人が行為する際に,その行為が法律上許されないことを弁識しえなかったとすれば,その人にはその行為の実行を思いとどまることはできないであろう。それゆえ行為について人の法的責任を認めるためには,行為者の故意・過失とともに,行為当時において行為者が自己の行為の法上の責任を弁識しうる能力を有していたことを要するものと解すべきことになる。この能力を責任能力といい,責任能力は民法上の不法行為責任および刑法上の責任の要件の一つとなっている。
心神喪失の間に他人に損害を与えた者は賠償責任を負わない(故意・過失によって一時の心神喪失を招いた場合を除く。民法713条)。また,未成年者が他人に損害を与えた場合は,その行為の責任を弁識しうる知能をそなえていなかったならば賠償責任を負わない(712条)。このように日本の民法は,責任能力の有無を行為者の年齢によって一律に定める(たとえば,7歳以下は責任無能力とするなど)というローマ法以来の伝統的な立場を採用せず,個々の行為者が法的責任を弁識しえたのか否かを年齢に拘束されないで判断する立場に立つ。このため,たとえば,行為者が未成年であって賠償するだけの資力に乏しい場合に,被害者がその未成年者の親などに対し責任無能力者の監督義務者としての責任(714条)を追及するときは,責任能力なしとされる年齢が高くなりやすい。逆に未成年者を使用していた者に対して使用者責任の規定(715条)に基づく賠償請求がなされるときは,使用者責任が肯定されるためには未成年者に責任能力があったことが前提となるため,責任能力ありとされる年齢が低くなりやすいといわれる。なお,民事訴訟上は行為当時,責任無能力であったことを被告が立証しない限り責任能力はあったものとして取り扱われる。
→不法行為
執筆者:錦織 成史
犯罪が成立するためには行為が刑罰法規に該当し,違法であることのほかに,その行為について行為者を非難できなければならない。この第3の要件が責任であり,責任能力とはこの責任非難を受けうる能力である。責任能力は犯罪行為のときに要求され,刑の執行のときに要求される刑事訴訟法上の受刑能力とは異なる。現行刑法は消極的に,犯罪不成立となる責任無能力と責任能力が著しく減弱しているために刑が減軽される限定責任能力を規定する。14歳未満の者は責任無能力である(刑法41条)。精神障害者については,心神喪失者は責任無能力となり(39条1項),心神耗弱(こうじやく)者は限定責任能力となる(同条2項)。判例によれば,心神喪失とは精神の障害により自己の行為の理非善悪を弁識できず,または理非善悪を弁識してもそれに従って行動を制御できない精神状態をいう。心神耗弱はこの能力が著しく減弱した場合である。精神病,意識障害,精神遅滞等を主とするこの精神の障害という要素を生物的要素と呼び,弁識能力および制御能力の欠如という要素を心理的要素と呼ぶ。外国の立法例には生物的要素だけによる生物学的方法を採用するものもあるが,日本の現行刑法は両要素を必要とする混合的方法によっている。責任能力は法律上の観念であり,裁判官は精神鑑定を命じないで判断してもよく,また精神鑑定の結果にも拘束されないとされている。しかし多くの場合には精神鑑定の結果が採用されている。また,裁判官が精神医学の理論からあまりにかけ離れた判断をすれば,経験則違反として上訴審で破棄事由となる。
執筆者:林 美月子
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刑事責任を問いうるためには、行為者が責任非難を課しうる一定の人格的適性を有しなければならない。これが責任能力であり、責任の前提(条件)または要素とされる。ただ、責任能力の意義については、責任の本質をめぐる道義的責任論と社会的責任論との対立を反映して、次のような二つの立場がある。道義的責任論では、責任能力とは有責行為能力、すなわち、道義的非難を前提として、是非善悪を判断しうる能力(是非弁別能力)とその弁別に従って自らの行動を制御しうる能力(行動制御能力)であるとされるのに対して、社会的責任論の立場からは、刑罰に適応しうる能力(受刑能力または刑罰適応性)であると解される。責任能力の判断方法に関しては、諸外国の立法例をみると、精神病理学的観点から正常か異常かを判断する生物学的方法、行為時での行為者の是非弁別能力と行動制御能力とを判断する心理学的方法、両基準を併用する混合的方法、の3種がある。
日本の刑法は、責任能力に関し、「心神喪失者の行為は、罰しない」(39条1項)、「心神耗弱(こうじゃく)者の行為は、その刑を減軽する」(39条2項)と規定するにとどまり、その定義や判定方法について明言していない。ただ、判例は、心神喪失(責任無能力)につき、たとえば「精神の障害により事物の理非善悪を弁識する能力なく、また、この弁識に従って行動する能力なき状態」などと定義しており、前述の混合的方法によっているものと考えられ、通説もおおむねこのような判例の考え方に従っているものと思われる。このような見解によれば、責任無能力とは、精神の障害によりこの能力を欠く場合であり、限定責任能力(心神耗弱)とは、この能力が著しく減弱している場合であることになる。なお、「精神の障害」とは、精神病、知的障害のような継続的なもののほか、酩酊(めいてい)、薬物中毒、催眠状態のように一過性のものも含む、と解されている。
さらに、現行刑法は、責任能力に関し、「14歳に満たない者の行為は、罰しない」(41条)という規定を設けている。これは、14歳未満の者は精神の発育が未熟であるため、是非弁別能力や行動制御能力が不十分であるばかりでなく、このような年少者を処罰するとその心神の健全な発達に悪影響を及ぼすという政策的判断に基づく。
[名和鐵郎]
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出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
…1485年(文明17)の有名な山城国一揆で,集会する男子は〈上ハ六十歳,下ハ十五六歳〉とあって,15~16歳から60歳の男子が成人として国一揆に参加していることがわかる。荘園村落で百姓申状や起請文(きしようもん)が作成される場合,文書に署判を加える資格は,烏帽子着を終えた15歳以上の男子とされており,罪を犯した者は,15歳に達しているか否かが,責任能力の有無を決定し,刑罰のあり方を変えるのであった。成年通過儀礼【仲村 研】。…
…いずれにしても各国の立場の決定は,法規範の創造に裁判所がどのように関与するかといった機能分担のあり方にも関係しつつ,各国の歴史的事情の影響のもとに行われたものである。
[要件]
支配的な学説によれば,(1)行為の違法性,(2)行為と相当因果関係(〈因果関係〉の項参照)にある損害の発生,(3)加害行為者の故意または過失,(4)加害行為者の責任能力という四つの点(要件)が充足されれば不法行為が成立し,被害者に損害賠償請求権が与えられる(効果)。行為の違法性という要件は,民法709条の〈他人ノ権利ヲ侵害〉という文言を不法行為の成立要件としては限定的すぎるとして解釈により拡張したものである。…
※「責任能力」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
各省の長である大臣,および内閣官房長官,特命大臣を助け,特定の政策や企画に参画し,政務を処理する国家公務員法上の特別職。政務官ともいう。2001年1月の中央省庁再編により政務次官が廃止されたのに伴い,...
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