デジタル大辞泉 「浦島太郎」の意味・読み・例文・類語
うらしま‐たろう〔‐タラウ〕【浦島太郎】
御伽草子。1巻。作者未詳。室町時代の成立か。浦島説話を題材にしたもの。浦島が老翁となったあと鶴と化し、乙姫が化した亀と夫婦の明神になる。
[補説]の説話から、長期間その場を離れていたために、事情がよくわからずに戸惑う人のたとえとして用いられることがある。また、広く世間や時代に取り残されたような状態・心境を表す語としても用いられる。
( 1 )[ 一 ]は「うらしまのこ」の室町期以降の呼び方。桃太郎・金太郎などと同じく、個人名としての太郎が定着するのはその頃からである。
( 2 )[ 二 ]は、室町期の絵巻物・草子などに「浦島太郎」「うらしま」など、ほとんど同じ内容の類似の作品が多い。浦島物語の原型は、一介の漁師と亀の姿をした神との結婚の物語で、漁師が神の国での幸せな生活の中で、神から課せられていたタブーを破ることによって別離に追い込まれる、というものであったか。室町時代の物語では命を助けてもらった亀の恩返しの話が付け加わり、江戸時代になると亀と女がまったくの別ものになり、近代になって童話化して神婚の要素が消えて、単に異郷訪問の話となる。
伝説として古典文学に記された説話。動物(亀(かめ))の報恩によって異郷(常世国(とこよのくに)、蓬莱(ほうらい)郷、竜宮城)を訪れたという昔話の全国的伝承でもある。およその梗概(こうがい)は次のごとくである。ある日漁に出ていた浦島は、亀を釣ったが、海に返してやる。ところが、翌日、女房の姿となって小舟に現れる。請われるままに竜宮城に送って行き、そこで女房と夫婦になる。3年を経て故郷に帰るとき、女房から、けっしてあけるなと、形見に美しい箱(玉匣(たまくしげ)、玉手箱)をもらう。故郷は荒れ果てて700年の時がたっていた。禁を犯して箱をあけると三筋(すじ)の雲が立ち上り、浦島は老人となる(御伽草子(おとぎぞうし)では、のちに浦島明神として現れ亀姫と結ばれる)。古くは、『万葉集』巻9に「詠水江浦島子一首并(ならびに)短歌」とある。丹後(たんご)(京都府)の日下部(くさかべ)氏の氏族伝承的な、己の出自を述べる神話としては『日本書紀』雄略(ゆうりゃく)天皇22年条や、『丹後国風土記(ふどき)逸文』(『釈日本紀(しゃくにほんぎ)』所引)、『浦島子伝』『続浦島子伝記』(『群書類従』135所収)など、平安初期までに漢文学化されている。『続浦島子伝略抄』(『扶桑(ふそう)略記』所収)もある。『源氏物語』夕霧にも浦島の玉匣への思いが詠まれているし、和歌も多く、中世説話文学の時代に入っても、『古事談』『宇治拾遺(うじしゅうい)物語』(巻12の22)、『本朝神仙伝』『無名抄(むみょうしょう)』『元亨釈書(げんこうしゃくしょ)』にその系統を継ぎ、御伽草子『浦島太郎』で初めて「太郎」の名を与えられて伝説の悲劇性を本地物の祝言性に変更する。謡曲『浦島』も同じ傾向であるが、さらに近世に入ると赤本などにも収められ子供向きに脚色され、錦絵(にしきえ)などにもなった(『燕石(えんせき)雑志』4に詳しい考証がある)。明治期に入っても幸田露伴(こうだろはん)、森鴎外(おうがい)、坪内逍遙(しょうよう)などの解釈において取り上げられている。京都府与謝(よさ)郡伊根町の宇良神社(浦嶋神社)蔵の諸縁起は、在地性を備える伝承である。
そのほかに、全国的伝承は丹後半島を中心に、横浜市の蓮法寺(れんぽうじ)や長野県木曽郡の寝覚の床(ねざめのとこ)や埼玉県秩父(ちちぶ)郡小鹿野(おがの)町など約20ほどの伝説が報告されていて、「椀貸淵(わんかしぶち)」や「竜宮伝説」とも重層している。この伝説のモチーフは、他郷滞在、禁忌(タブー)侵犯、時の超経過の三つといえる。人界から異なる他界への畏怖(いふ)観を、禁忌不可侵(玉匣、玉手箱)の鉄則を破ることで社会的な罰則、破綻(はたん)をこうむるという筋立ては、昔話の動物報恩による異類婚姻譚(たん)の型である。海神の使者ともいうべき他界の動物報恩は、浦島伝説のみならず、『日本霊異記(にほんりょういき)』上「亀を購(あがな)ひて放生せしめ現報を得る縁」をはじめ中世説話文学にもみえ、昔話「蛤(はまぐり)女房」などと軌を一にするものである。それは沖縄のニライカナイ信仰などに伝存する他界水平観における神霊の豊穣(ほうじょう)致富の約諾の古代的発想が伝承されたといえる。南太平洋諸島にも類似の伝承がある。
