中国に発し,朝鮮,日本でも歴史的に用いられた語で,豪族などの私賤民や隷属的集団をさすが,その内容は異なる。
部曲の語は本来人間集団の組織を意味し,とくに軍隊組織において大隊を部といい,中隊を曲といった。部曲と連称すれば軍団の意となる。こうした語法は漢代から魏晋南北朝に至る時代,一貫して変わらないが,北周ころから私賤民の一呼称として用いられ,唐代にはそうした用法が定着し,唐およびその前後に多く見られる。その理由については諸説があるが,浜口重国説によれば,魏晋南北朝時代には主家に依存して生活する各種の客が生み出され,そこから良人と奴婢の中間に上級賤民ともいうべき身分層を形成した。その中に主家の家兵として軍事に従う者があり,それを部曲とよんだことから,部曲の語が賤民を意味するようになった。部曲は男子の呼称で,女子を客女というのは主家から衣食の供給を受けて隷従する,いわゆる衣食客に由来するという。唐代法上の部曲・客女は,独立した戸籍をもたず主家に附籍され,移転の自由がなく,罪を犯した場合良人よりも刑が重かったが,一方奴婢とは異なって財産とみなされないので売買の対象とはならず,良人の女をめとることができた。その来源は良人からの転落もあったが,奴婢の解放によるものもあった。部曲の主家における労働は,軍事,農耕,紡織,家事など多岐にわたった。上級賤民である部曲身分の形成は,魏晋南北朝時代,社会全体に人格的な隷属関係が広がったことと深くかかわっており,良人以上が貴族制的身分制に支配されたことと表裏している。唐代以後,交換経済の発展を背景として人間関係が人格的な関係から契約的なそれへ移行してゆくと,部曲制もすたれてゆき,これに代わって雇用労働が盛んとなった。主と客の関係を起源とする部曲制は,土地所有関係が強い契機となる農奴制と同一視できない面をもっている。
執筆者:谷川 道雄
古代において,豪族の領有する民を民部,部曲と記し,カキベ,カキノタミとよんだが,カキとは区画することで,領有者の名を付して,その集団を支配することを意味し,もともと地方で家をなし,自営の農業を営んでいたものを,集団として中央貴族の支配下に編入したものである。大化改新によって,部曲は公民とされ,氏姓をあたえられ,戸籍に編付された。
→部民(べみん)
執筆者:平野 邦雄
新羅・高麗時代に良民より劣るとされた身分の人間が住んだ行政区画を意味する。新羅時代の部曲の実体は史料不足でわからないが,高麗時代には郡・県の住民は良民,部曲や郷・所・津・駅などの住民は良民より低い身分の人間で,行政区画と身分制度が結合していた。部曲人は国学への入学や出家して僧となることが禁じられ,刑罰は良民より重かった。部曲人は代々その身分を継承し,郡県民(良民)とのあいだに生まれた子は部曲人になった。部曲の規模は郡や県より小さいとはかぎらず,より大きいものもあった。その数は郡・県より多かったらしい。郡・県の住民が反逆などの大罪を犯すとその地域は部曲におとされ,逆に部曲人が大功をたてるとその部曲は郡・県に昇格され,住民は良民の身分を与えられた。高麗の中期以降,部曲はしだいに廃止され,李朝になるとごく一部を残してほぼ全部が消滅し,郡県民に吸収された。
→賤民
執筆者:旗田 巍
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字通「部」の項目を見る。
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大和(やまと)王権の豪族私有民。「かきのたみ」「うじやつこ」ともいう。「かき」は限られた区画の意味で、発展的に豪族の領有下にある民を他と区別して「かきのたみ」とよび、部民制施行により「かきべ」と称したのであろう。部曲の字は中国南北朝では私家の下僕を意味し、唐では賤民(せんみん)、新羅(しらぎ)では賤民の居住区域をさすが、これがわが国では豪族私有民の意に用いられたのである。部曲は豪族の氏(うじ)の名を負うが、物部(もののべ)や中臣(なかとみ)部は伴造(とものみやつこ)である物部氏や中臣氏の職務遂行のために設けられた部で、したがって品部(しなべ)的要素が強い。蘇我(そが)部などの非伴造系諸氏の部曲も、これらの諸氏が朝廷の各職務分野に進出する過程で領有を認められた部と推定されるから、部曲は純粋な私有民ではなく、最終的には朝廷に帰属する部としての性格を有する。部曲は646年(大化2)の改新の詔(みことのり)で廃止され公民とされたが、その後天武(てんむ)朝(673~686)まで豪族の私民的支配は継続したようである。
[加藤謙吉]
『平野邦雄著『大化前代社会組織の研究』(1969・吉川弘文館)』
