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餌香市 えがのいち

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百科事典マイペディアの解説

餌香市【えがのいち】

河内(かわち)を流れる餌香川(現在の石川)左岸にあった古代の市。所在地は確定できないが,現大阪府藤井寺市の国府(こう)とする説が有力。国府は石川の舟運のほか東西に大津道(のちの長尾街道),南北に東高野(こうや)街道が通る要所で,河内国府(国衙(こくが))が置かれていた。

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世界大百科事典 第2版の解説

えがのいち【餌香市】

日本古代の市の一つ。会賀,恵我とも記される。応神陵など恵我を冠する陵名や現存地名からみて,古くは藤井寺市羽曳野市北部一帯を広く〈恵我〉と称したと考えられる。餌香市はこの地域に所在したことは明らかであるが,より具体的には大津道丹比(たじひ)道の石川渡河点付近,すなわち現在の藤井寺市国府付近と羽曳野市古市付近の2ヵ所が考えられるが,にわかに決めがたい。《日本書紀》顕宗即位前紀の新室寿(にいむろほぎ)の詞章〈旨酒(うまさけ)餌香の市〉を,《釈日本紀》が高麗人(こまびと)が餌香市に来住して良酒を醸造したと注しているのは,この地域が古来渡来人の集住地であったことと関係する。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

餌香市
えがのいち

日本古代の市。『日本書紀』雄略(ゆうりゃく)天皇13年3月条に「餌香の市辺の橘(たちばな)の本(もと)」とあるので、海柘榴市(つばいち)の椿(つばき)、阿斗(あとの)桑市(くわのいち)の桑のごとく、橘の木が植えられていたのであろう。その所在地は、大阪府の藤井寺市、羽曳野(はびきの)市北部の古名「恵我(えが)」からみて、その範囲内にあたり、藤井寺市国府(こう)付近もしくは羽曳野市古市(ふるいち)付近が考えられる。770年(宝亀1)「会賀市司(えがのいちのつかさ)」が任命されたが、これは、前年に由義宮(ゆげのみや)(八尾市)を西京(さいきょう)としたのに伴い、餌香市を平城京の東西市(とうざいいち)に相当せしめたため、東西市の市司にあたるものとして置かれたのであろう。[栄原永遠男]

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世界大百科事典内の餌香市の言及

【市】より

…しかし,20世紀になると,新しい店舗が主要街路に沿ってつくられ,その比重が低下した。ギルド商人職人都市広場【坂本 勉】
【日本】

[古代]
 《日本書紀》《万葉集》などには,8世紀以前の市として〈餌香市(えがのいち)〉〈阿斗桑市(あとくわのいち)〉〈海柘榴市(つばいち)〉〈軽市(かるのいち)〉などがみえる。このうち〈海柘榴市〉は上ッ道,山辺道と横大路の交点付近に,〈軽市〉は下ッ道と山田~雷~丈六の道との交点付近など主要交通路の結節点に位置し,飛鳥の倭京の北東と南西にあって,これと密接な関係にあったらしい。…

※「餌香市」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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