デジタル大辞泉 「鬘」の意味・読み・例文・類語
かつら【×鬘】
[類語]かもじ・入れ髪・ウイッグ・ヘアピース・エクステンション
髪形を変えたり,扮装用にかぶる人工の髪。〈かずら〉ともいう。語源は髪葛(かみかずら)に由来するという説がある。日本の古代には,頭飾として男女とも五味(さねかずら),忍冬(すいかずら),葛蔓(くずかずら)など蔓草を頭に巻く風習があり,また蔓草だけでなく,花や葉,珠などを飾ることもあり,これを〈かずら〉と称した。《古事記》や《万葉集》には,〈花鬘〉〈菖蒲(あやめぐさ)鬘〉〈柳鬘〉〈日影鬘〉〈玉鬘(縵)〉などの名が見える。中世の猿楽の能の面とともに用いる鬘帯(かつらおび)は,この古代の風習を受け継いだものである。また狂言の女の扮装に頭部を巻き包む鬘巻(かつらまき)(桂包)などがあるが,もともとこの鬘巻スタイルは中世の女性が働くとき長い垂髪をまとめるために布で包み結んだもので,歌舞伎などにもこの風俗が残っている。
執筆者:橋本 澄子
能の代表的な鬘は女役に用いるもので,黒髪を中央から左右に分け,耳を隠すように後ろへなでつけて元結(もとゆい)で結ぶ。その上に鬘帯を締め,次に面をかける。この鬘を長く後ろに垂らしたものを長鬘(ながかずら)といい,天人または狂乱の女などに用いる。さらに長いかもじ(髢)を継ぎ足したものを長髢(ながかもじ)といい,《葵上》の小書〈空ノ祈(くうのいのり)〉などに用いる。また,《玉葛(たまかずら)》や《蟬丸(せみまる)》のシテ逆髪の宮のように鬘の毛を一握りほど分けて前へ垂らしたものを付髪(つけがみ)または乱髪(みだれがみ)という。老女の髪は姥髪(うばがみ)といい,毛髪が白または〈ごましお〉になるだけで,形はふつうの鬘と似ている。男役の鬘には《自然居士(じねんこじ)》《花月(かげつ)》などに用いる喝食鬘(かつしきかずら)がある。ふつうの鬘よりは後ろを長くして結び,鬘帯を用いない。老年の男には尉髪(じようがみ)と称する大きな髷(まげ)に結った髪を用い,色は黄ばんだ荒い毛で,折り曲げて前に向けた髻(たぶさ)の端が面の額をおおうのが特徴。能では,女役の鬘をもっとも狭義の鬘とし,姥髪・喝食鬘・尉髪をも含めて広義の鬘とする。なお仮髪の類には頭(かしら),垂(たれ)があるが,それらは鬘とは呼ばない。狂言で鬘を用いる役は,乙(おと)の面をかける女,《太鼓負(たいこおい)》《大般若(だいはんにや)》の巫女,《歌仙》の小町,《老武者》の稚児,能《邯鄲(かんたん)》のアイなどに限られ,姥髪・尉髪は用いない。
→能装束 →能面
執筆者:羽田 昶
慶長年間(1596-1615)に行われた能をまねた鬘帯をつけて,中古の女性の風俗を模したが,のち女歌舞伎,若衆歌舞伎が禁止されてからは,前髪を剃り落とした野郎頭(やろうあたま)の歌舞伎役者は,色気のない青頭を隠すためと,女性その他いろいろの役に扮するために,置き手ぬぐいや〈帽子〉を考案し,さらに色布を頭に巻きつけるなどのくふうをした。承応年間(1652-55)には前髪鬘を作るようになって女方の頭髪の形は大きく進歩した。この当時の男方は自分の頭髪を役柄に応じて結いなおしていた。その後,自分の髪の上に鬢鬘(びんかつら)をつけ,差込髷(さしこみまげ),付髪などがくふうされて各部分に変化をつけ,全体の形を変えることが考えられた。延宝年間(1673-81)には頭全体にはめ込む銅板台の頭型が発明され,これに毛を編んで作った蓑をつけて,ほぼ現代の鬘と同様なものができた。同時に役柄に応じた髪形が考案され,複雑多種になった。さらに1803年(享和3)には鬘の生えぎわをより自然に見せる,羽二重に毛を植え込んだものを生えぎわにはる方法がくふうされた。これが明治初年にはいっそう写実化されて今日の歌舞伎の鬘が完成した。
