精神の障害により、是非の弁別能力または行動を制御する能力を欠くことをいう。刑事責任を問いうるためには、行為者に責任非難を課しうるだけの人格的適性を有しなければならず、これが欠ける場合には、責任無能力者の行為として、責任が阻却される(刑法39条1項)。現行刑法は、責任無能力の場合として、この心神喪失、刑事未成年者(14歳未満)、の2種を規定している(同法41条)。このうち、心神喪失は、精神病理学および心理学の観点から、判例は、「精神の障害により事物の理非善悪を弁識する能力なく、また、この弁識に従って行動する能力なき状態」などと定義している。これに対して、事物の是非について弁別する能力が著しく劣っている場合を心神耗弱(こうじゃく)とよぶ。
心神喪失にあたるか否かは、精神科医の精神鑑定を参考にして、裁判所が判断することになるが、実務では、明らかに心神喪失と判断される場合には、その多くが不起訴とされる。民法上、心神喪失の常況にある者(ただし、民法条文中の「心神喪失」という用語は差別的な印象を与えるとして、1999年の民法改正により「事理を弁識する能力を欠く常況」という表現に改められた)は、後見開始の審判(旧民法の禁治産の宣告)を受けることがあり、その者(成年被後見人)は法律行為を行うことはできず、なされた行為は取り消せる。ただし日用品の購入その他日常生活に関する行為については、成年被後見人の自己決定権を尊重させるため、取消しの対象から除外されている(民法7条・9条)。
[名和鐵郎]
精神機能の障害のために,利害得失・是非善悪を判断できないか,判断はできてもその判断に従って意思決定できないという,意思能力を欠く状態をさす概念。旧民法(1890公布。民法典論争のため施行されずに終わった)人事編222条に禁治産の原因として規定されたのが,この概念の用いられた始まりのようである。現行民法上では,禁治産の原因(民法7条)および不法行為責任を免れさせる事由(713条)として,刑法上では,刑事責任を免れさせる事由(刑法39条1項)として,それぞれ規定されている。禁治産の原因としては心神喪失の〈常況〉にあること(精神病によるなど)を要するが,不法行為責任・刑事責任を免れさせる事由としては一時的なもの(たとえば泥酔など)でもよい。ただし,故意に(不法行為責任との関係では過失による場合も同じ)一時的な心神喪失を招いた場合には免責されることはない。
→禁治産者 →心神耗弱(こうじゃく)
執筆者:須永 醇
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…この能力を責任能力といい,責任能力は民法上の不法行為責任および刑法上の責任の要件の一つとなっている。
[民法]
心神喪失の間に他人に損害を与えた者は賠償責任を負わない(故意・過失によって一時の心神喪失を招いた場合を除く。民法713条)。…
※「心神喪失」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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