間人(読み)モウト

デジタル大辞泉 「間人」の意味・読み・例文・類語

もうと〔まうと〕【人】

《「もうど」とも》
中世の村落で、住み着いてから年月が浅く、正式な村の住人としての権利を認められていない者の称。
武家の召使いの男。中間ちゅうげん
近世、本百姓に対し土地を持たない農民。

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精選版 日本国語大辞典 「間人」の意味・読み・例文・類語

もうとまうと【間人】

  1. 〘 名詞 〙
  2. 中世の荘園制で、平民百姓の最下層に当たる農民で、村落農民のうちでも新しくはいって来たもの。荘園内の領主直営地の一色田や名田の一部を請作(うけさく)した。乞食・非人・散所(さんじょ)などとともに賤民とみられることがあった。
    1. [初出の実例]「ちけの中人・まうとの人々にをいては、三つあゆにてありとも、しもにつくへし」(出典:今堀日吉神社文書‐応永一〇年(1403)二月日・座公事掟状案)
  3. 武家の召使の男。中間(ちゅうげん)
    1. [初出の実例]「間人成敗之時者、其家財宝共々可被召上」(出典:長宗我部氏掟書(1596)七九条)
  4. 近世、本百姓に対して土地を持たない農民。水呑百姓

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改訂新版 世界大百科事典 「間人」の意味・わかりやすい解説

間人 (もうと)

日本の中世および近世に見られる被支配者身分の一つ。〈亡土〉とも書き,〈もうど〉ともよむ。中世の農村においては,住人百姓によって構成される村落共同体の正式の構成員になれない農民をいう。間人の特徴の一つは,浮浪性の強い点である。15世紀末の若狭太良荘(たらのしよう)では,〈昨日今日地下(じげ)に在付(ありつき)候やうなるまうと(間人)〉といわれている。そこから流浪の旅芸人などとも近い関係にあった。14世紀初頭の太良荘に大門傔仗なる間人がいたが,彼の家には荘内をあるきまわって乞食をする盲目法師が寄宿していた。非人の宿のような役割をはたしていたもので,そこからは間人自身が賤民に近い存在だったことがうかがわれる。しかし下人,所従のように特定の主人に隷属していたわけではなく,身分的には自由な存在だった。経済的にもかならずしも貧窮なものばかりではなく,1295年(永仁3)の美濃国大井荘には,5町以上の土地を保有し,某殿と敬称をつけてよばれる間人もいた。間人は漁村にもいて,12世紀初頭の摂津国長洲御厨(ながすのみくりや)には,京都の賀茂御祖(かもみおや)神社の神人(じにん)300人のほかに間人200人が居住していた。この場合の間人も,定数のきまった神人集団の正式構成員になれない漁民のことで,農村の場合に異ならない。近世では,阿波,土佐,周防,長門,隠岐などに間人百姓,亡土百姓,間脇(まわき)などという身分が存在する。本百姓よりは下,名子(なご),下人よりは上の身分といわれ,賦役負担においては,阿波の間人百姓は本百姓の2分の1,名子,下人は3分の1と定められていた。村寄合(よりあい),宮座などにおいて発言権がないなど,権利を制限されていることが多く,やはり中世の場合と同じく村落共同体の正式構成員とはみなされていなかったのである。
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日本大百科全書(ニッポニカ) 「間人」の意味・わかりやすい解説

間人(もうと)
もうと

中世村落において、そこに居住はしているがまだ住み着いてからの歳月が浅く、完全な村落成員(住人)としての権利を与えられていない人をいう。浮浪するか一時的に居住する浪人と住人の中間に位置する村落共同体における一つの身分である。13世紀中葉の若狭(わかさ)国太良荘(たらのしょう)(福井県小浜(おばま)市)では、間人が家をもち乞食(こじき)の盲目法師を寄宿させており、15世紀前半の丹波(たんば)国多紀(たき)郡主殿(とのも)・犬甘保(いぬかいほ)(兵庫県丹波篠山(ささやま)市)では、鍛冶(かじ)と紺屋(こうや)が間人と称されていた。15世紀後半の太良荘の史料に「昨日今日この地に住みついたような間人」という侮蔑(ぶべつ)的な表現がみられ、間人が新参の住民であることがわかる。

[峰岸純夫]


間人(京都府)
たいざ

京都府京丹後(きょうたんご)市丹後町の中心地区。旧間人町。地名は聖徳太子の母穴穂部間人(あなほべのはしひと)皇女に由来すると伝えるが、訓(よ)みについてはさだかでない。日本海に注ぐ竹野川河口に位置し、江戸時代には日本海航路の港津(こうしん)としてにぎわい、奥丹後3郡の物資中継地であった。農家副業として丹後縮緬(ちりめん)機業が盛んである。また、間人港で水揚げされたマツバガニは「間人ガニ」として知られている。

織田武雄

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山川 日本史小辞典 改訂新版 「間人」の解説

間人
もうと

「もうど」とも。中世荘園公領制下での名主の対極に位置する新参の下層民の身分呼称。荘園村落では一色田(いっしきでん)や名田の耕作などに従事し,宮座や寄合などにおいて差別待遇をうけた。寺社や武家の下部の一部も間人という。近世では,おもに西日本で本百姓から排除された下層身分として存在した。高(たか)をもたず,門役・家役などの負担に差があり,村落内の諸権利に制約を受けた。地域により間脇(まわき)・間男・亡土・間人百姓・間百姓などとよばれた。

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「間人」の意味・わかりやすい解説

間人
たいざ

京都府北西部,京丹後市の地区。地名は,聖徳太子の母穴穂部間人皇女 (あなほべのはしひとのこうじょ) が,乱を避けこの地に滞在し,のちに退坐したことによる。丹後半島北岸の小さな入江に面し,漁業が盛んで,かつては朝鮮近海にまで出漁していたこともあるが,現在は沿岸漁業が主。丹後縮緬の機業を行なう家も多い。城島の景勝地がある。

間人
もうど

「もうと」とも読み,亡土とも書く。鎌倉~室町時代では名主 (みょうしゅ) より身分が低く,江戸時代では本百姓より身分の低い,田地をもたない下層農民をさした。ただし江戸時代では西南日本に多く,鎌倉~室町時代の名残りとされる。

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旺文社日本史事典 三訂版 「間人」の解説

間人
もうど

江戸時代の隷属農民
「亡土」「間男」などとも書き,古代の良・賤民の中間,または田地を所有しない階級の意。江戸時代,無高で高持百姓に隷属し,村の祭や寄合などに参加する権利がなく,夫役負担も軽かった。身分が固定したため,高持になっても身分を脱することは困難で,一般に水呑百姓といわれた。

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普及版 字通 「間人」の読み・字形・画数・意味

【間人】かんじん

ひま人。

字通「間」の項目を見る

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世界大百科事典(旧版)内の間人の言及

【人名制】より

…人名株を持たぬ者は毛頭(もうと)と呼ばれ,役負担のない代りに田畠・漁場の領知権は認められていなかった。毛頭は耕地を持たぬ無高百姓をさす間人(もうと)と同義であろう。本島の小坂浦は人名株を持たぬ毛頭のみの純漁村で,漁業税等を納入して漁業を営んでいたが,1868年(明治1)維新で人名の特権は解消したとして,人名諸浦と衝突,逆に焼打ちにあっている。…

※「間人」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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