今日もっとも知られている亀の背による竜宮城往復は中世以降の型である。口承の伝説的昔話では、太郎が継子(ままこ)であったり(福井)、鶴(つる)と化したり(香川)、3人兄弟の長男の申し子であったり(京都)、亀がカレイであったり(青森)する。「竜宮童子」「竜宮女房」「黄金の斧(おの)」「沼神の手紙」などのモチーフとも比較されるべきであろう。また他界の短時間が人界の超時間となるのは、『竹取物語』や、甲賀(こうが)三郎譚などにみえ、そこには同じく他界への畏敬観が伝承されている。
[渡邊昭五]
『高木俊雄著「浦島伝説の研究」(『日本神話伝説の研究』所収・1925・岡書院)』▽『出石誠彦著「浦島の説話とその類例について」(『支那神話伝説の研究』所収・1938・中央公論社)』▽『坂口保著『浦島説話の研究』(1955・新光社)』
浦島太郎の話は,一般には次のようなものとして知られている。浦島は助けた亀に案内されて竜宮を訪問。歓待を受けた浦島は3日後に帰郷するが,地上では300年の歳月が過ぎている。開けるなといわれた玉匣(玉手箱)を開けると白煙が立ち上り,浦島は一瞬にして白髪の爺となり死ぬという内容で,動物報恩,竜宮訪問,時間の超自然的経過,禁止もしくは約束違反のモティーフを骨子とする。奈良時代の《日本書紀》雄略22年の条,《万葉集》巻九の高橋虫麻呂作といわれる〈詠水江浦島子一首幷短歌〉,《丹後国風土記》,平安時代の漢文資料〈浦島子伝〉〈続浦島子伝記〉などにも記述がみえる。これら古記録には亀の恩返しという動物報恩のモティーフはなく,《万葉集》を別として,丹後水江浦日下部氏の始祖伝説の形をとっているところに特徴がある。時代が下って室町時代の御伽草子《浦島太郎》になると,動物報恩の発端が登場し,浦島が鶴となって丹後国浦島明神にまつられるという形をとるようになる。また,浦島に“太郎”の名が付与され,竜宮城の名称が現れるのもこのころである。江戸時代の赤本類ではさらに童話化が進み,太郎は亀の背に乗って地上と竜宮城を往復する話に変容していく。浦島伝説を素材にした文学作品には近松門左衛門《浦島年代記》,明治時代に入ってからは,島崎藤村《浦島》(詩),森鷗外《玉篋両浦嶼(たまくしげふたりうらしま)》(戯曲),坪内逍遥《新曲うら島》(楽劇)などが知られている。
現在,浦島伝説を伝える地は,京都府与謝郡の宇良神社(浦島神社),神奈川県横浜市の浦島の足洗い井戸・腰掛石,長野県木曾郡の寝覚ノ床などがあり,それぞれ独自の話を伝えている。一方,昔話の〈浦島太郎〉は全国に分布し,内容的には,動物報恩のモティーフを発端とする一般型が多い。東北地方では,竜宮訪問,時間の超自然的経過のモティーフが独立した話として語られ,香川・鳥取では太郎が鶴と化す御伽草子系の伝承がみられる。奄美の沖永良部島では海彦・山彦説話と複合している。竜宮は海上彼方に楽土があるという常世(とこよ)思想の反映であろう。女から課せられた約束を男が一方的に破るのは〈蛇女房〉〈鶴女房〉などの異類女房譚の特色であり,常に人間によって禁止事項が犯され,不幸な結果を招来することになる。これは《古事記》の豊玉姫説話にも現れている古い説話モティーフといえよう。浦島説話と同型の話は,朝鮮,台湾,中国,チベットなど東アジアや東南アジアの諸国にも分布している。なかでも中国の洞庭湖周辺の伝承は,〈竜女説話〉と〈仙郷淹留(えんりゆう)譚〉の複合により成立したものとみられ,日本の浦島説話とも非常に似ているところから,浦島説話の原郷土を探るうえで重要な位置を占めている。
執筆者:大島 広志
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(鶴見俊輔)
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室町物語の異国物。作者不詳。室町時代に成立。「御伽草子」の一編。丹後の浦島太郎が磯で釣った亀を助けると,翌日美しい女房の乗る小船が漂着する。太郎は小船に乗り竜宮に行き,女房と結婚し3年を送るが,望郷の念にかられ暇を乞う。女房は自分が助けられた亀だと明かし,けっして開けないようにといって玉手箱を形見に渡す。帰郷してみると700年がたっており,太郎は悲しみのあまり箱を開けると煙が立ちのぼり,老翁の姿に変貌する。太郎は鶴となり蓬莱山で亀と再会,浦島明神となって現れる。浦島伝承を物語化したもので,浦島明神の本地譚(ほんじたん)がつけ加わるところに室町物語としての特徴がある。「日本古典文学全集」所収。
