翻訳文学(読み)ホンヤクブンガク

デジタル大辞泉 「翻訳文学」の意味・読み・例文・類語

ほんやく‐ぶんがく【翻訳文学】

自国語に翻訳された外国文学。

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「翻訳文学」の意味・わかりやすい解説

翻訳文学
ほんやくぶんがく

ある言語で書かれた文学作品をその意味内容をできるだけ損なうことなく他の言語に移し換えること、およびその作品をいう。抄訳、意訳、自由訳、直訳、逐語訳など、また他言語に一度翻訳されたものをさらに別の言語に訳す重訳などがある。その移し換える過程で、「翻訳者すなわち反逆者」というイタリアの諺(ことわざ)にあるようなことも避けられない。原語と翻訳言語、それらの背景となる文化が異なった構造をもっているのがほとんどで、かつ原作者と翻訳者との間にも相違があるため、翻訳作品は原作の完全な等価物になることはない。文学作品の場合、翻訳者は原語テキスト(作品)の読者であるとともに、翻訳テキストの読者にとっては原作者の代理、あるいは特有の文体をもった新たな作者となるといえる。とくに詩歌の翻訳は、音韻や隠喩(いんゆ)などその言語特有の微妙さを伝えることは困難で、本来は原語で鑑賞するのが理想である。そのような問題を乗り越えて原作の機微をとらえた翻訳には、ときに原語で読む以上の文学性を読者に感じさせるものもある。アミヨ仏訳のプルタルコス『英雄伝』、シュレーゲル(兄)独訳の『シェークスピア戯曲集』、ネルバル仏訳のゲーテ『ファウスト』、E・フィッツジェラルド英訳のオマル・ハイヤーム(ウマル・アル・ハイヤーミー)『ルバイヤート』、スコット・モンクリーフC.K.Scott-Moncrieff(1889―1930)英訳のプルースト『失われた時を求めて』などがあり、アーサー・ウェーリー訳の『源氏物語』、上田敏訳の『海潮音』なども日本では定評がある。翻訳聖書の古典として、『ブルガータ訳聖書』『欽定(きんてい)訳聖書』、ルターの独訳聖書などがあげられる。

[田中夏美]

明治時代まで

日本において、「翻訳」とは元来、梵語(ぼんご)を漢字・漢語に訳することをいったが、広義には渡来した仏典や漢籍などの訓読をも翻訳ということができる。古代から近世まで中国漢詩文の訓訳、意訳は日本文学のなかにつねにみることができる。西欧文学の翻訳としては、16世紀末、宣教師の手になる『天草版伊曾保(いそほ)物語』(イソップ物語)などのキリシタン版によるものがあった。鎖国政策のとられた近世では、西欧のものは『解体新書』などを例として医学・本草・砲術書など科学・軍事関係の翻訳はあったが、文学の翻訳は幕末に至るまでほぼ中絶したといってよい。中国文学関係では俗語(白話(はくわ)=口語体)文学が盛んに移入され、『通俗三国志』(元禄年間)や『通俗忠義水滸伝(すいこでん)』など、多くは「通俗」の文字を冠して翻訳刊行、岡島冠山訓訳の『忠義水滸伝』(享保~宝暦)などがある。都賀庭鐘(つがていしょう)、上田秋成(あきなり)らの白話短編小説の翻案は浮世草子から読本への転回として近世文学史上に大きな意味がある。

[田中夏美]

明治時代

日本が開国し近代化に向けて歩み始めてからは、外国それも西欧文学はつねに流入し続けた。異質の言語体系と風俗・文化をもつ欧米文学を日本語の表現に移すのに、現在の逐語訳に至るまでには多くの過程があった。幕末の英学の流れを受け、明治末あたりまでは英語からの翻訳が主流で、仏・独・露文学も英訳からの重訳が多かった。明治初頭の「文明開化」のころから明治20年(1887)あたりまでに移入されたものは、中村正直(号は敬宇(けいう))訳『西国(さいごく)立志編』(スマイルズ原作)などのように啓蒙(けいもう)的性格が強く、リットン『ポンペイ最後の日』が『寄想春史』として訳され政治小説流行の端緒となったのをはじめ、W・スコット、ベンジャミン・ディズレーリ原作のものや、『ロビンソン・クルーソー』『アラビアン・ナイト』『シェークスピア物語』(チャールズ・ラム)などの翻訳・翻案がなされた。詩歌では、矢田部良吉・外山正一・井上哲次郎の『新体詩抄』などがあり、坪内逍遙(しょうよう)は国会開設を前にシェークスピア『ジュリアス・シーザー』を『自由太刀余波鋭鋒(じゆうのたちなごりのきれあじ)』として全訳。この時期の翻訳は、語学的習熟度の問題もあり、自由訳、抄訳が多く、ときには豪傑訳といわれる大胆な訳も多かった。明治20年代に入ると、二葉亭四迷によるツルゲーネフ『猟人日記』の翻訳『あひびき』がロシア語から直接訳され、西欧文学翻訳のうえで初めての芸術的逐語訳として評価された。二葉亭は、ほかにゴーゴリ、ゴーリキーなどの訳もある。ドストエフスキー(内田魯庵(ろあん)訳『罪と罰』)、トルストイなども紹介されている。森鴎外(おうがい)らによる訳詞集『於母影(おもかげ)』『水沫(みなわ)集』、鴎外訳『即興詩人』(アンデルセン)、坪内のシェークスピア、森田思軒(しけん)のユゴー、ベルヌ、鴎外の妹小金井喜美子の『浴泉記(よくせんき)』(レールモントフ『現代の英雄』)や若松賤子(しずこ)の『小公子』(バーネット)などが名文で訳されている。

