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西インド諸島 にしインドしょとうWest Indies

翻訳|West Indies

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

西インド諸島
にしインドしょとう
West Indies

南北アメリカ大陸の中間に,メキシコのユカタン半島北東岸沖から大きく弧を描いてベネズエラのオリノコ川河口へ,さらにベネズエラ北岸に沿ってベネズエラ湾の湾口近くまで連なる島群。大西洋からカリブ海を分けるとともに,メキシコ湾の湾口をふさぐ形で位置する。 1492年この地に到達したコロンブスインドの一部と誤認したが,のちインドとはまったく別の地域であることが判明したため,西インド諸島と呼ばれるようになった。大小1万 2000以上の島々から成るが,西の大アンティル諸島,東の小アンティル諸島,北のバハマ諸島に大別できる。大アンティル諸島は面積 10万 km2以上のキューバ島をはじめ,ヒスパニオラ島,ジャマイカ島など比較的大きな島から成るが,それ以外は小島群である。低平なバハマ諸島のほかは,大部分の島が山がちで,脊梁山脈のある島が多く,広い低地はキューバ島にみられるにすぎない。バハマ諸島北部を除き,北回帰線と北緯 10°の間にあり,熱帯気候に属するが,北東貿易風帯に入るので,海風の影響により低緯度のわりにしのぎやすい。コロンブスがヒスパニオラ島に植民地を建設して以来,16世紀なかばまではスペインがこの地域における独占的地位を維持していたが,その後他のヨーロッパ諸国も進出し,領有の変遷があった。現在もイギリス,アメリカ合衆国,フランス,オランダ,ベネズエラなどに属する非独立地域が残るが,比較的早く独立したキューバ,ジャマイカ,ハイチ,ドミニカ共和国,バルバドス,トリニダード・トバゴなどのほか,1970年代にバハマ,グレナダ,ドミニカ国,セントルシア,セントビンセントが,80年代に入ってアンティグア・バーブーダ,セントキッツ・ネビスなどが独立するなど,今後の動向が注目される。 73年ジャマイカ,バルバドスなど 12ヵ国1地域がカリブ共同体・共同市場を発足させ,地域的統合が進められている。主産業は農業で,初期植民地時代以来の主作物であるサトウキビを中心に,タバコ,カカオ,コーヒー,バナナ,ワタ,香料,パイナップルなどが栽培される。鉱物資源にはあまり恵まれないが,トリニダード島の石油とアスファルト,ジャマイカ島のボーキサイトなどが知られている。また最近は観光業が各地で重要な産業になりつつある。

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大辞林 第三版の解説

にしインドしょとう【西インド諸島】

中部アメリカ、カリブ海周辺に分布する島々の総称。大アンティル諸島・小アンティル諸島・バハマ諸島から成る。

出典 三省堂大辞林 第三版について 情報

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

西インド諸島
にしいんどしょとう
West Indies

北アメリカのフロリダ半島の南から南アメリカ大陸のベネズエラ沖まで約4000キロメートルにわたってつながる列島。アンティル諸島とよばれることもある。これらの島々は、北部のバハマ諸島(大部分はバハマ領、タークス・カイコス諸島はイギリス領)、中央部の大アンティル諸島(キューバ、イスパニョーラ、ジャマイカ、プエルト・リコの4島とそれらの属島)、南部の小アンティル諸島(リーワード諸島、ウィンドワード諸島、オランダ領のアルーバ島・ボネール島・キュラソー島など)に分けられる。
 この中には、キューバ、ドミニカ共和国、ハイチ、ジャマイカ、トリニダード・トバゴ、バルバドス、バハマ、グレナダ、ドミニカ、セント・ビンセント・グレナディーンズ、セント・ルシア、アンティグア・バーブーダ、セント・クリストファー・ネイビスの13の独立国がある。さらに、イギリス領のケイマン諸島、タークス・カイコス諸島、アンギラ島、モントセラト島、バージン諸島や、オランダ領のアルーバ島、ボネール島、キュラソー島、セント・ユスタティウス島、サバ島、サン・マルタン島(島の北部はフランス領)、およびフランスの海外県のグアドループ島とマルティニーク島がある。また、プエルト・リコ島はアメリカの自治領であり、バージン諸島のセント・クロイ島、セント・トーマス島、セント・ジョン島はアメリカ領である。西インド諸島は、大西洋からパナマ運河を経由して太平洋に通ずる航路にあり、周囲の海域は戦略上の要地となっている。
 バハマ諸島は、メキシコのユカタン半島、キューバ中央部の丘陵地から続く石灰岩の台地であり、一般に低平で、サンゴ礁に囲まれている。大アンティル諸島は中央アメリカ・アンティル山系によって形成され、メキシコから延びる山系がキューバ南部のシエラ・マエストラ山脈とハイチの北の半島へと続き、ドミニカ共和国の脊梁(せきりょう)山脈となる。また、この脊梁山脈は西に延びてハイチの南の半島を形成し、さらに、ジャマイカのブルー山地を経て、中央アメリカのグアテマラ中央部の山脈に続いている。小アンティル諸島の多くは火山島であるが、島弧の東側や外側には火山岩の上を石灰岩が覆った比較的標高の低い島々がある。気候は、北東貿易風の影響で、風上斜面では雨量が多く、年降水量が4000ミリメートル以上になる。しかし、風下は年降水量が2000ミリメートル以下に減少する。したがって、雨量の多い地域ではシダなどを含む密林が繁茂するが、雨量の少ない地域では刺(とげ)のある灌木(かんぼく)、やぶ、サボテンなどがみられる。
 1492年に大西洋を渡ったコロンブスが初めて上陸した島はバハマ諸島のサン・サルバドル島といわれているが、コロンブスはインドの一部に到着したと信じていたので、この地域の島々は西インド諸島とよばれるようになった。スペインは1496年にイスパニョーラ島に植民地を建設して以来、プエルト・リコ、ジャマイカ、キューバなどに続々と植民地を建設して、この地域のおもな島の領有を確定した。17世紀中ごろになると、スペインのほかに、イギリス、フランス、オランダも植民地を建設し、島々の領有をめぐって、これらヨーロッパの国々が争った。その後、キューバ、ハイチ、ドミニカ共和国、ジャマイカなどが相次いで独立し、さらにトリニダード・トバゴとバルバドスが独立して以来、小島も独立を獲得し、現在では独立国が13に達している。
 西インド諸島の先住民カリブ人とアラワク人は、スペイン人の渡来後、ヨーロッパ人のもたらした疫病に対して免疫性がなかったことや、植民者に重労働させられたことなどによってほとんど絶滅した。17世紀にはサトウキビ・プランテーションの労働力としてアフリカから多数の黒人奴隷が導入され、それまでのヨーロッパ人中心の人口構成はアフリカ人が半数以上を占めるようになった。このため、現在の住民構成はアフリカ系が大部分を占める。
 西インド諸島の経済は、第二次世界大戦後に鉱業、製造業、観光業の発展によって、単一作物農業への依存度は減少したが、今日でも農業が第一の産業である。地下資源としては、ジャマイカのボーキサイト、トリニダード・トバゴの石油とアスファルトがある。年中快適な気候をもち、保養・観光地として多くの観光客を引き付け、観光業が西インド諸島の経済に占める割合は増加している。[菅野峰明]

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