責任能力(読み)せきにんのうりょく

日本大百科全書(ニッポニカ) 「責任能力」の意味・わかりやすい解説

責任能力
せきにんのうりょく

刑事責任を問いうるためには、行為者が責任非難を課しうる一定の人格的適性を有しなければならない。これが責任能力であり、責任の前提(条件)または要素とされる。ただ、責任能力の意義については、責任の本質をめぐる道義的責任論と社会的責任論との対立を反映して、次のような二つの立場がある。道義的責任論では、責任能力とは有責行為能力、すなわち、道義的非難を前提として、是非善悪を判断しうる能力(是非弁別能力)とその弁別に従って自らの行動を制御しうる能力(行動制御能力)であるとされるのに対して、社会的責任論の立場からは、刑罰に適応しうる能力(受刑能力または刑罰適応性)であると解される。責任能力の判断方法に関しては、諸外国の立法例をみると、精神病理学的観点から正常か異常かを判断する生物学的方法、行為時での行為者の是非弁別能力と行動制御能力とを判断する心理学的方法、両基準を併用する混合的方法、の3種がある。

 日本の刑法は、責任能力に関し、「心神喪失者の行為は、罰しない」(39条1項)、「心神耗弱(こうじゃく)者の行為は、その刑を減軽する」(39条2項)と規定するにとどまり、その定義や判定方法について明言していない。ただ、判例は、心神喪失(責任無能力)につき、たとえば「精神の障害により事物の理非善悪を弁識する能力なく、また、この弁識に従って行動する能力なき状態」などと定義しており、前述の混合的方法によっているものと考えられ、通説もおおむねこのような判例の考え方に従っているものと思われる。このような見解によれば、責任無能力とは、精神の障害によりこの能力を欠く場合であり、限定責任能力(心神耗弱)とは、この能力が著しく減弱している場合であることになる。なお、「精神の障害」とは、精神病、知的障害のような継続的なもののほか、酩酊(めいてい)、薬物中毒、催眠状態のように一過性のものも含む、と解されている。

 さらに、現行刑法は、責任能力に関し、「14歳に満たない者の行為は、罰しない」(41条)という規定を設けている。これは、14歳未満の者は精神の発育が未熟であるため、是非弁別能力や行動制御能力が不十分であるばかりでなく、このような年少者を処罰するとその心神の健全な発達に悪影響を及ぼすという政策的判断に基づく。

[名和鐵郎]

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「責任能力」の意味・わかりやすい解説

責任能力
せきにんのうりょく
Zurechnungsfähigkeit

違法な行為についての法律上の責任を負担するための前提となる能力。 (1) 民法上,幼児,小児,心神喪失者などの責任能力のない者は他人に加えた損害について賠償義務を負わない (712~713条) 。この場合の責任能力は行為能力と異なり画一的に定められるのではなく,各人につき具体的に能力の有無が判断されるが,その程度は意思能力に比べてやや高度である。ただし,判例ではその事件での監督義務者 (714条) や使用者 (715条) の責任の成否と相関的に責任能力の有無が判定される傾向があり,かなりの幅がみられる。責任能力は故意過失の判断の前提として要求されるものであり,無過失責任の認められる場合には,理論的には,責任能力のない者にも賠償義務が生じる。また過失相殺についても,判例は一般の責任能力よりも低い年齢でこれを認めている。

(2) 刑法上,自己の行為の結果につき,その是非を弁別し,規範に従って行動を制御しうる能力をいう。刑法は責任能力の存在を犯罪成立の要件とし,それを行為時に要求する。したがって受刑能力とは異なる。精神の障害により自己の行為の是非につき弁別しえないか,またはその弁別に従って行動できない者は責任無能力者とされ,処罰の埒外におかれる。心神喪失者,刑事責任年齢未成年者がこれにあたる (39条以下) 。これに対し心神耗弱者は限定責任能力者とされる。

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百科事典マイペディア 「責任能力」の意味・わかりやすい解説

責任能力【せきにんのうりょく】

その行為について責任を負わしめるに必要な能力。民法上は,行為の責任を弁識するに足りる知能,すなわち単に道徳的に悪いということだけでなく,損害賠償責任が生ずることを知る知能と解されている。意思能力よりやや高度で,未成年者では大体12歳前後から責任能力があるとされている。これを欠く未成年者または心神喪失者は不法行為による損害賠償責任を負わない。刑法上は,判例・通説では犯罪能力と解され,是非善悪を弁別し,その弁別に従って行動する能力であるとされている。刑法はこれを積極的に規定せず,14歳に満たない者の行為は罰しない,心神喪失者は罰しない,心神耗弱者は刑を減軽するなどと,消極的に規定している。→行為能力
→関連項目間接正犯

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デジタル大辞泉 「責任能力」の意味・読み・例文・類語

せきにん‐のうりょく【責任能力】

失敗損失に対し、きちんと責任を果たす能力。
民法上、行為の責任を弁識(理解)しうる能力。
刑法上、行為の是非を弁別(判断)し、またはそれに従って行動しうる能力。

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精選版 日本国語大辞典 「責任能力」の意味・読み・例文・類語

せきにん‐のうりょく【責任能力】

〘名〙 違法な行為による民事責任または刑事責任を負担できる能力。民法上の未成年者、刑法上の一四歳未満の者などは、この能力がないとされる。

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世界大百科事典 第2版 「責任能力」の意味・わかりやすい解説

せきにんのうりょく【責任能力】

人が行為する際に,その行為が法律上許されないことを弁識しえなかったとすれば,その人にはその行為の実行を思いとどまることはできないであろう。それゆえ行為について人の法的責任を認めるためには,行為者の故意・過失とともに,行為当時において行為者が自己の行為の法上の責任を弁識しうる能力を有していたことを要するものと解すべきことになる。この能力を責任能力といい,責任能力は民法上の不法行為責任および刑法上の責任の要件の一つとなっている。

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世界大百科事典内の責任能力の言及

【元服】より

…1485年(文明17)の有名な山城国一揆で,集会する男子は〈上ハ六十歳,下ハ十五六歳〉とあって,15~16歳から60歳の男子が成人として国一揆に参加していることがわかる。荘園村落で百姓申状や起請文(きしようもん)が作成される場合,文書に署判を加える資格は,烏帽子着を終えた15歳以上の男子とされており,罪を犯した者は,15歳に達しているか否かが,責任能力の有無を決定し,刑罰のあり方を変えるのであった。成年通過儀礼【仲村 研】。…

【不法行為】より

…いずれにしても各国の立場の決定は,法規範の創造に裁判所がどのように関与するかといった機能分担のあり方にも関係しつつ,各国の歴史的事情の影響のもとに行われたものである。
[要件]
 支配的な学説によれば,(1)行為の違法性,(2)行為と相当因果関係(〈因果関係〉の項参照)にある損害の発生,(3)加害行為者の故意または過失,(4)加害行為者の責任能力という四つの点(要件)が充足されれば不法行為が成立し,被害者に損害賠償請求権が与えられる(効果)。行為の違法性という要件は,民法709条の〈他人ノ権利ヲ侵害〉という文言を不法行為の成立要件としては限定的すぎるとして解釈により拡張したものである。…

※「責任能力」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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