[田中夏美]

明治末~大正時代

日本の近代文学も確立期に入る日露戦争前後から大正期にかけては、経済的繁栄に支えられておびただしく翻訳された。すでに、上田敏のフランス象徴派・高踏派の訳詞集『海潮音』、自然主義系の文学としてはゾラ、モーパッサン、ドーデが読まれていたが、さらにガルシン、チェーホフフロベール、デーメル、イプセン、ハウプトマンなど、象徴的・耽美(たんび)的傾向の文学ではダンヌンツィオ、ワイルド、ペイター、シュニッツラー、アンドレーエフ、メレシコフスキー、メーテルリンク、アイルランド文学のイェーツ、シング、詩人ではインドのタゴールなどが翻訳紹介された。ロシア文学では米川正夫のドストエフスキー全訳など。思想家としてはニーチェ、ベルクソン、オイケン、ブランデスらがいる。逍遙のシェークスピア全訳、鴎外の『ファウスト』の訳など本格的なものもあったが、手当たりしだいの紹介という面も大きかった。明治末になると、外国文学との同時性が実現した。大正期、第一次世界大戦後の人道主義、民本主義、社会主義が移入され、ロマン・ロラン、バルビュスホイットマンなどが訳された。このころになると関東大震災(1923)前後、出版ジャーナリズムが隆盛し、大出版社の大量生産方式による『世界文学全集』(新潮社)、『近代劇全集』(第一書房)、『世界戯曲全集』(近代社)などが相次いで出版され、原語訳主義もようやく徹底して翻訳の質も向上した。

[田中夏美]

大正末~第二次世界大戦

大正末から昭和以後にはジッド、フランス、ロラン、プルースト、ラディゲら第一次世界大戦後の仏文学も好んで訳され、堀口大学訳の仏詩アンソロジー『月下の一群』その他は昭和詩に大きな影響を与えた。また、プロレタリア文学運動に伴って、ロシアの文学理論も紹介された。さらにヘミングウェイフォークナースタインベック、メルビルらのアメリカ文学、また、日中戦争の拡大とともに魯迅(ろじん)、老舎(ろうしゃ)、郭沫若(かくまつじゃく)ら中国の新文学、金素雲(きんそうん/キムソウン)訳の朝鮮文学もその文学性を高く評価された。昭和10年(1935)前後からは社会的不安を反映してシェストフ(『虚無よりの創造』)や、行動的ヒューマニズムを説くマルロー(『征服者』)、カロッサ、ヘッセ、マンなどドイツ文学も紹介された。

[田中夏美]

第二次世界大戦後

太平洋戦争中の中断を挟み、戦後、外国の書物の輸入が再開されるや、サルトル『水入らず』『嘔吐(おうと)』、カミュ『異邦人』、カフカ、ムシル、T・S・エリオットなど外国の新しい文学が次々と翻訳されたが、特徴としてはアメリカ文学への関心の高まりがある。戦後の新しい世代の文学が続々と紹介されるようになった。ヘミングウェイ、フォークナーらに続く新しい米文学として、ケロアックらのビート・ジェネレーションやサリンジャーなど(サリンジャーなどの作品のなかには、翻訳者の用いた斬新(ざんしん)な文体が日本の現代文学に大きな影響を与えたものもある)。仏文学ではサガンの『悲しみよこんにちは』がベストセラーになり、ロブ・グリエ、ビュトール、サロートらヌーボー・ロマンの作家など、旧ソ連ではソルジェニツィンらの現代文学や、戦前翻訳されなかった1920年代の文学が紹介された。

 1960年代なかば、全世界的にベトナム反戦運動が盛り上がるが、1980年代にかけてボールドウィンらの黒人文学、カポーティの『冷血』、ベケット、イヨネスコらの前衛文学、レビ・ストロース、バタイユ、ブルトン、ベンヤミン、ユングなど思想書も出版された。また、英米仏の文学だけではなく、イタリア文学も継続的に紹介され、古典の分野では寿岳文章(ぶんしょう)訳のダンテ『神曲』などの大訳もある。さらに東欧、北欧の文学、ボルヘス、ガルシア・マルケス、バルガス・リョサなど中南米文学、韓国現代文学などアジアやアフリカの文学も原語から直接訳されるのが普通になった。戦後の特色としては、1950年代後半以降の大衆社会化状況の現出によって、翻訳ミステリー小説やロマンス小説が大量に文庫版の形で供給され、同時に世界文学全集も廉価版で提供され、個人全集、著作集も盛んに出版された。

