限界生産力説(読み)げんかいせいさんりょくせつ(英語表記)theory of marginal productivity

日本大百科全書(ニッポニカ) 「限界生産力説」の意味・わかりやすい解説

限界生産力説
げんかいせいさんりょくせつ
theory of marginal productivity

生産要素に対する報酬すなわちその価格が、その限界生産力によって決定されるという分配理論。古くはチューネンらにも原形がみられるが、これを分配理論として体系化したのはウィックスティード、J・B・クラークらである。

 限界生産力説の問題は、各生産要素がその限界生産力に応じて報酬を受けたとき、すべての生産物が生産要素に分配し尽くされるかどうかという点にある。いまにおいて、生産要素を資本労働の二つだけとし、資本を一定として労働だけを増加していったとき、BCという労働の限界生産力曲線が得られ、また労働を一定として資本だけを増加していったとき、GHという資本の限界生産力曲線が得られる。労働をAD、資本をFIだけ雇用したとき、その限界生産力すなわちその価格は、それぞれCD、HIである。すると、の(1)のAECDという賃金総額がの(2)のJGHと、の(2)のFJHIという利子総額がの(1)のEBCと、それぞれ等しくないと生産物は分配し尽くされない。このような状態が成り立つのは、完全競争下で、かつ生産関数が特定な形(一次の同次関数)である場合に限られる。このような分配がある程度現実にみられると実証したものに、コブ‐ダグラス生産関数がある。

 この説は数学的に取扱いがやさしいので、近代経済学ではきわめて一般的に使用されているが、前述以外に問題も多い。(1)分配関係は、労働組合の存在や、雇用主側が経済的強者である場合など、完全競争でないことが多い、(2)生産関数もはたして一次同次であるのか、オイル・ショック時にみられたように原材料費が生産関数を変型してしまうことはないのか、(3)賃金に関しての(1)は、労働力の需要側を示すもので、供給はどうなっているのか、等々である。要するにこの理論は、分析のための第一次的接近法にすぎない。

[一杉哲也]


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改訂新版 世界大百科事典 「限界生産力説」の意味・わかりやすい解説

限界生産力説 (げんかいせいさんりょくせつ)

労働,土地,資本などの生産要素を使用して生産物を生産するとき,他の生産要素の量を一定にして,ある生産要素をもう1単位だけ増加することにより可能になる生産物の量の増加を,その生産要素の〈限界生産力〉と呼ぶ。そして,生産物は賃金,地代,利潤などのかたちで生産要素に分配されるが,それはそれぞれの生産要素の限界生産力によって決定されるという分配理論が,限界生産力説である。賃金,地代,利潤率などはそれぞれの生産要素の用役の価格であり,その需要供給の関係により決定されるが,生産要素に対する需要はその限界生産力によって決まる。たとえば,賃金にくらべて労働の限界生産力が高ければ労働の雇用は増加し,低ければ減少するであろう。したがって,生産要素の供給量が一定であれば,生産要素の用役の価格はその限界生産力によって説明されるということができる。ある生産要素の量が増加すると,その限界生産力は低下し,他の生産要素の限界生産力は上昇する。経済成長の結果として資本の蓄積が進むと,労働の限界生産力したがって賃金と,土地の限界生産力したがって地代が上昇する。これは第2次大戦後の日本経済の経験からも明らかであろう。ことに日本のように土地の狭い所では,経済成長の結果として地代,したがって地価が上昇するのは当然である。

 労働や土地は本源的生産要素であり,比較的同質であるといえ,人数,時間,面積などの物的単位で計ることが可能である。しかし,資本は生産された生産要素であり,その種類,形態もさまざまで非常に異質的であり,物的単位で計ることができないから,金額で計らざるをえない。ところが,資本の価格はその資本が稼得する利潤によって決まるので,金額表示の資本の限界生産力で利潤を説明することは,循環論法になることになる。事実,金額表示の資本の限界生産力が利潤率に一致しないことは古くから知られており,また最近のいわゆるケンブリッジ資本論争(資本論争)において強調された。したがって,資本の限界生産力というときは,資本の異質性を無視して同質性を仮定した大ざっぱな議論であると考えるか,資本を種類ごとに細かく分割して,それぞれ物的単位で表示したものの限界生産力を問題にしているのであると考えなければならない。
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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「限界生産力説」の意味・わかりやすい解説

