裸子植物とならぶ種子植物の二大区分の一つで,分類上,ふつう亜門とされるが,有花植物Anthophyta,またはモクレン植物Magnoliophytaとよばれて,門にされることもある。もっとも進化した植物群で,現在,双子葉植物と単子葉植物に二大別され,約22万種が知られている。
被子植物は驚くほど多様性を示し,大きさでみてもミジンコウキクサのように1mmにみたないものから,ユーカリノキ属のように百数十mに達するものまで,これだけ違いのある生物群はほかにない。形態のみならず,寿命もいろいろで,また栄養法についてみても,光独立栄養のほか,寄生,腐生,食虫といった分化がみられる。生育場所も,熱帯から寒帯,低地から高山にわたり,サボテン科のように砂漠の生活に適応したもの,カワゴケソウ科のように渓流の生活に適応したもの,さらに淡水域からアマモのように海水域にまで進出したものまである。このような形態的・生態的多様性のために,昔の分類系では,被子植物は細分され,これに反して藻類群などは大差がないとみられて一括されてきた。しかし19世紀中ごろになって,被子植物はきわめて多様であるにもかかわらず,むしろ基本的と思われる点については,多くの共通性が認められてきた。
被子植物は多くの形質によって特徴づけることができるが,またそれらには若干の例外もある。なかには,被子植物でありながら,特徴がまだ裸子植物的段階にとどまっているようなものもあり,そのような特徴は系統学的に重要と考えられている。
(1)茎には葉が側生し,葉腋(ようえき)には腋芽がつき,それが伸長して枝になる。これの反復によって体形がつくられる。
(2)中心柱は真正中心柱または不斉中心柱である。双子葉植物はふつう真正中心柱をもち,維管束は茎中に一輪に並び,木部と師部の境にある形成層は発達して輪となり,二次組織をつくる。単子葉植物は不斉中心柱をもち,維管束は茎中に散在し,木部は師部をつつみ,二次生長はしない。
(3)維管束の木部には道管・仮道管・木部繊維・木部柔細胞が,師部には師管・伴細胞・師部繊維・師部柔細胞などがみられ,これらのうち,道管・木部繊維・伴細胞は被子植物を特徴づける要素である。しかし,ヤマグルマ,センリョウ,シキミモドキ(ドリミス)などの木部は仮道管のみで,道管や木部繊維がなく,アウストロバイレヤAustrobaileyaの師部には伴細胞がない。これらは原始的な特徴と考えられている。
(4)葉には中脈があり,茎より葉へと分出する維管束(葉跡)は奇数である。裸子植物の葉脈では,イチョウのように二叉(にさ)分岐することが多く,葉跡は1本の場合をのぞけば偶数である。しかし,被子植物でも,キングドニアKingdoniaやキルカエアステルCircaeasterのように,二叉分岐する葉脈と偶数の葉跡をもつものもあり,原始的とみなされる。
(5)有性生殖のための構造として,花をつける。花は花床に,下より上へ,花被・雄蕊(ゆうずい)群・雌蕊群をつけたもので,基本的に両性器官を備えた構造で,雌花と雄花はそれぞれ雄蕊群と雌蕊群の退化によって由来したものである。裸子植物の有性生殖のための構造は,グネツム綱をのぞけば花被はなく,基本的に単性である。
(6)おしべの葯は2個の半葯よりなり,ふつう,それぞれ2個ずつ,合わせて4個の小胞子囊(葯室)をもつ。ときに,それより退化して減数することがある。より多くの室に分かれることもあるが,それは二次的な隔壁によるとみなされる。
(7)花粉は発芽して,1個の花粉管細胞と2個の精細胞,合わせて3個の細胞をつくる。ラン科のネジバナではさらに退化して,1個の花粉管細胞と1個の精細胞しかつくらない。裸子植物では,もっとも退化の進んだ場合でも,花粉は4個の細胞をつくる。
(8)心皮は胚珠をつつみこんでめしべをつくる。したがって,花粉は直接に胚珠につくことはできず,めしべ上に,腺毛などが生じて受粉のために分化した部分(柱頭)につき,それより花粉管をのばして胚囊に達する。シキミモドキやデゲネリアでは,心皮は二つ折りになって胚珠をつつむが,閉じ方が不完全で,合せ目全体が柱頭となって花粉を受け,原始的なめしべの構造と考えられている。