鬘を作るのは鬘師で,結いあげ形をつける床山(とこやま)とは完全に分業である。鬘師は薄い銅板を,男方,女方の原型によってだいたいの頭形に丸みをつけ,これを俳優の頭に合わせ,漆を塗って焼き,黒みをつけて〈さび〉を防ぐ。これが〈台金(だいかね)〉である。台金の形は,女方のものは原則的に一種であるが,男方には,鬘の後頭部の形態によって分類される〈油付(あぶらつき)〉(髱(たぼ)を油で固めて研ぎ出したもの。時代物の武士などに使う)と〈袋付〉(髱を結いあげた形のもの)の2系統があり,それぞれに甲羅物(こうらもの)(頭頂部のあるもの),すっぽり物(月代(さかやき)が青く塗ってあるもの),鬢物(びんもの)(鬢のところだけのもの)の3種類がある。これに半坊主,丸坊主を加えて計8種類の原形がある。この銅製の台金の生えぎわに毛を植え込んだ羽二重をはり,見えない部分には毛を編んで作った蓑をつけてざんばら髪の鬘を床山に渡す。床山はこれを役柄に合った前髪,鬢,髱,髷の各部分を結い,形を作る。興行中の保管,手入れ,俳優の頭への着脱は床山が行う。鬘に使う毛は原則的に人毛(本毛(ほんけ))であり,役々によって獣毛(カラ),絹糸なども使う。
歌舞伎の鬘は,刳り型,前髪,甲羅,鬢,髷,髱,付属品などが多様に組み合わせられて,細かい性格・役が分かれる。その数は女方で400種,男方では1000種に及ぶ。歌舞伎の鬘が外国のものと違って台金という固定型のものでできているのは,日本独特の複雑な美しい髪形をくずさないためであろう。ただし,歌舞伎の鬘の髪形は決してその時代の風俗を模したものではなく,結髪史的に考証された正しい形とは一致しない。歌舞伎独特の形にデフォルメされている。
執筆者:木村 雄之助
古代ギリシア劇では仮面に髪がつけられ,ローマ演劇にも引き継がれたが,近世演劇は人物の風俗考証を無視し,俳優はすべて同時代人の容姿で舞台に立ったから,演劇用の鬘も日常生活のそれに見合っていた。舞台で鬘がメーキャップの一部として重要性を担うのは,18世紀末に人物の風俗に時代考証を重んじ出してからである。つまり日常生活のなかで鬘が使われなくなるにつれ,演劇の鬘が意識されてくる。19世紀に演劇がリアリズムに向かって進むと,役柄の表現のために種々の髪形が要求された。初めは舞台照明の不備のため,かなり粗雑な鬘で通用していたが,19世紀後半から照明法が進歩し,電気照明に代わるや,すぐれた鬘の技術が要求されはじめる。20世紀には映画ついでテレビの発達に合わせて,鬘を本物らしく見せる技術は飛躍的に進歩した。たとえば,それまでの絹のリボンで鬘を額にとめて肌色にぬるやり方は,レースの縁に毛を植えつけて額にのりづけし,皮膚からじかに生えているように見せる方法となった。
執筆者:毛利 三彌
英語ではウィッグwig,ペリウィッグperiwigという。部分鬘と全鬘があり,部分鬘はヘアピースとも呼ぶ。人毛,羊毛,馬毛,亜麻布,ナイロンなどの化学繊維で作られる。鬘は古代エジプト,ペルシア,ローマなどですでに見られた。エジプトでは体毛を剃る習慣があり,灼熱の太陽から頭を保護するために頭髪を剃った王侯貴族の男女は,人毛を黒い網状の布などに植え,編んだり真っ直ぐに垂らした黒髪の鬘をつけた。オリーブ油などで作られた香油で手入れされた鬘は,とくにファラオ(王)の地位と権威,美を象徴するものとなった。