さわり さはり【触】
〘名〙 (動詞「さわる(触)」の連用形の名詞化)
① 触れること。接触。また、その感じ。触れた感覚。感触。
※
邪宗門(1909)〈北原白秋〉魔睡・室内庭園「いま、黒き天鵞絨
(ビロウド)の にほひ、ゆめ、その感触
(サハリ)…噴水
(ふきあげ)に縺れたゆたひ」
② 人に接した時の感じ。人との接し方。応対。人あたり。
※桑の実(1913)〈
鈴木三重吉〉一一「自分は妻に対しては、ときどき他人と一つ家にゐるやうな、さびしい気分になることがあるけれど、どうも女のたちが、少し私には触
(サハ)りが冷たいからだらうか」
③
人形浄瑠璃で、義太夫以外の他流の曲節を少し取り入れた部分。
※
浄瑠璃・源頼家源実朝鎌倉三代記(1781)七「
サハリ お前への心中に、顔に入
(ぼくろ)してきたわいな」
④ 義太夫一曲中で、いちばんの聞かせどころ。また、聞きどころとされている箇所。転じて、一般に話や文章などの最も情緒に富み、感動的な部分。さわり文句。くどき。
※浮世草子・当世芝居気質(1777)一「
義太夫節の三絃
(さみせん)は〈略〉さはりの音
(ね)じめに女子の鼻あぶらをのせ」
⑤ その場だけの一時のたわむれ。座興。慰み。
※浄瑠璃・
持丸長者金笄剣(1794)一「今のはわしがてんごう口、比合いなさはりに成らふと、思ひの外かの御肝積、真平
(まっぴら)あやまり奉る」
⑥
三味線の装置。複雑な倍音が生じ、余韻が強く長くなるように、三味線の一の糸を上駒
(かみごま)からはずして直接棹に接触させ、乳袋
(ちぶくろ)の一部(棹の表面で、上駒に近い部分)を削りとり、一の糸を弾くと、上駒の下一センチメートル余りの所で軽く触れるようにした装置。
※人情本・清談松の調(1840‐41)初「オヤ一糸(いち)のさはりも、以前(せん)よりは能くなったよ」
⑦ 女性を誘惑する手段として、人混みの中で、その手や体にさわることをいう、不良青少年仲間の隠語。
※浅草紅団(1929‐30)〈
川端康成〉一五「『握り。障
(サハ)り。話し。プログラム。落ちますよ。〈略〉』なぞ、彼等の昔ながらの『婦女誘惑術』」
ふ・れる【触】
[1] 〘自ラ下一〙 ふ・る 〘自ラ下二〙
① ほんのちょっとさわる。瞬間的に接する。軽く当たる。
※万葉(8C後)一七・三九六八「鶯の来鳴く山吹うたがたも君が手敷礼(フレ)ず花散らめやも」
※
巷談本牧亭(1964)〈
安藤鶴夫〉会いろいろ「湯浅は、桃枝の指一本、触れたことがなかった」
② (多く、「肌ふる」の形で) 男女が馴れ親しむ。睦(むつ)み合う。
※万葉(8C後)一四・三五三七・或本歌「馬柵(うませ)越し麦食む駒のはつはつに新膚布礼(フレ)し児ろしかなしも」
③ 手や箸をつける。ちょっと食べようとする。
※源氏(1001‐14頃)桐壺「ものなども聞こし召さず、朝餉(あさがれひ)のけしきばかりふれさせ給て」
④ 自然に目や耳にはいる。
※大般涅槃経治安四年点(1024)八「一たびも耳に逕(フルレ)ば、悉く能く一切の諸の悪、無間の罪業を除滅す」
⑤ あることを話題にする。言及する。
※比較言語学に於ける統計的研究法の可能性に就て(1928)〈
寺田寅彦〉「結局は日本語の成立問題に迄も多少は触れない訳には行かなくなるのである」
⑥ 抽象的なものにかかわり合う。ある物事、ある時などに遭遇する。「核心に触れる」
※後撰(951‐953頃)雑二・一一二七・
詞書「かの家に事にふれてひぐらしといふ事なん侍りける」
※古い玩具(1924)〈
岸田国士〉第二場「温かい心に触れて、それを、温かいと感じること」
⑦ かかわりあいをもって差し障る。抵触する。
※
滑稽本・
浮世風呂(1809‐13)二「此書初編は文化巳の年の肇春祝融氏の怒りに触
(フレ)て板面ことごとく
烏有となりぬ」
[2] 〘他ラ下一〙 ふ・る 〘他ラ下二〙 広く告げる。告げ知らせる。吹聴する。
※
書紀(720)天武元年六月(北野本訓)「仍て国司等に経
(フレ)て諸の軍を差し発して」
さわ・る さはる【触】
〘自ラ五(四)〙
① 手で触れる。軽く接触する。あたる。
※竹取(9C末‐10C初)「手をささげて探(さぐ)り給ふに、手にひらめる物さはる時に」
② かかわりあう。関係する。よりつく。近づく。
※
