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鵤荘 いかるがのしょう

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百科事典マイペディアの解説

鵤荘【いかるがのしょう】

播磨国揖保(いぼ)郡の荘園。現兵庫県太子(たいし)町を中心にした地域。奈良法隆寺領。598年聖徳太子推古天皇の施入を受けて法隆寺に寄進した播磨国の水田219町余が前身とみられる。

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世界大百科事典 第2版の解説

いかるがのしょう【鵤荘】

播磨国揖保郡の荘園で,現在の兵庫県揖保郡太子町を中心とする地域。大和の法隆寺領。598年(推古6)4月15日(推古14年秋7月ともいう),聖徳太子が天皇の施入をうけて法隆寺に寄進したのに始まるという。11世紀中葉ころ四至が確認されて再興されたらしく,鵤荘政所を兼ねる斑鳩寺が建立されるのもこの時期らしい。鎌倉時代,源頼朝は後白河院院宣に従って1187年(文治3)地頭金子家忠の押領停止(ちようじ)を命じ,また1227年(安貞1)には承久の乱後の新補地頭青木重元が,本所法隆寺の訴えによって停止されている。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

鵤荘
いかるがのしょう

播磨(はりま)国の法隆寺領荘園(しょうえん)。現兵庫県揖保(いぼ)郡太子(たいし)町を中心とする地域。747年(天平19)の「法隆寺伽藍縁起并流記資財帳(がらんえんぎならびにるきしざいちょう)」では、揖保郡に水田219町余のほか、薗地(えんち)、山林、池、庄倉(しょうそう)と封戸(ふこ)50戸があり、これがのちに鵤荘に発展したと思われる。嘉暦(かりゃく)4年(1329)卯月(うづき)の荘絵図があり、全容をうかがうことができる。法隆寺の「根本荘園」とよばれて15世紀末にも田地360町余を保持していた。しかし「惣荘名主(そうじょうみょうしゅ)、百姓」らの結合による寺家への対捍(たいかん)、大名領国形成過程の紛争のなかで、しだいに実を失い、16世紀前半(天文(てんぶん)ごろ)には年貢17貫500文が納入されるのみであった。当荘関係史料のうち『鵤荘引付(ひきつけ)』は中世村落の実情を示す貴重な史料である。[阿部 猛]
『阿部猛・太田順三編『播磨国鵤荘資料』(1970・八木書店)』

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