中国古代の私家に属する「賤民(せんみん)」の一種。女性の部曲は客女(きゃくじょ)という。南北朝末期に一つの身分として成立し、唐代まで存在した。最下層の奴婢(ぬひ)と同じく独立した戸籍をもつことができず、均田法による土地の班給も受けられず、世襲的に主家に隷属した。ただし奴婢と違って、公式には売買されず、家族をもち、姓を有するなど、法的な扱いでは奴婢の上位に置かれる、いわば上級賤民であった。由来については諸説がある。まず、部曲の語が、元来、軍隊編成にかかわるものであったことからみて、南北朝期に私兵として活躍した奴婢が上昇したものとする説。また衣食に窮して他家に養われるに至った者が下降したとする説。奴婢に没落した者が不完全な形で解放されたことから生まれたとする説などである。唐代の法律には詳細な部曲に関する規定がある一方、具体的な姿を記す史料に乏しく、新出土のトゥルファン文書の研究など、課題は多く今後に残されている。
[尾形 勇]
『濱口重国著『唐王朝の賤人制度』(1966・東洋史研究会)』▽『堀敏一著『均田制の研究』(1975・岩波書店)』▽『尾形勇著『中国古代の「家」と国家』(1979・岩波書店)』
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「うじやつこ・かきのたみ・かき」とも。令制以前に豪族の支配下にあった隷属民。646年(大化2)の改新の詔において廃止が宣言されたが,実際には675年(天武4)に廃された。その間,664年(天智3)の甲子の宣(かっしのせん)で家部(やかべ)とともに定められた民部(かきべ)は部曲のことで,豪族の私的支配下にあった部曲が,このときはじめて朝廷に把握されることになったと考えられる。部曲は廃止された後,律令制下では公民とされた。なお中国にも部曲(ぶきょく)という私的隷属民が存在したが,日本とは違い賤民身分であった。
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もと秦漢で集団の隊伍をさしたが,漢末以降官私の軍隊,兵士を意味する語となり,さらに北朝末から隋唐では私家に属する特殊身分を意味するに至った。すなわち北周で奴婢(ぬひ)を解放したのち,主人の家に留まるものを部曲と呼び,唐の法律ではこれを奴婢より上級だが良民とは異なる賤民とした。奴婢のように売買はされないが,その労働は奴婢と同じに無償であった。
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…部は,中国・朝鮮などにもひろく存在した社会制度で,日本の部の制度も,それらの影響下に成立したと思われる。中国では漢・魏から唐代にかけて,豪族のもとに部曲(ぶきよく)とよばれる集団が隷属し,その内容も軍伍→私兵→私賤というように変化したが,奴婢よりは上位の身分とされた。朝鮮では統一新羅から高麗末まで,行政区画として州・郡・県の下部組織に郷とならび部曲があった。…
…ところが,南北朝から唐代にかけて新しい賤民=不自由民が現れてきた。部曲(ぶきよく)である。奴婢はいわゆる奴隷であるが,部曲は奴隷と良民の中間にあり,農奴serfに近い存在であった。…
… 唐律は社会における階級秩序の維持を眼目とする点で封建的であり,官長と部下,良民と賤民との相互間の犯罪に差等をつけた詳細な規定があること,家族の尊長と卑幼間の場合に似通う。奴婢と部曲はいずれも主人に隷属する不自由な賤民であり,部曲が良民をなぐるときは普通よりも1等重く,奴婢の場合は2等重く罰せられるだけであるが,もし部曲奴婢が主人をののしっただけでも流刑に処せられる。これに対し主人は広範な懲戒権をもち,部曲奴婢を殴打しても死に至らなければ罰せられず,罪のない奴婢部曲を殺せば徒一年,罪がある場合は官司に請うて殺すことができ,無断で殺すときは杖一百と定める。…
…部は,中国・朝鮮などにもひろく存在した社会制度で,日本の部の制度も,それらの影響下に成立したと思われる。中国では漢・魏から唐代にかけて,豪族のもとに部曲(ぶきよく)とよばれる集団が隷属し,その内容も軍伍→私兵→私賤というように変化したが,奴婢よりは上位の身分とされた。朝鮮では統一新羅から高麗末まで,行政区画として州・郡・県の下部組織に郷とならび部曲があった。…
※「部曲」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
年齢を問わず、多様なキャリア形成で活躍する働き方。企業には専門人材の育成支援やリスキリング(学び直し)の機会提供、女性活躍推進や従業員と役員の接点拡大などが求められる。人材の確保につながり、従業員を...
10/29 小学館の図鑑NEO[新版]動物を追加
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