医学的には〈ふくびくうえん〉と読む。上顎洞炎など副鼻腔におこる炎症の総称。風邪その他のウイルス性疾患や虫歯,外傷などに引き続いておこる急性のものと,それらが慢性化したものとがある。一般には副鼻腔の化膿性感染をさし,結果として,副鼻腔と鼻腔の交通路(自然口)がほとんど閉鎖し,副鼻腔内に分泌物が貯留した状態となるため〈蓄膿症〉と呼ばれるが,最近ではより広い意味で副鼻腔炎と呼ばれることが多い。慢性副鼻腔炎は第2次大戦直後まで,きわめて多い病気で,国民の20%以上が罹患していたが,学校給食の開始をはじめ,栄養状態の改善により急速に減少した。また昭和40年代から50年代にかけても減少がみられ,鼻疾患の主たる座を鼻アレルギーに譲った。
風邪になると,くしゃみとともに水様性の鼻汁が多量に出て,引き続いて粘液性の鼻汁となる。多くはこのまま治るが,ときに鼻汁が黄色の膿となる場合がある。これは急性副鼻腔炎のはじまりと考えてよい。少し進行すると,眼,頰部の痛みや重圧感を覚え,圧迫すると頰部や前額部に痛みがある。熱が出ることもしばしばである。とくに上顎洞炎では,まず歯痛として訴えられることが多く,前かがみになったり,咳をすると痛みが強くなる。ふつう3週間くらいで治るが,炎症の原因となる菌によく効く抗生物質を使用すると早く症状がとれる。点鼻薬の局所使用は鼻粘膜の腫張をとり,排出を促進させるので,一時的に鼻づまりも改善されるが,長く続けるとかえって鼻づまりがひどくなる。篩骨(しこつ)洞や前頭洞の急性炎症では眼窩(がんか)内合併症などがみられることがあるが,頻度は多くない。
一般的な症状は,鼻づまり,粘液性あるいは膿性鼻汁,鼻汁の咽頭への落下,嗅覚(きゆうかく)低下,頭が重い感じなどであり,多くの場合両側ともかかる。しかし,これらの症状は副鼻腔炎のみならず,鼻アレルギー,鼻中隔彎曲(わんきよく)症,肥厚性鼻炎など他の鼻疾患,さらには精神的疾患でもおこりうる。しばしば蓄膿症になると頭痛がし,注意が集中できず学業成績が低下するという関係が指摘されたが,たいていの副鼻腔炎では,合併症をおこさないかぎり,頭痛はないのがふつうである。副鼻腔炎の慢性化の因子としては以下のものが考えられている。(1)局所の条件 鼻甲介の腫張,鼻中隔彎曲などにより,十分な副鼻腔の換気と排出が妨げられる。(2)体質・素因 親が罹患者の場合,本症が子どもに発生しやすいといわれる。(3)アレルギー 副鼻腔粘膜におけるアレルギー(細菌に対してなど)が慢性化に寄与する。また,アレルギー変化により副鼻腔の粘膜がはれ,自然口が狭くなり,換気を障害しやすい。(4)栄養・衛生環境 タンパク質摂取量,地質中のケイ素含有量との関係が論議されている。
急性の場合は肺炎球菌,インフルエンザ菌など,慢性の場合はブドウ球菌,嫌気性菌などが多いが,その率は報告者によってかなりの差がある。
鼻鏡および後鼻鏡を用いて,鼻内をよく観察する。鼻茸(はなたけ)の合併,膿の流出部位などから罹患部位が推定できる。X線検査は非常に有用であるが,すべての副鼻腔の状態をみるにはいくつかの方向から撮影する必要がある。炎症があるときには,副鼻腔内が一様に曇ったり,粘膜がはれている状態が写し出される。炎症が長く続いたり,きわめて激しいときには骨の硬化なども観察される。造影剤を副鼻腔内に注入してX線写真を撮る方法もあり,これは副鼻腔の粘膜の排出機能をみるうえで有効である。