限界生産力説
げんかいせいさんりょくせつ
marginal productivity theory

生産物の供給と生産要素に対する需要の決定に限界分析の手法を用いたもの。生産要素の価格決定と分配の理論を統一的に説明するフィリップ・ヘンリー・ウィックスティード,ジョン・B.クラーク,レオン・ワルラスらにより展開された。その内容は,ウィックスティードによると,完全競争のもとでは生産要素はその限界生産力に応じた報酬を受け取り,もし生産関数が規模に関して収穫不変のもとにあるならば,生産物総量は過不足なく各生産要素に分配されつくすというもの (完全分配の定理) である。ウィックスティードはこの後者の命題をオイラーの定理と呼ばれる数学の定理を用いて証明した。しかしこの生産関数の 1次同次性は,十分条件であって必要条件ではない。ワルラスとクヌート・ウィクセルによれば,平均費用曲線が U字型で最低点をもち,かつ企業の自由参入により,価格が平均費用の最低点に等しくなるならば,生産物総量は各生産要素へ分配しつくされる。 (→限界革命)

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百科事典マイペディア 「限界生産力説」の意味・わかりやすい解説

限界生産力説【げんかいせいさんりょくせつ】

労働,資本などの生産要素の社会全体における分配関係を説明しようとする理論。J.B.クラークが体系化。労働,土地,資本などの生産要素を使用して生産物を生産するとき,他の要素の量を一定にして,ある生産要素をもう1単位だけ増加することにより可能になる生産物の増加量をその生産要素の限界生産力と呼ぶ。資本を一定にしておいて,労働量を1単位ずつ増すごとに労働の生産物の増分すなわち労働の限界生産物は減少する。この一定の労働力の最終単位の限界生産力が一般的賃金水準を決定するというのが賃金の限界生産力説である。同様に,所与の資本量の最終単位の限界生産力が利子の大きさを決めるというのが利子の限界生産力説である。
→関連項目収穫逓減の法則生産力賃金説分配

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世界大百科事典(旧版)内の限界生産力説の言及

【ウィックスティード】より

…倫理学,社会学から経済学に関心をもつようになったが,W.S.ジェボンズの最終効用理論から出発して,それを〈限界効用marginal utility〉と呼びかえ,限界主義理論を展開したのが《経済学のアルファベット》(1888)である。のち《分配法則の統合に関する一試論》(1894)において,限界原理を生産要因の価格決定に応用し限界生産力理論(限界生産力説)を構成した。そしてこの理論が成立するための前提条件として,生産関数の一次同次性と完全競争とを指摘し,いわゆる完全分配問題の解決に貢献した。…

【賃金】より

賃金形態賃金構造賃金体系
【理論・学説】
 学説史上の主要な賃金決定理論は,大きく分けると四つある。(1)18世紀後半から19世紀前半において支配的であった賃金生存費説,(2)19世紀中葉の賃金基金説,(3)19世紀から20世紀の交に現れた限界生産力説,(4)そして主に20世紀に入ってから主張されはじめた交渉力説,の四つである。これら4学説は決して相互に排反的ではなく,賃金決定の異なった側面に注目しており,むしろ相補う性質のものと考えたほうがよいであろう。…

【分配理論】より

… 分配理論の定説といえるものは今日でもない。新古典学派の限界生産力説,M.カレツキの独占度説,ケインズ学派の投資先行説などが有名である。以下,この三つの説を簡単に説明する。…

※「限界生産力説」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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