バレト写本(1591)「ゴヘン ナニノ ユエニカ sauararequeruzo
(サワラレケルゾ)」
※行人(1912‐13)〈
夏目漱石〉帰ってから「其態
(わざ)とらしさが、すぐ兄の神経に触
(サハ)った」
④ (宴会の杯のやりとりの作法の一つ) 相手からさされた杯を押えて、酒をついで返す。おさえる。→
さわります。
※浮世草子・新吉原常々草(1689)下「色酒は小盃にして、さはるの間(あい)の又間のとそのゆき所に上手をつくし」
[補注]動詞「さわる(障)」の、支障となる意が軽くなって派生した語と思われる。また、
類義語の「ふれる(触)」との違いは、本来「さわる」が持続的に接触する動作であるのに対して、「ふれる」が瞬間的、すこしの時間接触するところにあると思われる。
そく【触】
〘名〙 (「そく」は「触」の呉音) 仏語。
① (sparśa の意訳)
感覚器官と対象物と認識する心とが和合した時に生ずる精神作用。主観と客観の接触によって生ずる感覚。
②
十二因縁の一つ。二、三歳ごろの嬰児の、六根・六境・六識の和合は認められるが、まだ苦楽の差別をはっきり知らない位をいう。
※
正法眼蔵(1231‐53)仏教「十二因縁といふは一者無明、二者行、三者識、四者名色、五者六入、六者触、七者受、八者愛、九者取、十者有、十一者生、十二者老死」 〔大蔵法数‐六一〕
※今昔(1120頃か)一「香にをもねらず、味に不耽ず、触に不随ず、法に不迷ず」 〔倶舎論‐一〕
④ 不浄のこと。
※正法眼蔵(1231‐53)洗浄「触は籌斗(ちうと)になげおき、浄はもとより籌架にあり」
ふれ【触】
〘名〙 (動詞「ふれる(触)」の連用形の名詞化)
① 触れること。特に、広く一般に告げ知らせること。〔羅葡日辞書(1595)〕
※浮世草子・好色一代男(1682)五「さいはい関送りとて隔子(かうし)の女郎ひとりも残さず一日買とふれをなし」
② (「布令」とも) 官府から広く世間に布告すること。また、その文書。ふれがき。
※
吾妻鏡‐建長三年(1251)一二月三日「此外一向可被停止之旨、厳密触之被仰之処也」
③ 相撲で、取組みごとに東西の力士の名を呼んで、土俵にのぼらせること。また、その人。前行司(まえぎょうじ)。呼び出し奴。〔随筆・相撲今昔物語(1785)〕
④ 歌舞伎興行などで、上演する種目・出演俳優・上演時間などを、大声で知らせて回ること。また、その人。
⑤ 物売りが歩き回って、売っている品物の名を呼ばわること。
※崖の下(1928)〈
嘉村礒多〉「『鯉の子、金魚ヨイ』といふ触れの声が」
ふれ‐ば・う ‥ばふ【触】
〘自ハ四〙
① 近づいてさわる。触れる。接触する。
※守護国界主陀羅尼経平安中期点(1000頃)「若し触(フレハフ)こと有るものは、能く熱悩を除き、身心清涼なり」
② かかわりあう。関係を持つ。
※源氏(1001‐14頃)常夏「まことに、さやうにふればいぬべきしるしやある」
[補注](1)「触る」に「はふ」の付いたもので、
上代語の「触らばふ」から変化したものと考えられる。→
わう〔接尾〕。
(2)②の挙例「源氏物語‐常夏」は、人に広く言う、言いふらすと解する説もある。
ふ・る【触】
[1] 〘自ラ四〙 ((二)の古い形) ほんのちょっと接触する。さわる。
※古事記(712)下・歌謡「今夜(こぞ)こそは 安く肌布礼(フレ)」
ふら‐ば・う ‥ばふ【触】
〘自ハ下二〙 上代語。繰り返しさわる。触れ合う。
※古事記(712)下・歌謡「上(ほ)つ枝の 枝の末葉(うらば)は 中つ枝に 落ち布良婆閇(フラバヘ)」
ふら・す【触】
〘他サ四〙 広く告げ知らせる。言いふらす。「降らす」とかけていう。
※二度本金葉(1124‐25)恋上「包めども涙の雨のしるければ恋する名をもふらしつるかな〈藤原忠隆〉」
出典 精選版 日本国語大辞典精選版 日本国語大辞典について 情報
デジタル大辞泉
「触」の意味・読み・例文・類語
そく【▽触】
仏語。
1 感覚器官である根と、対象物である境と、認識する心である識とが結びついたときに生じる精神作用。
2 十二因縁の一。生まれて2、3歳までの、まだ接触感覚だけのころとする。
3 六境の一。接触によって感覚される対象。
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触 (ふれ)