篩骨洞や前頭洞の急性炎症では,眼窩や頭蓋内の合併症がおこることがある。眼窩合併症の際は,眼瞼結膜の発赤,腫張・浮腫,眼球突出,眼球運動障害,視力低下などの症状がおこる。治療は強力な抗生物質療法が主で,必要に応じ,副鼻腔の開放,膿瘍の切開などが行われる。頭蓋内合併症としては,髄膜炎,脳膿瘍,海綿静脈洞血栓症などがある。副鼻腔炎と,下気道の慢性炎症性疾患(慢性気管支炎,気管支拡張症,瀰漫(びまん)性汎細気管支炎)の合併したものは,副鼻腔気管支症候群と呼ばれ,その成因として下行説(副鼻腔からの膿汁が下気道内に落ちこむため),上行説,同時発生説などがある。最近では気道粘膜表面の繊毛の形態・機能の異常が主因と考える報告がみられる。
鼻汁を鼻腔内にためておかないことが大切で,極端な圧をかけないかぎり,鼻をかむことはよい。急に悪化した時期には抗生物質を使用する。平時の治療としては,消炎酵素剤を内服しながら,鼻内膿汁の吸引,ネブライザーによる薬液の副鼻腔内散布,副鼻腔内洗浄などが行われており,上顎洞の場合は,下鼻道側壁を針で破って洗浄する。副鼻腔の粘膜の排出機能が障害されていて機能がもどらないときには,こうした保存的療法は無効で,手術が行われる。手術療法の原則は,副鼻腔の病的粘膜を除去して鼻腔との交通をつけること,すなわち換気と排膿をはかり,鼻孔からの治療を行いやすくすることである。したがって手術を行えば治るということではなく,後の治療が容易となり,そのことによって症状が軽快するということである。最も罹患頻度の多い上顎洞に対しては,歯肉上部に切開を加え,頰部の骨(上顎骨)の前壁を露出し,この部にのみで穴をあけ,洞内の病的粘膜を剝離(はくり)する手術を行うことが多い。副鼻腔は周囲に重要臓器が隣接しているため,ひとつ誤ると,眼や神経の損傷,出血などがおこるので,手術には熟練を要する。術後10年以上して,頰部がはれてくることがある。これは術後性頰部囊胞といい,鼻腔との交通路が瘢痕(はんこん)化して狭窄をおこし,中に分泌液がたまっておこるもので,開放して再び鼻腔と交通をつけるための手術が必要となる。
執筆者:市村 恵一
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
副鼻腔の炎症性病変の総称。副鼻腔は鼻腔を上から両外側を取り巻くように存在する骨の中の洞(どう)で、上顎(じょうがく)洞、篩骨(しこつ)洞(篩骨洞蜂巣(ほうそう))と、前頭洞、蝶形骨(ちょうけいこつ)洞の四つからなり、それぞれ鼻腔と狭い管または孔(あな)(自然孔(こう))で交通している。これらの洞の炎症性病変が副鼻腔炎であり、単一の洞に限られることもあるし、いくつかの洞がともに罹患(りかん)することもある。それぞれ罹患した洞の名称でよばれるが、ときにはすべての洞が侵され、これを汎(はん)副鼻腔炎という。大きく急性、慢性、気圧性の副鼻腔炎に分類される。
[河村正三]