金髪への憧れが最も強かったルネサンス期のイタリアでは染毛術が流行し,ベネチアでは,染料をつけた髪を屋根の上で日光にさらしたり,金髪の鬘をつけたりした。フィレンツェのカトリーヌ・ド・メディシスやスコットランド女王メアリー・スチュアートも鬘を用いたという。鬘の全盛期はルイ王朝時代で,フランス宮廷ではルイ13世が1620年代の初め,薄くなりかけた髪を隠すために用いたのが契機となって廷臣に広がり,18世紀には一般の女性,子どもにまで普及した。ルイ14世は公式行事には巻き毛の大きな鬘を,朝は小型のものというように家庭,狩猟,祝宴などによって使い分けた。鬘はとれやすく,シャンデリアにひっかかり宙に浮いた情景もよく見られた。ベネチアでは,あまりの流行に鬘の使用を禁止したり,鬘税をかけたりした。また自然の髪の色を人工的に変えることは神の教えに反するとして,カトリック教徒は鬘の使用に批判的であった。18世紀に奇抜な髪形が流行し,天井に届くほどの高い髪や帆船を頭上にのせた髪などが現れたが,技巧をこらした髪形は羊毛,馬毛などの入れ毛,髱,部分鬘などが用いられ,結髪師によって結われた。当時のパリの女性のなかには,1日に3回鬘で髪形を変えたものもいたという。鬘は髪を剃ってつけ,家庭では鬘を外して綿,麻,絹などで作られた縁無しの室内用帽子,〈ナイト・キャップ〉をかぶった。ルイ14世時代には鬘は最も大きくなったが,フランス革命前には小型の鬘が愛好されるようになっていた。ルイ王朝時代の貴族は,巻き毛のふさふさとした鬘と豪華な衣装をつけ,紅やおしろいで化粧し,髪と鬘にも小麦粉や米の粉などを混ぜ合わせた髪粉をふりかけた。ハイドンは,子どものころから鬘を離さなかったことで知られ,イギリスのS.ジョンソンやフランスのJ.J.ルソーは質素な鬘をつけていた。
鬘の形は多様で,巻き毛を真ん中から分け,両肩に豊かに垂らした大きなフルボトム,ショートヘアに両側を巻き毛にしたもの,辮髪風のピッグテール,髪粉が肩に落ち見苦しくなるのを防ぐために,後ろの髪を束ね,黒ベルベットなどの袋状のものの中へ包みこむ袋鬘,バッハの肖像に見られるスクエア・ウィッグなどがある。鬘の形は職業によっても定められ,御者や職人のは短く小さかった。鬘の流行は鬘師という職種を生み,ルイ14世は約40人の鬘師をかかえていたといわれる。17世紀後半には鬘師のギルドも形成された。フランスの鬘師の腕はとくに抜きん出ていて誇り高く,他国の職人に影響を与えていた。上質の鬘は人毛,馬毛,上質の羊毛などで作られたが,貧しい人びとは粗悪な羊毛,亜麻製のものをつけた。色についても金髪,黒,灰,亜麻,茶などが見られ,髪粉がふりかけられて白髪のように見えることもあった。櫛は必携とされ,手で毛をすくのは田舎者と見なされた。洗うことのできなかった鬘は不潔でシラミがわき,頭皮がかゆくなるため,スクラッチャーという頭かきも現れた。フランス革命とともに鬘流行が終わり,その後は法律家や学者の地位を象徴する職能用として残った。男性はショートヘアにひげを伸ばし,女性も生来の髪を小さくまとめ,ボンネットなどの帽子が普及して巨大な髪形や鬘は見られなくなった。
日本では,明治時代以前には結髪の多様性もあって,鬘は一般には用いられなかった。洋髪が普及するようになると,いわゆる日本髪の鬘が婚礼用や芸者の座敷用,また一般にもおしゃれ用として残った。ファッションの多様化の進む1960年代以降髪形や髪の色を変えるためのおしゃれ用や,薄くなった髪を隠すための鬘が現れ,男女を問わず一般に広まっている。
→髪形
執筆者:池田 孝江
