袿袴(読み)ウチキバカマ

百科事典マイペディアの解説

袿袴【けいこ】

〈うちきはかま〉とも。(うちき)に(はかま)をつけた姿。平安時代には貴族の女性の一般の姿であったが,次第に正装視されるようになった。小袖(こそで)の発達以後は小袿・単(ひとえ)・袴・小袖で構成され,明治以後には女官その他宮中の諸祭儀に参列する女性の服制となった。
→関連項目マントー・ド・クール

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世界大百科事典 第2版の解説

けいこ【袿袴】

袿(うちき)にをつけた姿で,〈うちきはかま〉ともいう。平安時代の婦女子一般の姿であったが,平安末から小袖が衣服の中心となったため,しだいに正装視されるようになった。この姿を古くは〈うちきすがた〉といい,その構成は小袿,重袿(かさねうちき),(ひとえ),袴が正式であるが,さらにこれを簡略したものまで種々あった。小袖の発達以後は小袿,単,袴,小袖という形になった。明治以後,皇后をはじめ,女官その他宮中の諸祭儀に参列する女子の服として洋服とともに袿袴の制が定められた。

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大辞林 第三版の解説

うちきはかま【袿袴】

けいこ【袿袴】

1884年(明治17)に制定された婦人の和装礼服。袿うちき・単ひとえ・袴(切袴)・小袖・履くつからなり、手に檜扇ひおうぎを持つ。宮中に参内するときに着用する。うちきはかま。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

袿袴
けいこ

近代女子宮廷服の一種。袿(うちき)と単(ひとえ)を着て切袴(きりばかま)をはき、檜扇(ひおうぎ)を手にする服装。平安時代以来、公家(くげ)女子の日常着として袿が用いられたが、明治時代以後は宮廷祭儀に通常礼服として着装されている。袿は垂領(たりくび)、広袖(ひろそで)形式で裾(すそ)の長い上着。近世の袿の襟や裾の縁、袖口など、表地が裏地より1センチメートルほど内側に控えて仕立てられ、いわゆる「おめり」となっている。地質は夏冬および位階による区別があり、夏冬とも袷(あわせ)仕立てである。儀式により単を省く場合は檜扇にかえて雪洞(ぼんぼり)を持つ。[高田倭男]

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精選版 日本国語大辞典の解説

うちき‐ばかま【袿袴】

〘名〙
② 明治一七年(一八八四)制定の婦人用和装の礼装。けいこ。

けい‐こ【袿袴】

〘名〙 もと勅任・奏任官の女子、および勅任・奏任官の妻が宮中に参内するときに着用した和服礼装。袿(うちき)、単(ひとえ)、小袖、切袴(きりばかま)、檜扇(ひおうぎ)、履(くつ)から成り、昔の五衣(いつつぎぬ)に似る。髪は垂髻(ときさげ)にする。うちきばかま。
※現代青年処女の作法(1924)〈玉井広平〉「女子の和服の礼装は、桂袴(ケイコ)若くは白襟紋附であります」

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世界大百科事典内の袿袴の言及

【袿袴】より

…小袖の発達以後は小袿,単,袴,小袖という形になった。明治以後,皇后をはじめ,女官その他宮中の諸祭儀に参列する女子の服として洋服とともに袿袴の制が定められた。それによると礼装としての袿袴は唐織の袿に固地綾(かたじあや)の単,緋精好(ひせいごう)の切袴(きりばかま)で,小袖すなわち服は白練絹,履(くつ)は袴と同色の絹張りで,手に檜扇(ひおうぎ)をもつ。…

【袿】より

…この重ね袿も,後世には5枚に定められ,五衣(いつつぎぬ)と呼ばれるようになった。物具姿(もののぐすがた)(いわゆる十二単)は,唐衣(からぎぬ),裳(も),表着,打衣(うちぎぬ),それに袿と袴と単とを着たものであるが,この正装に対して,ただ袿と袴と単とだけの袿袴(けいこ)という略装が平安中期(10世紀末)に広く行われるようになった。つまり,表面に重ねて着ていたものを脱いで,内部に着ていた袿が表に出て,これが表着となったのである。…

※「袿袴」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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