鼻かぜやアレルギー性鼻炎の合併症として始まることが多い。炎症は自然孔を経て副鼻腔へ波及する。歯の炎症によって上顎洞炎がおこること(歯性上顎洞炎)もある。炎症による粘膜腫脹(しゅちょう)のために自然孔は狭くなり、洞内の炎症による分泌物は排出されにくく、やがて細菌の感染(化膿(かのう)性副鼻腔炎)をおこし、治癒が長引く。症状は発熱、倦怠(けんたい)感、感染した副鼻腔がある骨の疼痛(とうつう)ないし頭痛で、上顎洞炎、篩骨洞炎、前頭洞炎では頬(ほお)、鼻根部、前頭洞部に圧痛と浮腫を認めることがある。小児では症状がより著明で、生後3か月以内の乳児の上顎洞炎は上顎洞の発育が未発達のため、上顎骨骨髄炎の型となる。症状は突然の高熱、頬部(きょうぶ)腫脹、結膜浮腫、眼球突出などで、これを新生児上顎洞炎とよぶ。歯性上顎洞炎では悪臭のある鼻漏がみられる。治療は、全身的な抗生物質の投与、鼻内へ血管収縮剤などの塗布、冷罨法(あんぽう)、疼痛に対する鎮痛剤の投与が主となる。新生児上顎洞炎では手術が行われ、歯性上顎洞炎では歯の治療が必要である。
[河村正三]
急性副鼻腔炎が完全に治癒せず慢性化したものが多いため、細菌感染による化膿性副鼻腔炎が多くみられる。洞内に膿が貯留しているので、蓄膿症と俗称されることがある。ときに洞の中がチーズ様の物質で充満されていること(乾酪(かんらく)性副鼻腔炎)があり、老人に多くみられ、真菌感染による。症状は鼻漏、後鼻漏、鼻閉、頭重感、頭痛、罹患した副鼻腔上の鈍痛、嗅覚(きゅうかく)脱失などで、その程度や性質は種々ある。治療は、鼻内へ血管収縮剤などの塗布、洞または鼻の洗浄、局所または全身的な抗生物質や抗炎症剤の投与を行うが、鼻茸(はなたけ)がある場合はその摘出を行ってから治療するのがよい。ときには根治的手術が必要なこともある。小児の慢性副鼻腔炎は予後がよく、思春期までに50%は自然治癒する。
[河村正三]
外界の気圧と副鼻腔内圧が異なることが原因で、飛行や潜水で気圧が急に変化したときに副鼻腔の自然孔が炎症や鼻茸などで閉鎖しているためにおこる。鼻かぜをひいているときに航空機に乗って罹患する例が多い。航空機が降下または上昇する際に前頭部や頬部に激しい疼痛を感じ、その疼痛が残存する。治療は、鼻内へ血管収縮剤などを塗布し、副鼻腔の自然孔を開放する。予防として、鼻かぜや上気道炎症、とくに鼻茸のある場合は飛行を避ける。治癒が長引くと、細菌感染をおこして化膿性副鼻腔炎に移行する。
[河村正三]
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
…しかし原因は大気汚染以外にもさまざまあり,喫煙や,感染をきっかけとしたものも多い。内的要因としては,加齢や,体質素因とくに慢性副鼻腔炎(いわゆる蓄膿症)があげられる。国によっても発生頻度は異なる。…
…上顎洞の粘膜と鼻腔の粘膜が連なるところが上顎洞の口で,この口の位置が少し高いところにあるため,たまった膿がぬけにくい。上顎洞は副鼻腔のうちで最もよく副鼻腔炎を起こすところであり,また歯根に近いため,歯の病気からも,よく炎症を起こす。切歯骨os incisivum[ラテン]上顎骨の前部を占める1対の骨で,間顎骨または顎間骨ともいう。…
…立っているときは,上顎洞や蝶形洞の自然口の位置はかなり上にあるため,繊毛の作用が衰えると分泌物が排出されなくなり,炎症が治りにくくなる。副鼻腔の炎症は副鼻腔炎と呼ばれ,うみが腔内にたまりやすいことから蓄膿症とも呼ばれる。副鼻腔の役割については,頭蓋骨の軽量化,共鳴腔,粘液の供給,外傷のショック緩衝装置など,さまざまな仮説が提出されているが,まだ確立されていない。…
※「副鼻腔炎」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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