカやヨーロッパにも教徒や思想的共鳴者を得つつある。(1)は前3世紀に伝道されたスリランカを中心に広まった南伝仏教(南方仏教)で,パーリ語仏典を用いる上座部仏教,(2)はインド北西部から西域(中央アジア)を経て広まった北伝仏教で,漢訳仏典を基本とする大乗仏教,(3)は後期にネパールなどを経て伝わった大乗仏教で,チベット語訳の仏典を用いるなど,これらの諸地域の仏教は,歴史と伝統を異にし,教義や教団の形態もさまざまであるが,いずれもみな,教祖釈迦をブッダ(仏)として崇拝し,その教え(法)を聞き,禅定(ぜんじよう)などの実践修行によって悟りを得,解脱(げだつ)することを目標とする点では一致している。なお,発祥の地インドでは13世紀に教団が破壊され,ネパールなどの周辺地域を除いて消滅したが,現代に入って新仏教徒と呼ばれる宗教社会運動が起こって復活した。…

【仏教美術】より

…仏教は本来釈迦を起点として展開するものだけに,それ自体有機的な発展をとげたものである。古来〈仏〉〈法〉〈僧〉の三宝(さんぼう)は仏教の基本大系であり,時・空間を超えた広がりをもつ仏教美術もまた,これを軸として考えると,統一的にとらえることができるだろう。 釈迦の求め得たものは〈法〉であり,法こそは仏教の中核をなすものである。…

【ロシア語】より

…その言語を古期ロシア語Old Russianと呼ぶが,母音重複full vocalization――スラブ基語*gord(*は再構・措定形であることを示す),古教会スラブ語gradに対し古期ロシア語gorod(城塞,都市)などのように子音間の流音(r,l)の前後に母音(o,e)が重複する現象――や鼻母音(,ȩ)の消失,スラブ基語の*tj,*dj,*kt,*gtに古教会スラブ語はštまたはždで対応するのに対し,古期ロシア語はčまたはžで対応するなど,多くの独自性を示している。その一方,古期ロシア語は古教会スラブ語と共通して,双数(両数)のカテゴリー(名詞,形容詞,数詞,代名詞,動詞のすべてに及ぶ)と名詞の呼格(単数のみ)があり,動詞直説法の時称(時制)体系が現在,未完了過去,アオリスト,完了,過去完了,未来,未来完了の7種類に及ぶなど,古い特徴を多く保っていた。 キエフの衰亡とともに13世紀から言語の統一が崩れ,14世紀にはのちのロシア語とウクライナ語とベロルシア語へと発展する3方言の分裂が進行し,15世紀後半以降モスクワを中心とするロシアの再統一を迎えて,モスクワのいわゆる大ロシア人の言語が行政用の言語となった。…

【法則】より

…一般には,単なる統計上の規則性を超えて,より確固たる基盤の上に立てられたと考えられる秩序について用いられる語。ただし確固たる基盤を何に求めるかによって,法則についての解釈も異なることになる。ヨーロッパの伝統のなかでは,その基盤が神にゆだねられていたことは,ヨーロッパ語で〈法則〉を表す語が,どれも受動態で〈(秩序正しく)置かれたもの〉という原義をもち,それゆえ,能動者としての神がその背後に前提されている事実からも明瞭である。…

【律法】より

…キリスト教倫理学および聖書学ではこの語は多義的に用いられる。前者で最も広義に用いられる場合は,〈福音に対立する〉否定的な意味で用いられ,ヨーロッパ,アメリカではルター派の系統にその傾向が強くみられる。カルバン派では律法の第三用法と称して積極的に位置づけ,意味づける。また,福音=新約聖書と対立させ,律法=旧約聖書の意味に用いる場合もある。より狭義に用いる場合は,旧約聖書内の〈律法〉,つまり旧約聖書の最初の五書(モーセ五書)の別名として,とくにユダヤ教で用いられ,〈トーラーTorah〉ともいわれる。…

【一般意思】より

…一般意思という語は,まずディドロによって,《百科全書》の〈自然法〉の項目において用いられている。彼は一般意思を各個人の特殊意思とは区別して,全人類の一般的かつ共通の利益に基づくものとし,これによって自然法を根拠づけた。…

※「法」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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