前7世紀の後半から前5世紀の前半にかけて,ギリシアの多くのポリスに現れた独裁的な支配者の総称。英語のタイラントtyrantはこれに由来する。彼らはほとんどが貴族の家柄であったが,貴族政の乱れに乗じてこれを倒し,非合法な独裁政を打ちたてた。このために,彼らは外国の貴族や傭兵の力を借りたが,最も頼みにしたのは自国の民衆であった。民衆には中流市民,下層市民,さらに奴隷がいたが,貴族政に反抗するという点では僭主の座に野望を燃やす者たちと気持ちは一つであった。そこで僭主のほとんどは民衆指導者(デマゴゴスdēmagōgos)として現れ,民衆の支持のもとに貴族政を倒し,僭主の座に就くことができたのである。
僭主は,貴族の土地を没収して貧農に分かち,資金を貸し与えるなど下層農民の経済的な地位の改善に努めた。また商工業をすすめ,植民市をたて,盛んに土木建築事業を行った。さらに詩人や芸術家を集めて,彼らの支配に輝きを添えた。そしてアテナイのペイシストラトスなどのように民衆の人気を得るためディオニュソス信仰を奨励する僭主もいた。しかし,彼らは一方で官職を一味のもので独占したり,田園の農民が中心市に移り住むのを抑えたり,また市民から武器を取り上げて傭兵を雇ったりした。これらの僭主の矛盾した政策は民衆の反僭主熱を高め,外国の介入も加わって,やがて僭主政は倒され,一般に短命であった。こうして僭主政は,独裁支配という点で反民主的なものでありながら,貴族政を打倒し,古代民主政への道を切り開いたという点では歴史的に大きな役割を果たしたといえよう。なお前5世紀末から前2世紀にかけて,再び僭主政が現れるが,それは前5世紀前半以前のものとは性格を異にしていた。
→独裁
執筆者:安藤 弘
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古代ギリシアのポリスにおいて、非合法的に政権を獲得した独裁者。ギリシア語のティラノスは、「暴君」を意味する英語タイラントtyrantの語源で、紀元前5世紀以後「暴君」的な意味の用法が一般化したが、元来はおそらく「主人、主君」を意味するリディア語で、ティラノスも前7世紀には、ほとんど「王」と同じ意味で用いられた。実際の僭主もかならずしも暴君とは限らず、穏和な支配者もあった。
[清永昭次]
英語のタイラントはギリシア語のテュランノスに由来する言葉であるが,この語は本来ギリシア語ではなくて,王とか独裁者を意味したアナトリア方面の言葉ではないかといわれる。前7世紀以来ギリシアの各地に貴族支配を倒して現れた非合法な支配者がテュランノスと呼ばれた。邦語では僭主と訳すが,これは僭越な支配者の意味であり,タイラントを暴君の意味に使うのは後世の用法である。
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