フランスの詩人。「リヨン詩派」の首領。ルネサンス文化の花開いたリヨンに生まれ、その文芸運動の中心となる。1536年「賦(ブラゾン)」blason競詩会で『眉(まゆ)』が一位になり、さらに同年、リヨンで急死した王太子の『追悼詩集』に寄せた詩編により、詩人としての決定的な地位を確立する。リヨン派の女流詩人ペルネット・デュ・ギエPernette Du Guillet(1520ころ―45)との恋愛より出発しているといわれる代表詩集『デリー、至高の徳の対象』(1544)は、ペトラルキスムとネオ・プラトニスムの影響を受けながら、そこに真摯(しんし)な感情を織り込み、その現代的な叙情と音楽性は、ボードレールをも思わせる。彼は、ロンサールらプレイアード派の詩人たちから先駆者として敬意を表された。ほかに、孤独な隠遁(いんとん)生活を歌った叙情的な牧歌『柳叢(りゅうそう)曲』(1547)、アダムとイブの創造より始まる人類の歴史を描いた哲学的、科学的叙事詩『小宇宙(ミクロコスム)』(1562没後刊)があり、彼の晦渋(かいじゅう)ながら高雅な詩風はバレリー、マラルメと比較されている。
[生]1501頃.リヨン [没]1560頃.リヨン フランスの詩人。リヨンの名家出身らしいが,不明な点が多い。 1533年アビニョンでペトラルカの恋人ラウラの墓を発見したと伝えられる。競詩会での受賞,『王太子追悼詩』 Épilogue sur Monseigneur le Dauphin (1536) などにより詩人としての名声を確立。代表作『デリ,至高の徳の対象』 Délie,objet de plus haute vertu (44) はペトラルカ風の古典の学識を交えた独自の象徴手法で新プラトン主義による恋愛感情の動きを分析して,リヨン派を代表する傑作とされている。その他,世俗への嫌悪と孤独のなかの幸福を歌った牧歌『柳叢曲』 Saulsaye (47) ,教化的な叙事詩『小宇宙』 Le Microcosme (62) など。