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黄不動 きふどう

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

黄不動
きふどう

その身色から青不動赤不動に対し,黄不動と呼ばれる園城寺の秘仏『不動明王画像』。国宝。智証大師円珍が坐禅中に感得した金色の不動尊を画工に描かせたものといわれ,平安時代後期以後盛んな信仰を集め,これを転写した画像,彫像が少なからず残る。園城寺蔵の原本 (絹本着色) の像容は両足を踏まえて正面向きに立ち,全身黄色,魁偉な容貌を呈する特異なもので,様式的には9世紀後半成立とされ,おそらく唐より将来の白描図像に基づくものであろう。京都曼殊院本 (国宝) は転写本として最も古く,原本とは別調の 12世紀後半の時代色を示している。

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百科事典マイペディアの解説

黄不動【きふどう】

園城寺(おんじょうじ)蔵の不動明王画像。肉身が黄色でこの名がある。赤不動青不動とともに日本三不動として日本仏教絵画史上重要な作。図柄は智証大師円珍の独創と伝えられるが,唐の図像を手本としたものと思われる。
→関連項目曼殊院

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大辞林 第三版の解説

きふどう【黄不動】

滋賀県園城寺円満院にある円珍が描かせたとされる不動明王画像。全身を金色に塗る。九世紀後半の作。赤不動・青不動とともに三不動の一。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

黄不動
きふどう

高野山(こうやさん)明王院(みょうおういん)の「赤不動」、京都・青蓮院(しょうれんいん)の「青不動」とともに「三不動」の一つに数えられる不動明王画像。普通「黄不動」とは大津市園城寺(おんじょうじ)(三井寺(みいでら))の不動明王画像(国宝)をさす。『天台宗延暦寺座主円珍伝(えんりゃくじざすえんちんでん)』によると、838年(承和5)冬、智証(ちしょう)大師(円珍)が比叡山(ひえいざん)の石龕(せきがん)の中で坐禅三昧(ざぜんざんまい)に入っていると金色の不動明王が現れ、「わが姿を写して帰依(きえ)せよ」と告げた。その魁偉(かいい)にして威光輝くばかりの姿を心にとどめて、のち画工に描かせたのがこの図であるという。縦178.2センチメートル、横72.1センチメートルの絹本着色で、右手に剣、左手に羂索(けんじゃく)を持つ、黄色を帯びた立像を画面いっぱいに描く。制作時期は9世紀後半と考えられる。秘仏であるため、この忠実な模本といわれる京都・曼殊院(まんしゅいん)蔵の黄不動が一般によく知られている。[永井信一]

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世界大百科事典内の黄不動の言及

【園城寺】より

…【薗田 香融】
[美術,建築]
 現在の伽藍は主として近世初頭に形づくられた。寺宝は智証大師円珍ゆかりのものが多く伝えられており,絵画の《不動明王像(黄不動)》,墨画《五部心観》,木彫の智証大師像2体,新羅明神像,書籍では大師の入唐,求法,伝法,将来経典等を一括した文書・典籍などが国宝となっている。建造物で最も古いのは,1340年(興国1∥暦応3)の足利尊氏による再興時の鎮守社,新羅善神堂(国宝)である。…

【不動明王】より

…さらに単独で盛んに信仰され,変化に富んだ姿勢に表現された座像や立像の優れた作品が数多く伝えられている。その中でも黄色の肉身によって〈黄不動〉と呼ばれる滋賀園城(おんじよう)寺の立像,赤色の肉身をもち〈赤不動〉と呼ばれる和歌山高野山明王院の半跏(はんか)像,青色の肉身に表され〈青不動〉と親しまれる京都青蓮(しようれん)院の座像の3幅が特に著名である。〈赤不動〉と〈青不動〉には二童子が描かれるが,不動明王の眷属としては八大童子が造像されることが多い。…

【曼殊院】より

…良尚法親王は書道,絵画,茶道,香道,華道,古典の造詣深く,収集した書画や茶道具や古典籍が多く残されている。寺宝のうち〈黄不動〉で知られる《絹本著色不動明王像》(秘仏,平安時代),《古今和歌集》(曼殊院本,平安時代)は国宝。ほかに宸翰をはじめ多くの古文書もある。…

※「黄不動」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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