(9)珠皮は基本的に2枚で,1枚の場合はそれらの合着によることが多い。裸子植物の珠皮は1枚であるがよく発達しており,被子植物の珠皮との相同性は不明である。
(10)胚囊は多くは8細胞よりなり,花粉管より放出された2個の精細胞のうち,1個は卵と,1個は2個の極核と受精し(重複受精),受精卵より胚が,受精された極核より胚乳が形成される。裸子植物の胚乳は栄養の蓄積された胚囊(雌性配偶体)であり,被子植物のそれとは異なる。
(11)受精卵は細胞分裂をくりかえし,1個の受精卵より1個の胚が形成される。裸子植物では,1個の受精卵より,ふつう,複数の胚の原基が形成され,それらのうち1個だけが胚に生長する。また,胚以外に,前胚や胚柄などが発達することが多いが,被子植物では,それらに相当する部分は少ししか形成されない。しかし,被子植物でもボタン属は唯一の例外で,裸子植物のイチョウに似た胚発生を行う。
(12)胚において,子葉は2個または1個で,ふつう休眠ののち発芽する。
(13)胚珠が成熟して種子になるにつれ,子房は発達して果実となって種子を蔵し,それの散布のために機能する。
疑いのない被子植物の化石は,中生代・白亜紀の中ごろになって現れるが,そのときには,モクレン科,ハス科,バラ科,ブナ科,クルミ科,スイカズラ科,カキ科,ヤシ科など,現生の被子植物の主要な群は出そろってしまう。したがって,被子植物の中でどの群が原始的であり,どの群が進化しているかを決定することや,被子植物がどのような祖先より由来したかを化石のうえで追跡することはできない。このような化石の産出のしかたにより,(1)被子植物が起源し,初期の発展をとげた場所は,それらが化石となって残りにくい熱帯山地であったという説,(2)初期の被子植物の化石は現実に存在するが,被子植物であることを示す決定的特徴は,重複受精のような発生学的形質であるから化石になりようがなく,現生のものと同じ葉をもつものが現れるようになって初めて,それらが被子植物であることがわかるという説,(3)被子植物は多くの園芸品種をみてもわかるように,たいへん可塑性にとんだ群で,実際に白亜紀中ごろに出現し短期間に驚くべき多様性を得るにいたったという説などがある。
白亜紀以前の化石で,被子植物の可能性のあるもっとも古い化石としては,三畳紀後期より産出するフルクラFurculaとサンミグエリアSanmigueliaがある。ともに葉の化石で,葉脈の走り方より,前者は最古の双子葉植物,後者は最古の単子葉植物かも知れないといわれているが確かではない。花の由来を示すとみられる化石としては,ジュラ紀を中心として中生代に栄えたキカデオイデアCycadeoideaがある。これの有性生殖のための構造は,中心に雌花の集りがあり,それをとりまいて雄花の集りが,さらにそれらを胚珠や花粉囊をつけない葉状の器官がとりまき,あたかも,被子植物の雌蕊群,雄蕊群,花被のようにみえる。また,同じころ栄えたカイトニアCaytoniaは,雌雄別ではあるが,雌の器官では囊状の胚状体のなかに種子を生じ,被子状態の前駆的段階とみられる。
被子植物は全体が同じ祖先に由来したか,またはいくつかの異なった祖先をもっているか,すなわち単系であるか多系であるかについてもいろいろと議論されている。花の多様性を説明するには,多系とみるほうがつごうがよいが,重複受精のようなひじょうに複雑な過程で共通している点を考えると,単系とみなすほうが妥当なように思われる。
被子植物のうちどの群が原始的かを化石のうえで追跡することはむずかしいが,現生群の主として比較形態学的研究により,モクレン科やキンポウゲ科のような多心皮類を原始的とする意見と,ブナ科やヤマモモ科のような無花弁類を原始的とする意見が有力である。前説によると,突出した軸に多くの離生するおしべとめしべをつけた花が原始的で,それより退化などによって他の花を導こうとする。後説によると,小型の花被をもたない花の集りにいろいろな構造がつけ加わったり,また,それらの変形によってより複雑な花ができたとする。
