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観世銕之丞 カンゼテツノジョウ

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デジタル大辞泉の解説

かんぜ‐てつのじょう〔クワンゼ‐〕【観世銕之丞】

能楽のシテ方観世流宗家の分家の芸名。14世宗家清親(きよちか)の次男、織部清尚に始まる。代々名手が輩出、5世(紅雪)・6世(華雪)は近代の名人。

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朝日日本歴史人物事典の解説

観世銕之丞

没年:天明2(1782)
生年:享保12(1727)
江戸前・中期の能楽師。初名織之助,のち清尚。14代観世大夫清親の次男で,15代元章の弟。少年時代から江戸城の能に出勤し活躍,父の没後寛延1(1748)年には父の通称織部を襲名する。26歳にして当時稀有の新家樹立を認められ,観世流宗家の分家・銕之丞家の初代となる。兄と共に将軍徳川家治の能指南を担当し,幕府から屋敷を拝領するなど厚遇された。安永3(1774)年に元章が没すると将軍の意向で17代観世大夫を継承し,元章が採用した『明和改正謡本』の廃止などを実行。控えの家としての銕之丞家の地位を確立し,兄元章の行き過ぎた改革を軌道修正した。

(石井倫子)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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大辞林 第三版の解説

かんぜてつのじょう【観世銕之丞】

能楽師の通り名の一。観世銕之丞家はシテ方観世流宗家の分家。 → 観世華雪かせつ

出典|三省堂
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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

観世銕之丞
かんぜてつのじょう

能のシテ方。観世流宗家の分家の当主に継承される名前。江戸時代から五流宗家に準ずる家柄であった。宗家に嗣子(しし)のないときは宗家を継ぐ家で、17世、19世の観世宗家となった初世、2世銕之丞にその例をみる。また、幼少の宗家を後見すべき家柄である。分家創設の初世(織部(おりべ)、1731―82)は14世宗家観世清親(きよちか)の次男。15世宗家元章(もとあきら)の弟にあたる。[増田正造]

5世

(1843―1911)隠居名紅雪(こうせつ)。明治維新で宗家が静岡に移ったのち、初世梅若実(みのる)とともに東京で能の復興に努めた。[増田正造]

6世

(1884―1959)5世の長男。幼名織雄(おりお)。1910年(明治43)父の隠居後6世を襲名。47年(昭和22)隠居して華雪(かせつ)となる。義兄にあたる初世梅若万三郎と六郎(2世実)の梅若流樹立に参加したが、やがて観世流に復帰、25世宗家観世元正(もとまさ)の成人までは後見役の重責にあった。流儀に絶えていた名曲『求塚(もとめづか)』を復興。温かななかに冷え寂(さ)びた強さをもつ芸風で、同年生まれの橋岡久太郎(きゅうたろう)とともに名人とうたわれ、52年に芸術院会員に選ばれた。著書に『観世華雪芸談』がある。[増田正造]

7世

(1898―1988)幼名茂、のち織雄。6世の弟であるが養子となって、1947年(昭和22)7世を襲名。重厚な芸風の名手で、79年隠居して雅雪を名のる。長男は天才をうたわれた観世寿夫(ひさお)。次男栄夫(ひでお)(1927―2007)は後藤得三(とくぞう)の養子として喜多流に転流、一時能界を出て演出家となるが、寿夫没後観世流に復帰した。映画、演劇界でも活躍。[増田正造]

8世

(1931―2000)7世の四男。前名静夫。1980年(昭和55)襲名。端正な芸風で、新作能『智恵子抄(ちえこしょう)』、冥(めい)の会の泉鏡花作『天守物語』ほか新しい演劇運動にも多く参加。95年(平成7)重要無形文化財保持者(人間国宝)。[増田正造]

9世

9世(1956― )8世の長男。前名暁夫(あけお)。2002年(平成14)襲名。妻は京舞井上流家元5世井上八千代(やちよ)。なお、銕仙(てっせん)会は銕之丞家の主宰する会。[増田正造]
『銕仙会編『花は心――観世華雪 雅雪 寿夫』(1990・白水社)』

出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
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