 1970~1980年代以降、翻訳文学の出版状況も変わったが、海外の問題作や話題作、著名作家の新作などはベストセラーとなり、また、古典なども原語からの新訳など翻訳テキストにも厳密さを期すようになった。エンターテインメントの分野では、「超訳」とよばれるような読みやすさを追求した翻訳小説がベストセラーになる一方、メルビル『白鯨』など海外古典の新訳、サン・テグジュペリ『星の王子さま』愛蔵版や、文庫版個人全集の刊行もみられるようになった。現今、書籍の売上げはノンフィクション、ビジネス書などが多くを占め、文学、とりわけ翻訳小説の売れ行きははかばかしくないが、そのなかでJ・K・ローリングJoanne Kathleen Rowling(1965― )の『ハリー・ポッター』シリーズが幅広く受け入れられ大ベストセラーとなっている。

[田中夏美]

日本文学の海外への紹介

日本文学の外国語への翻訳は、古典ではアーサー・ウェーリー訳『源氏物語』『枕草子』が知られ、第二次世界大戦以降、『万葉集』『竹取物語』『徒然草』や『源氏物語』の新訳などにはじまり、近世文学の井原西鶴、近松門左衛門、松尾芭蕉、上田秋成など、また1960年代あたりからは俳句作品なども翻訳されている。近現代の作家としては芥川龍之介、谷崎潤一郎、川端康成、三島由紀夫、大岡昇平、安部公房(こうぼう)、大江健三郎その他が紹介されていたが、1990年代ごろからは、村上春樹、よしもとばなななどの現代作家が同時代の文学として、中国、韓国などアジア諸国、英、仏、イタリア、ロシアその他の言語に訳され読者を得ている。日本文学の外国語訳作品につては『Japanese Literature in Foreign Languages 1945―1995』(1997、日本ペンクラブ刊)などがある。

[田中夏美]

『島田謹二著『翻訳文学』(1951・至文堂)』『吉武好孝著『明治大正の翻訳史』(1959・研究社出版)』『河盛好蔵編『近代文学鑑賞講座21 翻訳文学』(1961・角川書店)』『柳田泉著『明治初期翻訳文学の研究』(1961・春秋社)』『国際文化会館図書室編『近代日本文学翻訳書目』(1979・講談社インターナショナル)』『国立国会図書館編『明治・大正・昭和・翻訳文学目録』(1989・風間書房)』『『翻訳小説全情報45/92』『翻訳小説全情報93/97』『翻訳小説全情報1998―2000』(1993、1999、2001・日外アソシエーツ)』『亀井俊介編『叢書 比較文学比較文化(3) 近代日本の翻訳文化』(1994・中央公論社)』『山田潤治著『喪われた轍――日本文学史における翻訳文学の系譜』(1998・文芸春秋)』『川戸道昭・榊原貴教編『明治の女流文学 翻訳編(第1巻)若松賤子集』『明治の女流文学 翻訳編(第2巻)瀬沼夏葉集』(2000・五月書房)』『芳賀徹編『翻訳と日本文化』(2000・国際文化交流推進協会、山川出版社発売)』『川戸道昭・中林良雄・榊原貴教編『明治翻訳文学全集 新聞雑誌編別巻1 明治期翻訳文学総合年表』『明治翻訳文学全集 新聞雑誌編別巻2 明治翻訳文学全集新聞雑誌編総目次・総索引』(2001・大空社)』『柴田元幸・高橋源一郎他著「特集 翻訳文学の富」(『文学界』10月号所収・2002・文芸春秋)』

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「翻訳文学」の意味・わかりやすい解説

翻訳文学
ほんやくぶんがく

日本においては長らく中国文学の翻訳が行われてきたが,外国文学の摂取は特に明治開国以後盛んに行われ,日本文学の成長発展に大きく寄与し,翻訳文学は他国ではみられないような重要な地位を占めてきた。そのなかには,外国文学の紹介にとどまらず,独自の文学的価値によって古典的生命をもつようになったものもある。二葉亭四迷の『あひびき』や『めぐりあひ』,森鴎外の『即興詩人』,上田敏の『海潮音』などはその代表的なものである。そのほか重要な翻訳家としては,イギリス文学関係ではシェークスピアを全訳した坪内逍遙,小説や随筆などに幅広い訳業のある平田禿木,ロシア文学では米川正夫,中村白葉,神西清,フランス文学では永井荷風 (『珊瑚集』) ,堀口大学,山内義雄らがいる。

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