被子植物は約370科,1万2500属,22万種を含んでおり,二大群,すなわち双子葉植物綱と単子葉植物綱に分けられる。双子葉植物と単子葉植物の区別は古くレイJ.Rayによって認められたといわれているが,リンネ以後に,正式に分類群として記載したのはジュシューA.L.de Jussieuである(1789)。しかし,彼の双子葉植物には裸子植物が含まれている。正確に双子葉植物,つまり被子植物が範囲づけられたのは,ブラウンR.Brownによって裸子状態と被子状態が区別されてからのことで(1827),分類系において,裸子・被子の区別を双子葉・単子葉の区別より上位においたのはブラウンA.Braunである(1864)。現在,被子植物を双子葉植物綱と単子葉植物綱に二大別することに異議をとなえる人はほとんどなく,科の数もそう大きな変動はないように思われる。しかし,綱と科の間,すなわち亜綱や目の分類については決まった方式は得られていない。
執筆者:田村 道夫
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種子植物のなかで種子が保護器官に覆われるものをいい、裸子植物に対する分類群である。樹木または草本で、茎の維管束の木部は道管要素をもち、篩部(しぶ)要素には伴細胞がみられる。葉は単葉、複葉など、種属によってさまざまな形態を示す。花は単性花または両性花で、下から萼片(がくへん)、花弁、雄蕊(ゆうずい)(雄しべ)、雌蕊(雌しべ)の順に配列する。花被(かひ)には、萼片と花弁が区別されないもの(モクレン科)、萼片が花弁のように目だち、花弁のないもの(キンポウゲ科)など、さまざまな形がある。雄蕊は、減数分裂によって花粉を生じる葯(やく)と、柄(え)としての花糸に分化する。雌蕊は心皮(しんぴ)ともいい、葉と相同の器官で、受粉を行う柱頭、胚珠(はいしゅ)を生じる子房、これらの間に位置する花柱の三部から構成される。胚珠は1、2枚の珠皮に包まれた珠心と胚嚢(はいのう)からなるが、胚嚢は珠心組織から分化した胚嚢母細胞の減数分裂によって生じた胚嚢細胞に由来する。胚嚢細胞はさらに3回分裂を行い、普通、八核、七細胞をもつ胚嚢となる。
被子植物は特有の受精形式である重複受精を行う。花粉が風や昆虫などによって雌蕊の柱頭で受粉すると、花粉管を胚珠へ伸ばしながら1個の花粉管核、2個の生殖核を生じる。2個の生殖核のうち1個は卵細胞と受精して胚をつくり、他は極核2個と合体して胚の成長に必要な養分供給を行うための胚乳をつくる。これが重複受精である。胚乳のよく発達したカキやイネなど多くの植物では、種子の中で発達した子葉は一時休眠したのち、そのまま伸びて地上に現れる。しかし、無胚乳種子であるマメ科やブナ科の場合には、消失した胚乳のかわりに、種子の中でよく発達した子葉が発芽に必要な養分の供給源となるため、最初に地上に伸びてくるのは子葉ではなく、普通葉である。被子植物は新生代に著しく繁栄した分類群であり、双子葉植物と単子葉植物に大別され、現存種は約22万から30万種とされる。
[杉山明子]
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…動物は従属栄養で,自然界の物質循環の消費者,分解者の地位を占めるが,植物のうちでも,菌類は葉緑素をもたずに従属栄養の生活をしており,基本的には分解者である。被子植物のうちにも,ギンリョウソウやツチトリモチのように,二次的に腐生あるいは寄生生活をするようになったものがあり,すべてが生産者であるとはいいきれない。ミドリムシはふつうの環境では葉緑体をもっていて独立栄養の生活をしているが,暗所で培養すると葉緑体をつくらず,養分を与えられると従属栄養の生活を続ける。…
…被子植物,双子葉植物の中で多数の心皮を有する植物の一群を指していう。通常,木本性のモクレンの仲間と草本性のキンポウゲの仲間がこの群に入れられるが,コショウの類やウマノスズクサの類までも,この群の仲間とすることも多い。…
※「被子植物」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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