南海道(読み)なんかいどう

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

南海道
なんかいどう

延喜式』による五畿七道の一つ。紀伊淡路阿波讃岐伊予土佐の6国の国府を通る道をいい,同時にこれら各国の総称。現在の四国和歌山淡路島の範囲である。畿内より南の海域へ下る道であることから命名されたといわれる。

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世界大百科事典 第2版の解説

なんかいどう【南海道】

古代の地方行政区画の七道(五畿七道)の一つ。《西宮記》では〈ミナミノミチ〉〈ミナミノウミノミチ〉と読んでいる。畿内の南西に位置し所属国の大部分が瀬戸内海に臨む地域であるため,内海交通の活発とあいまって大和朝廷の時代から重要な地域であった。685年(天武14)に南海使者として路迹見(みちのとみ)派遣のことがみえるので,この道の成立時期は天武朝末年とみられる。《延喜式》では紀伊,淡路,阿波,讃岐,伊予,土佐の6国が所属するが,阿波以下のいわゆる四国と,紀伊,淡路はそれぞれ異なる性格を持っていたようで,719年(養老3)の按察使(あぜち)管国のさい,阿波,讃岐,土佐の3国は伊予守の管轄下に置かれたが,淡路は播磨守の管理下に属し,また721年紀伊は大倭(やまと)守の管理となっている。

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大辞林 第三版の解説

なんかいどう【南海道】

律令制における七道の一。紀伊・淡路・阿波・讃岐・伊予・土佐の六国よりなる。および、それらを結ぶ幹線道路をもいう。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

南海道
なんかいどう

古く京畿(けいき)の南方、太平洋に臨む行政区域で、紀伊、淡路、阿波(あわ)、讃岐(さぬき)、伊予、土佐の六か国をさし、その道筋をもいう。『日本書紀』は、仲哀(ちゅうあい)天皇の2年、天皇が「南国」を巡狩(じゅんしゅ)し、紀伊国に到り徳靭津(ところつ)宮(和歌山市新在家(しんざいけ))に居たとし、さらに685年(天武天皇14)六道への使節派遣に際して、路真人迹見(みちのまひととみ)を「南海」への使者にしたと記している。この南国・南海が南海道を意味するか否かは判然としないが、700年(文武天皇4)ごろ七道の制が定まって以降、前記六か国が管轄されるようになった。『延喜式(えんぎしき)』は、紀伊・淡路を近国、阿波・讃岐を中国、伊予・土佐を遠国(おんごく)としている。なお、南海道の道筋は小路(しょうろ)で、各駅には馬五疋(ひき)を定置した。[丸山雍成]
『『古事類苑 地部一』(1970・吉川弘文館)』

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精選版 日本国語大辞典の解説

なんかい‐どう ‥ダウ【南海道】

律令制の行政区画、五畿七道の一つ。紀伊・淡路・阿波・讚岐・伊予・土佐の六か国の称。畿内の南にあって海に沿う諸国をさした。また、その地域の幹線道路をもいう。
※続日本紀‐大宝三年(703)正月甲子「従七位上小野朝臣馬養于南海道」

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世界大百科事典内の南海道の言及

【駅伝制】より

…中央から辺境にのびる道路にそい,適当な間隔で人・馬・車などを常備した施設すなわち駅を置き,駅を伝わって往来する交通・通信の制度。世界史上,前近代に広大な地域を支配する中央集権国家が成立すると,外敵の侵入や国内の反乱に直ちに対処するばあいを含め,支配維持のために中央と地方とを常時連絡する手段が必要となり,さまざまな形態の駅伝が制度として定められるのが一般であった。このように駅伝制はもともと前近代における支配手段の一種であったから,国家の管理下に置かれて民間の自由な利用は許さないのが原則であり,また国家権力の解体とともに衰退していった。…

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