未開社会にも精巧な鬘が存在する。西アフリカの農耕社会の女性たちは,何ヵ月もかけて数ヵ月はもつような装飾的ヘアスタイルを作り上げるが,彼女たちは同じように仕立てられた巧妙な鬘を好んでつける。鬘は頭にしっかりとにかわづけされる。ある部族では25もの異なる髪形と鬘を持っている。鬘は男も身につけ,東アフリカの牧畜民の男は粘土製の鬘を使う。この鬘は上に物をのせて運ぶのにたいへん都合のよいものである。大きな髪形にはまた多量のかもじも使われる。チベットの女性は髪をバターで固めて,何十本もの細く編んだ重いお下げ髪を長くたらすが,多くはかもじを使って型を整える。
→髪形 →身体装飾 →身体変工
執筆者:鍵谷 明子
日本古代の髪飾の一種。上代には男女ともに結髪をしていたが,初めは頭髪を蔓草や布帛(ふはく)などで結んだものが自然に装飾視されるようになり,頭飾の一種となったものであろう。この点で挿頭(かざし)などと出発点を異にしている。上代のかずらには〈まさきかずら〉〈木綿(ゆう)かずら〉など二,三の名が見えるが,のちには蔓草や植物繊維にかぎらず,季節の花葉果実をひもに連ねてかずらとしたことがある。のちに男子が一般に冠帽をかぶるようになっても,この風習が遊宴や神事のときに残った。《万葉集》に〈梅の花咲きたる苑(にわ)の青柳は蘰(かずら)にすべくなりにけらずや〉とか〈あしびきの山下日蔭かづらける上にやさらに梅をしのばむ〉などとあるのがこの例である。ことに神事における〈ひかげのかずら〉や〈ゆうかずら〉は後世までもその形式が残り,大嘗祭(だいじようさい)には冠の巾子(こじ)から細いあげ巻の組ひもを結びたれ,これを〈ひかげの糸〉ともいい,木綿かずらのほうも,大和舞の舞人などが冠に紙の幣をつけることになごりをとどめた。
なお,かずらは髪飾のほか,頭髪の少ないのをおぎなうかもじ(髢)や,毛髪で髷形(まげがた)をつくり頭にかぶって扮装する鬘(かつら)の意にも用いる。
執筆者:日野西 資孝
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出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
…また,爽快でスピーディなテンポで行われる見世物的演出を劇の中で駆使し,奇抜な趣向を可能にした。たとえば《東海道四谷怪談》に見る提灯抜け,戸板返し,仏壇返し,忍び車など大道具の仕掛け,そのほか鬘や小道具の仕掛けを駆使している。だが,南北の才能も,個性の強烈な実力派の役者たちがいてこそ花開いたものである。…
…75年ころにはパンチ・パーマ(変形アイロン)によるアフロヘアのような髪形も登場した。【坂口 茂樹】
【西洋】
古代エジプトでは,王侯貴族の男女は本来の髪を切って剃り,鬘(かつら)をつけていた。鬘には人毛を用い,まっすぐな髪を長く垂らしたり髪全体を細かく編んだ上にヘアバンドなどの飾りをつけていた。…
…人類が古代から頭髪に各種の油を塗るのも,その起源の第1はアタマジラミをよけるためであったという説がある。鬘(かつら)の発明にも,美容上の理由とともにシラミ防除という衛生上の理由があげられる。シラミはその寄主である人間の人種によって体色が変化するといわれ,一般に頭髪の黒い人種につくものは体色が濃いという報告がある。…
※「鬘」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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