江戸時代の幕府制定法の一形式。〈御触〉〈御触書〉〈御触事〉と呼ばれた。幕府の法令は通常,〈御触書〉もしくは〈達(たつし)〉の形式で公布され,〈御触書〉は一般にひろく触れ知らせる場合に用いられ,〈達〉は関係官庁または関係者だけに通達するときに用いられた。〈御触書〉は,老中,若年寄の部局で草案が作成され,将軍の裁決を経たのち,表右筆(おもてゆうひつ)部屋でその写しを必要な部数だけ作り,〈書付〉の形で老中みずから,あるいは大目付,目付,三奉行,その他各方面にこれを配布し,彼らをして関係方面または一般に触れさせたのである。いかなる方面に配布するかは,御触の内容により一定していない。江戸では,老中から出された御触を〈惣触(そうぶれ)〉,町奉行が管轄内の事項について発した御触を〈町触〉といった。幕府は数次にわたり〈御触書〉を編集して〈御触書集成〉を作っている。
執筆者:平松 義郎
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
触【ふれ】
江戸幕府の法令中法度(はっと)以外のもので広く一般に通達したもの。御触書(おふれがき),触書,御触とも。法度は将軍の名で公布されたが,普通の法令は老中が書付の形で目付,三奉行等に配付,必要に応じて彼らに通達させた。
→関連項目町触|村請
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触
ふれ
江戸時代,幕藩領主が定めた法令・命令を広く知らせる行為,また公布された法度類。比較的広範囲に触れ出されるものを触,関係部局だけに通達するものを達(たっし)といって区別したといわれるが,幕府の編集した「御触書集成」は触と達の別なく収録している。触書は触を書き付けたもの。幕府が全国に公布する触書は表右筆(ゆうひつ)が必要な部数を作り,老中から大名留守居,大目付・目付らに渡され,そこから大名・旗本領へ,一方,町奉行・代官を通じては幕領町村へ回達された。町奉行から管下の町に触れられた法令を町触,浦方のみを対象とした法令を浦触という。寺院へは寺社奉行から各宗派の触頭(ふれがしら)を通じて全国の寺院へ伝えられた。
出典 山川出版社「山川 日本史小辞典 改訂新版」山川 日本史小辞典 改訂新版について 情報
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
世界大百科事典(旧版)内の触の言及
【仏教】より
…分別的な認識)→(4)名色(みようしき)(精神的要素と物質的要素。認識の対象)→(5)六入(ろくにゆう)(眼・耳・鼻・舌・身・意の六種の感官)→(6)触(そく)(認識,感官,対象の接触)→(7)受(じゆ)(苦楽などの感受)→(8)愛(渇愛(かつあい)。本能的欲望)→(9)取(しゆ)(執着。…
【達】より
…達書(たつしがき)として書面で令達されたほか,口頭で申し渡す口達(くたつ∥こうたつ)もあった。幕府の法令は通常[触](ふれ)もしくは達の形式で公布されたが,触が比較的広い範囲に触れ知らせるものであったのに対し,達は関係役所または関係者にのみ伝える場合に用いられた。したがって一般的な法規よりも,一回限りの具体的処分や,部内の訓令・通達というべきものが多かった。…
【藩法】より
…宗門改め,度量衡,交通など江戸幕府の全国的支配権に属することを除けば,藩はかなりの自律を認められ,〈万事江戸之法度の如く,国々所々に於て之を遵行すべし〉(寛永12年武家諸法度)といった限定はあるものの,各藩はそれぞれ別個の藩法を施行した。一方,幕府制定法には,諸大名にも触れ知らせる法と,幕府領のみに発する法とがあった。前者について藩はおおむねこれを遵奉し,公儀御触([触])を藩内に触れ流したものの,藩の実情に合わない場合などあえてこれを無視し,藩内に施行しなかったこともまれではなかった。…
【町触】より
…江戸時代,町方に対し発せられた[触](ふれ)。江戸幕府および諸藩の制定法は,触の形式で一般人民に公示され,町方へは町触として,その地の奉行が伝達した。…
※「触」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」