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… 御伽草子は,読むものであると同時に語るものであり,また見て楽しむものでもあった。《文正草子》や《弥兵衛鼠(やひようえねずみ)》の末尾に〈めでたいことのはじめ〉に読むがよいとか,《浦島太郎》の末尾に夫婦男女の契り深い例についてふれてあったり,《富士の人穴》の末尾に草子を聞く人また読む人の功徳を強調しているなどは,語り手や聴衆のおもかげや,御伽草子のもつ文学性以外の機能などを具体的に示す部分として注目してよい。〈トギ(伽)〉の語源の追求や,絵屋,絵草子屋の実態究明も急務とすべきである。…
…古代神話のなかに,海人たちの間に発生,伝承されてきたと思われるものがいくつかあり,それらには周辺諸民族のものとの類似が認められる。まず,《丹後国風土記》逸文所載の〈水江の浦嶼の子〉は,中世後期に御伽草子が盛行するなかで,〈浦島太郎〉の話となって今日に伝承されている。主要モティーフは,海神宮訪問―異郷淹留(えんりゆう)―それにまつわる禁止となっている。…
…家並みも,自然的風景配置もなんら変わってないのに,その離脱の間に,人は自分と関係なく事をおこし,自分は異人として受け入れられる立場に立つ。浦島伝説で竜宮から帰った浦島太郎が,乙姫の言葉にそむいて玉手箱をあけるとともに老化する話は,まさに離脱時に凍結した日常的関係世界のイメージと,帰還時に見いだした変化してしまった現実との時間的差異感覚を,旅人の側の老化というかたちでみごとに表現している。ともあれこのずれにもとづく差異感覚は,帰入時の旅人の側に,現実との再調整を迫る。…
…丹後の古代を語るとき,忘れられないのは水江浦島子の伝説である。俗にいう浦島太郎の話で,丹後以外にも多く分布するが,伊根町宇良(うら)神社をその故地と伝えている。顕宗天皇は即位前に宮廷の内紛を避けて与謝郡に逃げたともいい,浦島子伝説とあわせて真偽はともかく丹後国独自の文化を発展させながら大和政権のそれをも吸収していたことが知られる。…
…《万葉集》巻十六の桜児(さくらご)伝説の歌などそれ自体が伝説の一部である歌と,歌人が伝説に触れて発した詠懐の歌との二つのタイプがあるが,両者は区別して考える必要がある。万葉歌人の中でも高橋虫麻呂の伝説詠懐歌4編(水江浦島子(みずのえのうらのしまこ)(浦島太郎),上総末珠名(かみつふさのすえのたまな),勝鹿真間娘子(かつしかのままおとめ)(真間手児名(てこな)),菟原処女(うないおとめ)の伝説。いずれも巻九)は,叙事的な語りのスタイルと作者のロマンティシズムやシニシズムとあいまって出色である。…
…川幅の狭いところは7mぐらいで,水は巨岩にあたってしぶきを上げて流れる。松の緑と白い岩,エメラルド色の流れは木曾路随一の景として古来有名で,浦島太郎の竜宮城はこの下にあるという伝説もある。東岸段丘上の臨川寺からの展望がよい。…
…この山頂には弥生時代中期の高地性集落である紫雲出遺跡がある。半島には浦島太郎をめぐる地名伝説があり,紫雲出山を中心とする島はかつて浦島と呼ばれていた。〈家浦〉が太郎の父の里で,太郎は〈生里(なまり)〉で生まれ,〈箱崎〉から竜宮に行き,〈積(つむ)〉に帰って玉手箱をあけたところ煙がたなびいたのが紫雲出山という。…
…そして竜宮は,奇跡や豊穣の源泉として考えられている。 日本の竜宮の観念の代表は,浦島太郎の訪れた竜宮城であって,美しい乙姫がおり,楽しい豪華な異郷である。このような竜宮観は昔話にも現れ,たとえば竜宮童子においては,爺が淵に柴をなげ入れたお礼に,淵の底の屋敷から来た竜宮童子は爺に富をもたらし,後に火男(カマド神)になったといい,竜宮女房では,花を水中に献じた男は,そのお礼として竜宮の美女を妻にもらうのである。…
※「浦島太郎」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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